さぁ、皆さんお待ちかね

 木曜日。その日は朝から学校中が大騒ぎだった。


『ねぇ、あの動画見た?』


『みたみた。結構やばくない?』


『なぁ、やっぱりあの動画に写ってたのって…』


『あぁ、間違いない』


 クラスメイトたちはみんな小声で話しながらも、一人の生徒を避けながら見ている。

 その生徒は顔を青ざめさせ、もはや血の気を感じさせず、口をガタガタと振るわせながら足を揺すっていた。

 周りにいる友人たちも前よりかなり減り、今では数人しかいない。


 しばらくすると担任の先生が入ってきて、その生徒のことを呼び出す。


「瀬名、すぐに校長室まで来なさい」


「…はい」


 名前を呼ばれた生徒、瀬名隼人はゆっくりと立ち上がると、フラつきながら教室を出ていった。


「さて、このあと彼はどうなるのか。とても見ものだね」





 今日起きたこの騒ぎ、ことの発端は日曜日まで遡る。

 莉緒が泊まりに来て本音を話した翌日。彼女はうちでお昼を食べるとそのまま自分の家へと帰っていた。


 彼女のおかげで改めて覚悟を決めた私は、ゴミを排除するため長谷川さんにメッセージを送る。


『長谷川さん。計画を実行に移そうと思うんだけど、大丈夫?』


『はい!大丈夫です!いつから行いますか?』


 私がメッセージを送ってからしばらくすると、長谷川さんから了承の返事がくる。


『月曜日からでお願い』


『かしこまりました!』


 スマホを閉じた私は、ベットに横になり天井を眺めながら明日からのことを考える。


「とりあえず、ゴミの掃除はすぐに終わると思うから、その後は雪音をどうするかだね。

 まだ私と友達で揺れてるようならその時は別れるしかないかな。…はぁ、嫌だなぁ。別れたくない。お願いだから私を選んでね、雪音」





 翌日の月曜日。いつもと変わらない学校で私は、今日も雪音のことを眺めている。

 彼女は二週間前と比べて体調もだいぶ戻っていたが、雪音の態度の変化に周りが困惑し、少しギクシャクしていた。

 それは、雪音に瀬名隼人が話しかけた時だけあからさまに無視をしていたからだ。


(何か心境の変化でもあったのかな)


 確かに一週間前も彼が近寄った時は一人にならないようにしたり、話さないようにしている雰囲気はあったが、あそこまで露骨ではなかった。


 そのせいで、雪音とあの男をくっつけさせようとしていた周りの友人たちはどうしたらいいのか分からずにいるし、瀬名隼人自身も雪音に無視されているせいか機嫌が悪そうだ。





 雪音たちに少しの変化があった午前が終わりお昼休みになった頃、クラスで一つの話題が上がる。


『ねぇ。そういえばこの動画見た?』


『なになに?どんなの?』


『なんか、複数の高校生くらいの男の子たちが、一人の男の子を殴ったりしてる動画』


『え、そんなのあるの?』


『なんかSNSにあがってたんだよね。…ほら』


『あ、ほんとだ。…うわぁ、結構やばくない?』


『だよね。それにここに映ってる人…』


 どうやら長谷川さんたちがさっそく行動に移してくれたようで、例の証拠動画を匿名でSNSに投稿してくれたようだ。


 そう。私たちが行った作戦は至ってシンプルかつ現代に合わせたもので、撮影した動画をSNSで多くの人に周知させ、あの男を排除するというものだ。


 ただ、シンプルだからといって効果がないわけじゃない。信じていた人たちが少しずつ離れていき、仲間は誰一人居なくなるという絶望がある。

 これは、真綿で首を絞めるようにじわじわと苦しめながら殺していくようなものなのだ。


(ほんと、SNSは怖いよね。一瞬で良いことも悪いことも広まるんだから…。まぁ、周りの目を気にしていた彼にはちょうどいいよね)


 ちなみにだが、先ほど動画のことを友達に話していたのはファンクラブ会員の一人らしい。なんとも頼もしい限りである。


 その後も、少しずつその動画はクラスから学校中へと広まっていき、ついにはSNSでも多くの人がその動画を見て異常さについてコメントしていく。


 最初こそ、その動画に映っている人物が瀬名隼人だと思う人は居なかったし、いたとしても周りからの否定で信じきれずにいた。


「瀬名君がこんな事するわけないよね!」


「そうそう!みんな酷いよね。ただ似てるかもってだけでこんなのさ」


「だよな。隼人がこんな非道な事するわけねーっての。隼人もあんま気にすんなよ」


「…ありがとうみんな」


 周りにいる友人たちも、その動画に映るのが彼ではないと信じているのか、なんとか元気付けようと声をかける。

 ただ、雪音だけはそんな状況でも彼に声をかけることはなく、ずっと黙って周りの様子を観察していた。


(少し意外かも。良い子の雪音なら声をかけると思ったんだけど。やっぱり少し変わったのかな)


 しかし、その後も投稿されていくいくつもの動画には必ず瀬名隼人らしき人が映っており、次第に周りも彼を疑い始めた。


 ただ、やはり教師陣も動画のことは知っていても可能性だけでは動けないのか、しばらく様子見をしていた。


 そして、周りの友人たちも嫌悪感に満ちた視線に当てられるのが嫌だったのか、一人、また一人と瀬名隼人のもとを離れていく。


(ふふ。順調だね。楽には消させないよ。じわじわと周りからの嫌悪に満ちた視線に晒されて消えてね。…それが私の雪音に手を出そうとした罰なんだから)


 計画が順調に進んでいることに心躍らせながら、私は瀬名隼人が追い詰められていく様をただただ眺めていた。





 そして場面は冒頭に戻るわけだが、ついに先生たちが彼を呼び出したのには理由がある。

 それは昨日投稿された動画で、映っているのが瀬名隼人だと明確に知れ渡ったからである。


『なぁ、瀬名。こいつから金貰うのもそろそろ無理じゃね?』


『確かに。このゴミからはずいぶん貰ったし、最近はほとんど財布に入ってなかったからね。そろそろ次を探そうか』


『お!いいねぇ。なら次の獲物は俺が探しとくぜ。それとよ、今度またあそこのコンビニ行こうぜ』


『あぁ、あのコンビニね。いいよ』


『隼人たちあそこ行くの?なら俺も行くよ。あそこ店員少ないから盗みやすくていいよなぁ』


 その後もこの不愉快な動画は続くが、これまでは音声のない動画だったのに対し、今回は音声のある動画だったため名前が一気に知れ渡ったのだ。


 しかも動画では万引きをしている可能性がある発言もしており、ついに先生たちが動き出したというわけだ。


 教室から瀬名隼人が出ていくと、さっきまで静まり返っていた教室は一気に騒がしくなる。


『先生が呼び出したってことはやっぱり…』


『やっぱりもなにも、動画に瀬名君の名前が出てるんだから彼で間違い無いでしょ』


『はぁーあ、瀬名があんな事してたとはね。前から裏がありそうなやつだとは思ってたけど、やばすぎるだろ』


『お前この前と言ってること違うじゃねーかよ。俺は瀬名を信じるとか言ってたのに、マジうけるわ』


『てか、今日の授業どうなるんだろうな?』


『いや、ぜってーそれどころじゃねーだろ』


 これまでまで瀬名隼人と仲が良かった人達や信じていた人達も、今ではみんなが彼を非難する。


(ほんと、みんな面白いくらいの手のひら返し。まぁ、私としてはあいつが消えてくれればどうでもいいけどね)


 その後、しばらくすると瀬名隼人が最初に戻ってきて、周りはまた静かになる。

 彼は出て行った時と同じようにフラフラしながら自分の席に戻ると、いつも一緒にいた友人たちが彼に近づいていく。


 そんなみんなを見た彼は、僅かな希望を瞳に宿らせて周りを見渡す。


「…みんな。ありが…」


「…なぁ。どうしてくれんだよ。お前のせいで俺まであんなことしてんじゃないかって学校中で噂になってんだけど」


「……え?」


 しかし、彼にかけられた言葉は慰めの言葉ではなく、嫌悪感と憎悪に満ちた視線、そして明確な敵意のこもった言葉だった。


「ほんとよ。私なんて他校にいる友達からも馬鹿にされて散々だわ。どうしてくれるわけ」


「お前のせいで俺らの進路に影響があったらどうしてくれんだよ!」


「そん…な」


 もはや彼の瞳には先程までの光はなく、ただくらい絶望に染まりきっていた。

 それでも何とか希望を見出したかった彼は、最後に心優しい雪音に助けを求めようとする。


「あ、朝比奈さん…」


 瀬名隼人はそう言いながら雪音に手を伸ばそうとするが、その手が彼女に届くことはなかった。


バシッ


「触らないでくれる?汚いから」


 そう言いながら彼の手を叩き落としたのは、他ならぬ雪音本人だった。

 彼女はこれまでに見た事がないほど冷え切った瞳と声でそう言い放つと、取り出したハンカチで手を拭く。


 雪音の雰囲気に当てられた人たちは、先程まで喚いていたのが嘘のように静かになる。


「朝比奈さん…どうして」


「どうして?それはお前のせいで私の恋人が悲しんだからだよ。

 よくもそんな汚い手で私に触れてくれたよね。おかげで私は彼女に誤解されるし、周りはうざいほどにお前と二人きりにしようとしてくるしでほんと最悪だったんだけど。


 そんな私がお前を助けると思った?勘違いしないでよね。私はお前なんかミジンコよりも興味がないの。だから助けるわけないでしょ」


 雪音が一気にそこまで言うと、瀬名隼人は現実が受け入れられないのか虚な目をしながら立ち竦む。

 私自身も雪音が放った言葉に驚いてしまい、目を見開いて驚きを隠せなかった。


「恋人?…でも、前にいないって…」


「はぁ。めんどくさいなぁ」


 雪音はそう言うと、瀬名隼人のもとを離れて何故か私の方に向かって歩いてくる。

 そして、莉緒と教室の隅で様子を眺めていた私の前で立ち止まると、私のことを見上げてきた。


「六華、大好きだよ」


 そう言いながら、雪音は私の襟元を両手で掴んで引き寄せると、そのままみんなの前で私にキスをしてきた。


『きゃーー!!!』


 クラスにいた女子たちからは黄色い悲鳴が上がり、男子たちは驚きで黙り込む。


 そして、私も突然のことに驚いてしまい何もすることはできなかったが、少しすると雪音の方から唇を離した。


「これで分かったでしょ。私は六華と付き合ってるの。だからお前なんかには最初から興味なんてないんだよ」


「そん…な」


 彼女から言われた事実に絶望したのか、瀬名隼人はそのまま黙ってしまった。


 周りの人たちは瀬名隼人の件以上に私たちのことが衝撃的だったのか、誰も言葉を発することはない。


 そんな混沌とした教室に担任の先生が戻ってくると、雪音はそちらの方を見て声をかける。


「先生。今日はもう授業は無理ですよね」


「ん?…あぁ、そうだな。こんな事があったのに授業はできないと、話し合いで決まったがどうかしたのか?」


「なら、私と六華は先に帰ります」


「…は?」


「行くよ、六華」


 雪音はそう言うと、自分のカバンを取りに席へと戻る。

 私も状況はよく分からないが、雪音に言われた通りカバンを取りに向かう。


「私の雪音に手を出そうとするからこんな事になるんだよ」


 途中で瀬名隼人とすれ違った私は、彼にだけ聞こえるように小声でそう言い放つ。


 彼から言葉が返ってくることは無かったが、虚な目が私のことを見て離すことは無かった。


 そして帰り支度を済ませた私たちは、堂々と腕を組んで教室から出ていくのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければこちらの作品もよろしくお願いします。


『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327



※多分完結近いです。最後までお付き合いよろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る