第7話 変身

 香里奈と向かった先は若者が集まる街中だった。今までと無縁だった街中に僕は戸惑いが隠せない。


「お兄ちゃんキョロキョロしないの!」


 周辺を見渡しているのがバレたのだろう。平日だからあまり人はいないが、妹と歩いているからか周囲の視線が気になってしまう。


 いや、制服を着ていたのを忘れていた。きっとこの時間に制服を着ているから、視線が集まっているのだろう。


「よし、大変身デートに行こう!」


「へっ!?」


「せっかく痩せたならカッコ良くしないとね!」


 こんな僕がかっこよくなれるのだろうか。


 少し恥ずかしいと思う気持ちと、変化したい気持ちが交差しながら気づいた時には再び香里奈に引っ張られていた。




 目の前にはお洒落な建物が建っている。中で働く人はお洒落な人ばかりで目が惹きつけられていた。


 僕一人では入ることができない店に香里奈に引っ張られると、カウンターにいた女性に声をかけられた。


「お名前伺ってもよろしいですか?」


「予約している駒田です! 実は相談があって……」


 女性は僕の顔を一度見ると、再び香里奈に視線を戻した。やはりこの店に僕の存在は合わないのだろう。


「いつもありがとうございます。少々お待ちくださいね」


 女性は裏にあるスタッフルームに入ると誰かを呼びに行った。


 僕がその場から立ち去ろうと向きを変えると、香里奈は僕の腕を離そうとしなかった。


「お兄ちゃんどこにいくの?」


 僕を見つめる香里奈に目を逸らすことができない。きっと僕に対して思うところがあるのだろう。


 鼻に抜ける良い匂いと香里奈の視線に僕の力は自然と抜けていく。


「ごめん」


 僕の言葉に香里奈は満足そうに笑っている。


「あら、香里奈ちゃんお久しぶりね!」


 声をかけてきたのは今まで触れ合って来なかったような人物だった。


 戸惑いに気づいた香里奈が声をかけてきた。


「私が通っている行きつけの美容室だよ」


 どうやら僕は香里奈に美容室に連れて行かれたらしい。


 お店で髪を切ってもらうのは何年振りだろう。いつしか髪は自分で切るようになっていた。


 そもそも顔を隠すために髪の毛は伸ばしていることが多いからな。


「今日は兄を連れてきました」


「あらー、あなたが香里奈ちゃんが言っていたお兄さんね?」


 声からして男性なのは気づいていた。ただ、聞きなれない口調に僕の頭の中は混乱している。


 側から分かるほど男性は僕を頭のてっぺんから、爪先までじっくりと見ている。


 そして、口元に当てられた手の小指はピーンと立っていた。


「香里奈ちゃんのお兄さんにしては地味ね」


 やはりここでも言われることは同じだった。だがこの人は違った。急に近づくと髪の毛を思いっきり持ち上げた。


「あら、やっぱり香里奈ちゃんに似て元は美形なのね」


「でしょ? うちのお兄ちゃんって素材は良いのよ!」


 急な行動に僕は驚いた。


 汚い顔を見られてしまったのだ。僕の中に罪悪感が押し寄せてくる。


「やめてください!」


 咄嗟に手を払うと僕は再び髪の毛で顔を隠した。


「でも中身が残念ね」


「こんなお兄ちゃんを私みたいに変えられる?」


「任せなさい。私が誰か知っているでしょ!」


「さすがアンジェリーナ・ガッバガバンナだね」


 これが有名オネエ美容師であるアンジェリーナ・ガッバガバンナとの出会いだった。





「あなた本当にブスね! なんでそんなに暗いのかしら。性格が極端にドブスだわ!」


 初対面なのに土足で僕のパーソナルスペースに入ってきては、僕の心をさらにズタズタと滅多刺しにしてくる。


 でも言葉一つ一つがクラスのみんなとは違い、どこか愛情を感じる気がした。


「私みたいな男好きでもあなたみたいなドブスは嫌いよ」


 いや、さっきの言葉は撤回だ。ここでも告白をしていないのに振られたようだ。


 僕もこんなオネエと関係を持つ気はない。しかし、鏡に映る僕の姿に一生この人と関係を持つと告げられた気がした。


「これぐらいなら恥ずかしい時に隠せばいいでしょ?」


 鏡には綺麗に髪の毛が整えられた僕が映っている。


 前髪を立ち上げれば大人な雰囲気が出ており、髪の毛を下ろせば普段の僕と変わりない。


 これなら僕も気兼ねなく生活できるだろうと考えられている。


「ふふふ、やっぱりお兄ちゃんはカッコいいね」


「私が切ったからには間違いないわ。それにせっかくだからあなたも綺麗にするわよ」


「えっ? 私はいい――」


「何を言っているのよ! 三ヶ月前に予約したのに、兄のために譲る人を放っておけるはずがないわよ。私を舐めてもらっては困るわ!」


 突然のことに香里奈も驚いている。


 本当は香里奈が髪を切る予定だった予約時間を僕に譲ってくれたのだ。しかも、切ってもらうために三ヶ月前に予約していたとは……。


「ほら、お兄さんは立って場所を変わる!」


「ははははい!」


 アンジェリーナに掴まれた腕はヒリヒリとして痛かった。やはり中身は男性なんだろう。


「私はかよわいオネエよ!」


 僕の心の声は彼女には伝わっていたようだ。


 そして、オネエなのは問題ないらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る