地球人のオスを飼ってみた

荒瀬竜巻

第1話 哀れなり地球人

ある早朝、ハルト・リードリーは大いに悩んでいた。自分の何がいけなかったのか頭を抱えた。


「〜〜〜!!! ーーーー!?!?」


飼い始めた人間にこれ以上ないぐらい警戒されてしまっている。地球人の発する声は難解で、何を言っているのか理解出来ないが威嚇されているのはわかった。目覚めてすぐに首輪をつけようとしたせいでこうなってしまったのは鈍感なハルトでも理解できる。しかし自分の匂いもしない上に服も着ていないこやつにせめて所有者の証をつけておきたかった、という飼い主としての責任による行動であったため、この後に及んでも後悔の色は見えない。裏に住所と名前が書かれた名札がついている首輪を何度も装着を試みたが、手を首に巻き付け必死に拒否してくる地球人を見て少しかわいそうになったようで、今さっき断念した。この行為が原因か、その他様々な予定が狂っている。


まず服を着ていない事、用意周到なハルトは地球人とは服を着る種族であることを手元にある「はじめての地球人」という内容のペットの飼い方本をみて既に理解していた。だからペットショップで体格に合う衣装をいくつ買っておいたのだが……地球人は裸のまま唯一の防御品である毛布を握りしめて威嚇するばかり。首輪の件もあるが、ひょっとしたら服が気に入らないのか、どれも店員が人気が高いと言っていたフリルがついた可愛い衣装なのだが……と一人頭を悩ませた。


そして次は風呂に入っていない事だ。本書によれば地球人は我らケモマ人と同じく代謝が優れていて風呂に入らなければ体の清潔が維持できないと書いてある。なら同じくペース、もっというと1日に1回は風呂に入れるべきだろう、今入れても暴れられてそれどころじゃなさそうだが……


次は食事だ。人間は1日におおよそ3回から4回ほど食事が必要な燃費の悪い種族らしい。月に一度国から支給される栄養カプセルを飲めば後は気が向いた時に道楽として食事を取ればいいケモマ族とは大違いだ。長らく無用の長物と化していた自宅のキッチンを使う時が来たと地球人を迎える際ハルトはピカピカにしていたのだが、今食事を与えても食べてくれはしないだろう。


「すまない、スサノヲ。お前が怯えてしまっているのは私のせいではあるが、それでも私は君の味方である。まず服を着ようではないか」


「〜〜〜!?!? ________!!」


スサノヲというのはハルトが地球人に付けてやった名だ。なんでもニホン科と馴染みの深い神様の名前らしく、きっと気に入ってくれるだろうと考えてのことだ。それにしても身体が小さい上に大人しく、見た目も幼く可愛いから初心者にも上級者にもおすすめというからニホン科を買ったというのに、最初からここまで苦戦を強いられるとはハルトとしても驚きだった。これで地球人の中では大人しい部類なのか、他の種はどれほど凶暴なんだと身震いした。ニホン科は地球人の中でも特に需要が高い、だからそれ相応に値が張ったなと虚な頭で考る。


しかし店員の話が全てデタラメなのかと聞かれれば、そうでもないのだ。確かに書いた通りのこともある。ハルトは威嚇するスサノヲの右手を掴む、明らかに吃驚されたが生憎ハルトは気が付かなかった、哀れなり地球人。


「ふむ、確かに……可愛いな」


「〜、〜〜……」


さっきまで威嚇をされたと再三再四言ったが、しかしそれによりハルトが恐怖することは決してなかった。ケモマ族より身体が小さい地球人しかもニホン科特有の線の細さも相まって、全然怖くない。なんだかんだ暴力を振るう様子がないのも可愛さを引き立たせている。地球人の価値観で言い換えるとするなら、子猫やアライグマの赤ちゃんが毛をぱやぱやさせながら威嚇しているようなものだった。これで威嚇しているつもりなのか、こんなのしかないない地球人のニホン科の里(地球人的にいうと日本)はどれだけの楽園なのだ。


ハルトは思わずスサノヲを抱き寄せた。スサノヲもさっきまでの威勢はどうしたのか、顔を青白くさせて怯えるばかり。地球人のオスの一生はおおよそ80年、ケモマ族のオスの一生は8000年、2559年(地球人で言うと25歳)生きたハルトからしてみれば短いとしか形容のしようがない。しかも店員によればスサノヲは既に16を迎えているとのことだ。短い生涯を有意義なものにしてやらねばとこれからの飼育計画を練っていると、チャイムがなる。


こんな朝早くに客人かと思いスサノヲを下ろそうとすると、ガチャリとドアが1人でに開いた。それと同時に家主はため息をつく、勝手に入ってくるような図々しい友人には一人しか心当たりがなかった。

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