また泣かせてしまった
※前話の最後について、雪音に対する私の配慮が足りていなかったので変更いたしました。
雪音の家を出た私は、先ほどまでの幸せな時間を思い出しながら、最寄り駅まで一人で暗くなった夜道を歩いていた。
すると、突然私の目の前に一人の男が現れて声をかけてくる。
「やぁ、雪喰さん。こんな時間に一人で帰るのかい?」
「どうしたの?瀬名隼人くん。あなたの家はこの近くじゃないよね」
「はは。なに、君に少し用があってね。朝比奈さんと一緒に帰ったから、彼女の家にでも行ったのかと思ってずっと待っていたのさ」
彼が雪音の家を知っていたのは、おそらく前に友達の誰かにでも教えてもらったのだろう。
「ふーん。ご苦労だね。それで?私に用って何かな?」
「焦らないでよ。まずは近くの公園にでも移動しようか」
瀬名隼人はそう言うと、私と適度な距離をとって前を歩いていく。
(逃してくれる気はなさそうだね。この近くの公園だとあそこしかなし。仕方ない、ついていくか)
私は一度深呼吸をした後、黙って彼の後についていきながら、バレないようにスマホを取り出すのであった。
公園に着いた私たちは、少し離れたところに立ちながらお互いを見合う。
「それで?場所を変えてまで何の用?」
「いやさ。君にはどうしても聞きたかったんだよね。あの動画…SNSにあげたのは君かい?」
「まさか。私とあなたには何の接点も無かったんだし、そんなことするわけないでしょ」
「理由は君が嫉妬したからじゃないのかい?君と朝比奈さんはどうやら付き合っているようだし、最近俺が彼女に近づいたからとかね」
この男、無駄に感が鋭い。いや、長谷川さんの報告によると成績は悪くないようだし、私がすれ違いざまに言った言葉や雪音との関係から推測したのだろう。
「ふーん。仮にそれが理由だとして、だからなんだっていうの」
「くっくっく。いやはや、一人の人間の嫉妬で俺の人生が終わるとはね。しかも女同士で付き合っているとか、気持ち悪くて反吐が出る。
あーあ、こんな重い女に好かれるなんて、朝比奈さんも可哀想になぁ」
「ふふ。貴方には関係のない話だよ。周りからどう思われようが、雪音が幸せならそれでいいし、私があの子を幸せにするだから。
だから、貴方は早く少年院にでも行って反省と後悔でもしな?私の女に手を出してごめんなさいってさ」
瀬名隼人は私の言葉を聞くと、私が全然怯んでいないことが気に障ったのか、歯を思い切り噛み締め、まるで苦虫を噛み潰したような顔になる。
「くっそ!!心底むかつく!!お前のせいで俺の人生は終わりだ!!家に警察はくるし、父親には殴られるしでどうしてくれんだよ!!!」
「知らないよ。貴方があんなことをするのがいけないんじゃない?因果応報ってやつだよ」
「…あぁそうかよ。もういいや。どうせ捕まるなら…」
彼はそう言うと、突然持っていたカバンを私の方に向かって投げてきた。
私は油断しないで見ていたので、何とかそれを避ける事ができた。しかし次の瞬間、腹部に強い衝撃が走る。
「くふっ!」
「だてにいろんなやつボコってきてねーんだよ。お前みたいな弱い奴なんか余裕だ」
私は殴られたお腹を押さえながら膝をつく。これまで人に殴られるなんて経験をしたことがないのですごく痛いし呼吸もしづらいが、何とか目だけは離さないように見続ける。
「むかつくなぁ、その目。抉り取ってやろうか」
瀬名隼人はそう言うと、ポケットの中から小さなナイフを取り出す。
そして、そのナイフを私の心臓目掛けて突き出してきた。私はなんとか地面を転がって避けようとするが、ナイフが腕を深く切り裂き血が流れる。
「…っ!」
「チッ。避けんなよめんどくせぇ」
焼けるような痛みが腕から伝わってきて、額には脂汗が浮かぶ。
そして、私が転がって避けた隙をつき、彼は私との距離を積めると思い切り地面に押し付けて馬乗りになってくる。
「あっはっは!これで逃げられねぇな!」
「私を殺したら、貴方本当に人生終わるわよ」
「関係ねーな。どうせ少年院に行けば一生その経歴がついて回るんだ。だったらお前を殺して俺も死んでやるよ」
「貴方なんかと無理心中なんて最悪ね」
「安心しろよ。俺だって最悪の気分だ」
彼は最後にそう言うと、ナイフを思い切り私の顔目掛けて振り下ろしてくる。私は近づいてくるナイフを眺めながら、このまま死んだ時のことを考える。
(あぁ。このまま死んだら、雪音は泣いちゃうんだろうな。そんなのは絶対だめだ。彼女を泣かせるわけには行かない!)
私は最後の気力を振り絞り、なんとか両手で彼の手首を掴みナイフを止める。
「はは!まだそんな元気があったのかよ!しかしなぁ?お前は女で俺は男だ。力は俺の方が上なんだよ!!」
必死で抵抗しようとするが傷のせいで力が入らず、彼の言う通りナイフは少しずつ私の顔に近づいてくる。
「ごめん。雪音…」
ようやく手に入れた幸せがここで終わってしまうこと、そして彼女を一人残してしまうことが悲しくて涙が流れる。
そうして最後の瞬間が訪れようとした時、急に瀬名隼人が誰かに体当たりされ地面を転がっていった。
「ぐっ!!!」
「六華!!」
明るい茶色の髪を揺らしながら私の目の前に現れたのは、さっきまでずっと考えていた人で、私にとって最愛の人だった。
「ゆき、ね…?」
そして、彼女が現れたのと同時に近くでサイレンがなり、警察らしき人たちが近づいてくる。彼らは瀬名隼人の方へと向かっていくと、数人で取り押さえていた。
「くっそ!!邪魔をするな!!!全部あいつが悪いんだ!!あいつのせいでこんなことになったんだ!!」
彼は最後まで何かを騒いでいたが、警察が来たのだからもう何もすることは出来ないだろう。
「六華!よかった、生きてる!」
雪音はそう言うと、涙をポロポロとこぼしながら私のことを抱きしめる。
私は怪我をしていない方の腕を伸ばして彼女の涙を拭いながら、なるべく安心させるために微笑む。
「ごめんね、泣かせちゃって…」
「そんなことどうでもいいよ!それより早く傷の手当てをしないと!」
「大丈夫…だよ。だから、泣かない…で?私は、笑ってる雪音の方が…すき、だから…」
最後にもう一度微笑むと、私の意識はそこで途切れ、深い暗闇の中へと沈んでいった。
目が覚めると、見慣れない白い天井が目に入る。窓から入り込む光と、薬のような匂いが鼻腔をくすぐる。
「ここは…」
「六華?」
「お母さん?」
「目が覚めたのね!本当によかったわ!」
お母さんはそう言うと、泣きながら私の手を握りしめる。どうやらかなり心配をかけてしまったようで、お母さんが落ち着くまでだいぶ時間を要した。
「私はどれくらい寝てたの?」
「一日ほどよ。腕の傷がかなり深かったようで、出血が酷くて気を失ったらしいわ」
「そうだったんだ」
「えぇ。本当に無事でよかったわ。雪音ちゃんにも感謝するのよ?」
「そういえば、雪音は?」
私はあの時の最後の記憶が曖昧なのであまり覚えていないが、確か私が諦めかけたときに雪音が助けに来てくれたのだ。
「雪音ちゃんなら学校に行ってるわ。あの子、泣いてあなたのもとを離れようとしなかったけど、さすがに学生なんだし学校に行かせたわ。ただ、学校が終わったらすぐに来るって言っていたし、もうすぐ来るんじゃないかしら」
コンコンコン
「あら、ちょうど来たようね」
お母さんが話し終えると、ちょうど病室の扉がノックされ、ゆっくりと扉を開けながら雪音が入ってきた。
「おはよ、雪音」
私がそう声をかけると、雪音は涙を流しながら勢いよく抱き着いてくる。
「りっか、りっかぁ…!」
「心配かけてごめんね。雪音」
本当は抱きしめ返してあげたいが、まだ片腕が痛くて動かせそうにないので、彼女が落ち着くまで背中を撫で続ける。
お母さんは空気を読んでくれたのか、気付けば病室にはおらず、私と雪音だけとなっていた。
それからしばらくして、ようやく落ち着いた雪音は、顔をあげると私にそっとキスをしてくれる。
私たちは何度かキスをしたあと、私はあの時のことで気になることがあったため、彼女に尋ねることにした。
「そういえば、なんであの時雪音が助けに来れたの?確か、私が帰る時は寝ようとしてたよね」
「うん。六華が帰ったあと確かに寝てたんだけど、その時に夢を見たんだ」
「夢?」
「六華が死んじゃう夢。それで目が覚めたんだけど、その後もずっと嫌な予感がしてて。
だからいろいろなところを探し回ってたら、ちょうど六華が襲われてるのを見つけたんだ」
「なるほど…」
なんとも不思議な話ではあるが、実際その夢のおかげで助かったのも事実なので、私はそういうこともあるんだと思い納得することにした。
それからは、瀬名隼人があの後警察に連れて行かれたことや現在の学校の状況などを雪音に教えてもらう。
しばらくの間話をした後、お母さんが戻ってきて、時間もそろそろ遅いからと雪音には帰るように伝える。
彼女は私の母親に言われたということもあるのか、素直に聞き入れ家へと帰っていった。
雪音が帰った後、私も少し疲れたので、お母さんに一言入れてからその日は眠りにつくのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
よければこちらの作品もよろしくお願いします。
『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』
https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327
※次で完結するので、よろしくお願いします!
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