第40話 決意のお好み焼き ※香里奈視点

 私は小さい頃の記憶を振り返る。って言ってもあまり詳細に覚えているわけではない。


 幼少期は毎日押し入れにいた記憶しかない。前の母親は私の顔が気に食わないと言い、押し入れに閉じ込めることが多かった。


 その日に限って聞こえてくるのは、母親の色艶ある声ときしむベッドの音。


 大きくなった今だから当時のことを振り返ると、前の母親は不倫するたびに私の存在が邪魔だったのだろう。


 一度泣いていたらうるさいと母親に言われて頬を叩かれた。それからは良い子になるために、息を殺しながら、いつも母が優しい笑顔で扉を開けてくれるのを体操座りをしながら待っていた。


 そんな日々が私の幼少期だ。


「お待たせ! 懐かしのスペシャルデラックスよ!」


 目の前に大きく出されたお好み焼きに、自然と懐かしさを感じる。兄と一緒に食べたお好み焼きは今でも私の大好物だ。


「相変わらず量も多いから何がスペシャルでデラックスなのかもわからないな」


 隣にいる兄はお好み焼きを食べやすいサイズに切り分けている。その姿は出会った当初と変わらない兄のままだ。


 前の母親と父親が離婚してから私は父親に引き取られた。父も転職をして、慣れない家事であたふたしている時に、同じ職場である今の母と出会った。


 母も兄と当時二人暮らしをしていた。初めて会った時に二人して、家族になりたいと言われた時はびっくりしたぐらいだ。


 急な変化に戸惑いながらも、いつも一緒にいてくれたのは兄だった。


 髪が長く顔が見えないように、人の目を気にしながら生活していた私は、昔から"幽霊"と呼ばれていた。


 悪霊退治と言われて、石を投げられることなんて毎日だった。その度に必死に走った影響か、私は小さい時から足が早かった。


 白くてほっそりした手足に長い髪の毛。走る時にはスカートが邪魔になるため、持ち上げて走っていたら確かに幽霊に見えていただろう。


 そんな私をいつも体が弱い兄が守ってくれた。石が当たっても、ずっと笑顔だし、ブサイクな私の顔を見ても可愛いと言ってくれる兄。


 常にヒーローだった兄は大きくなっても、あの当時の私と同じ髪型を最近までしていた。


「香里奈ソースついてるよ?」


 何も思っていない兄は可愛い妹の面倒を見ているのだろう。今も口についたソースをタオルで拭くのは昔と変わらない。


「これはわざとつけてるんですー」


「ははは、香里奈はいつもそうだったな」


 昔は気づいていなかったが、今はさすがにソースがついていることなんて知っている。でも、つい昔のようにソースをつけたままにしてしまう。


 私も恥ずかしくなって頬が熱くなってきた。これも熱々なお好み焼きを食べているからだろう。


「そういえば二人とも顔をしっかり出しているんだね」


 お好み焼き屋のおばさんは昔の私の姿と比べているのだろう。


「もうあの当時と違いますからね」


 隣にいた兄は少し頭をかきながら戸惑った顔をしていた。


「健くんが私に髪の毛をくださいってお金を渡してきた時はびっくりしたわ」


「ちょ、おばさんそれ以上は――」


「私はね……その時髪の毛をハサミで少し切って渡したんだ。そしたら健くん笑顔で"これで香里奈とお揃いにするんだ"って走って帰ったのよ」


 私は兄の顔を見ると少し頬を赤く染めていた。当時、顔を隠していた私に合わせて、前髪を伸ばし始めた兄。そんなことがあったなんて、私も知らなかった。


「久しぶりに二人の顔を見たから私は安心したわ。香里奈ちゃんも明るくなって立派になったし、健くんも変わらずちゃんとしたお兄ちゃんだね」


 一時期おばさんと私達の両親が話し合っていたのは知っていた。それから母はすぐに仕事を辞めて専業主婦になった。


 お金を握りしめてお好み焼き屋に行くことは減ったが、おばさんは私達のことを心配して思っていたのだろう。


 私の人生を変えてくれた兄や両親。あの時は自分が変わらないといけないって気づくのが遅くて、たくさん迷惑をかけた。


「次は私の番だね」


 だから今度は私が兄を助ける番。変えてあげる番なんだ。


 私は再び兄を助けようと決意した。

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