第84話 美容院
東海さんと安斉さんが俺の部屋でルミと一緒に人生ゲームをしている間に、瑞希奥様と明日香ちゃんが着いたみたいで今、上階の部屋で休んでいると坂井さんから連絡があった。
「ルミ達に声をかけなくても大丈夫か?」
ゲームに熱中している女子達を置いて上の階へ行く。
ワンフロアー全てが一室となっており、それが更にあと一階上にもある。
中に入ったことはないが、部屋に普通の一軒家のように階段があり2階建てのような造りになっていると聞いたことがある。
インターホンを押すといきなりドアが開いて明日香ちゃんが飛びついて来た。
「拓海お兄さま、会いたかったです」
「こんにちは、明日香ちゃん、少し背が伸びた?」
「はい、少しだけですが。それより早く入って下さい。みんな拓海お兄さまが来るのを待ってたんですよ」
熱烈な歓迎をされて部屋に入ると幅広の廊下の先にリビングが広がっていた。
「拓海です。お邪魔します」
リビングのソファーには、当主の将道さん、奥さんの瑞季さん、そして楓さんのお父さんもいた。
「みなさん、お揃いなんですね」
「おお、拓海君、アメリアでは大変だったらしいな。あの事故で良く無事だったよ」
将道さんがそう話しかけてきた。
「おかげさまで、大丈夫でした。ご心配をおかけしたようですみません」
「謝ることなんてないわよ。拓海君は少し見ない間に大人っぽくなったわね。これが若さってことかしら」
瑞希さんは、変わらず綺麗な人だ。
「楓から聞いておりますが、拓海様は少し無茶をしすぎのようですね。ご自分の身体もご自愛ください」
楓さんのお父さんである陣開尚利さんが気遣ってくれた。
「ありがとうございます」
会話をしてる最中にも明日香ちゃんは、俺に引っ付いている。
たまに服の匂いを嗅いでるのは気のせいか?
「拓海お兄さまから女の匂いがします」
気のせいではなかったようだ。
「さっき、恭司さんと同じ大学の後輩の友人の紹介で女性の人をマッサージと見せかけて治療したんだよ。きっとその時匂いがついたのかも」
「拓海お兄さま、あと2人別の女性の匂いがします」
え、そんなの嗅ぎ分けれるの?
「それは、紹介した女性と清水先生の養女になったルミだと思う。一緒にゲームしてたし」
なんか浮気の言い訳をしてる気分になってくる。
ちょうど良い具合にメイドさんがお茶をすすめてくれた。
さすが、竜宮寺家のメイドさんだ。タイミングが良すぎるけど。
「あとで明日香ちゃんにもちゃんと紹介するよ」
「はい、約束ですよ。ところで陽菜ちゃんはどうしてますか?ご在宅でしょうか?」
そう言えば、明日香ちゃんと陽菜ちゃんは仲良くなったんだっけ。
「どうだろう?皆さんに挨拶が終わったら連絡してみるよ」
「それなら大丈夫です。私が連絡してみます」
スマホを取り出して、物凄い速さの指使いでメッセージを書いている。
そんな様子を見ていた竜宮寺夫婦はにこやかな顔をして、
「拓海君も明日香にかかったら片無しだな。今から尻に敷かれてたら大変だぞ」
「明日香ったらはしゃいじゃって、まだまだ子供ね」
何と返答したものか、迷う。
「拓海さん、今日はこちらで皆様と一緒に夕食となります。もし、ご友人の方々がご一緒ならお誘いしてみたらどうでしょうか?」
坂井さんがそう言ってくれた。
「聞いてみますよ」
「拓海お兄さま、陽菜ちゃん美容院にいるそうです。夕食は一緒に食べたいって言ってました」
明日香ちゃんは、既に夕食を誘ったらしい。
それから、しばらく歓談し俺はルミ達を迎えに自室に戻ったのだった。
◆
「お姉ちゃん、ラッキーだったね」
有名な美容院を予約しようとしたら、どこもいっぱいで、早くても来月下旬か9月になってしまうそうだ。
諦めようとしたら、柚子さんなら綺麗な髪の毛してるし良いところを知っているかもと思って連絡を入れてみると、明後日なら大丈夫だと言われたので、今日陽菜と一緒に青山にある美容院に来ている。
「あ、ここみたい。なんか豪華過ぎない……」
店名をみると確かにあっている。
「ラ・バンバ♡バンバって書いてある。どんな意味なんだろう?お姉ちゃん、知ってる?」
「知らないわ、それより場違い過ぎて中に入りずらいわ」
外観はフランス料理店のような趣で、道路からは手入れされた植木で隠れでいるがウッドデッキもあり、そこで食事もできそうだ。
「凄いねーー柚子さんって何時もここで髪の毛を切ってるんだ」
店の入り口で戸惑っていると、店の中から綺麗な女性の店員さんが出てきて「結城様ご姉妹ですね。どうぞ中にお入り下さい」と丁寧な仕草と口調で招かれた。
緊張しながらも促されるまま、店内に入る。広い店内は、やはりレストランのような趣がある。
すると、奥からマッチョな巨漢の男性が出てきた。
私と陽菜は思わず抱き合ってしまった。
「あら、いらっしゃい。そんなに怖がらなくてもいわよーー。食べちゃいたいくらい可愛らしい女の子達だけど、私も心は女だからそんな事しないわよー」
「店長、あれほど私が説明するまで出てこないでって言いましたよね?事前情報なく店長をら見たらみなさん逃げちゃいますよ。この前だって初めて来たお客さんに悲鳴あげられて逃げられたばかりじゃないですか!」
「だって柚子ちゃんのお友達でしょう?てっきり聞いてるものだと思うじゃない?」
外見とは違い、怖い人ではないようだ。
陽菜も安心したようで、いつの間にか私から離れてた。
「あ、結城渚って言います。こっちは妹の陽菜です。今日はよろしくお願いします」
「はーーい、柚子ちゃんから聞いてるわよ〜〜ん。じゃあ、初めにこの用紙に記入してくれるかしら。希望とかあったら書き込んでもいいわよん」
店員さんに促されるまま待合室に連れていかれ手渡された用紙に陽菜と一緒に住所とか名前を記入する。
「書けましたか?こちらをどうぞ」
店員さんがアイスティーを持ってきてくれた。
「ありがとうございます。それで髪型なのですけど、これって言った希望がないのですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。店長と相談しながら切った方が良いと思います。ああ見えて店長は、美容師の世界大会で優勝してますし、芸能人の方からも引っ張っりだこなんです。ですが、本人が気にいらない人にはどんな偉い方でも断ってしまいますし、美容業界ではトラブルメイカーとして有名なんです。技術だけは最高なんですけどね」
「そうなのですか?」
(え、私達大丈夫なの?)
「陽菜も可愛いければ何でもいい」
「では、そう伝えて来ますね」
入れてくれたアイスティーが飲み終わる頃、私と陽菜はシャンプー台に案内された。
そこで、店長と店員さんシャンプーしてもらいカット席に案内される。
「あの他に従業員の方はいらっしゃらないのですか?」
「ええ、私とアンコだけよ」
「店長、私は小日向小豆(コヒナタ アズキ)です。アンコって初めてのお客さんの前で呼ばないで下さい!」
(二人きりなんだあ……不安)
「さて、どうしようか?まずは渚ちゃんから切ろうかしら」
そう言われてドキドキする。
私としては陽菜が切ってる間に心の準備をしときたかったのに〜〜。
「希望はないのよね?髪はセミロング。まだ高校一年生だから奇抜な髪型はないわね。前髪は毛先を揃える程度にしといて長さはどうする?」
「そうですね、考えて無かったのですけどあまり短いのは嫌かな?」
「美人だからのベリーショートも似合うけど、それは結婚して子供ができてからでもいいわね。肩にかかるくらいでどう?」
「それくらいでいいです」
「じゃあ、少し長めの前下がりボブにしようかしら。きっと似合うと思う」
「はい、お願いします」
「切ってる途中で気になったら言ってね。どうにかするから」
(どうにかするんだあ……)
「このお店ってレストランみたいですよね?」
「そうよ。バブル時代に流行ってたフランスレストランを買い取ったの。今の子は不良債権ってわかるかしら?」
「不良債権ですか?聞いたことないです」
「バブルが弾けて銀行が潰れる時代になったのね。合併したり吸収したりで大変だったんだから。そんな時代に貸したお金の回収が見込めない企業や個人が多かったの。ここもそのひとつ。銀行さんがお金を貸したのはいいけど、バブルが弾けて経営難に陥ってね。貸したお金が回収できないから、担保に取ってた土地と建物を銀行が差押したわけ。でも、その銀行も経営が不味くなってもっと大きな銀行に吸収されちゃたのよ」
「そんなことがあったんですね」
「そうそう、それで、私が買い取ったわけ。実はここって知り合いのレストランだったのよね」
「そうなんですか?じゃあその方も喜んだんじゃないでか」
「それがね、富士の樹海で自殺しちゃったのよ。だから、できるだけ建物を弄らないで使ってるわけ。美容院にしてはおかしかったでしょ?」
自殺しちゃったんだ。幽霊とか出るのかな?
「え〜〜と、少し入りづらかったですけど、中に入ると落ち着くというか居心地が良いというかそんな感じがします」
「あら、渚ちゃんはわかってるわね〜〜。そう、この室内が良いのよね〜〜。レストランの時は格式も高かったけど落ち着いて料理を食べれたわ。そんな暖かい場所なの」
良い思い出があるみたい。
「どう?長さはこんな感じで?」
「はい、大丈夫です。それにしても店長さんは早いですね」
「まあ、ありがとう。そう言えば私の名前を教えてなかったわね。私は番場番子って言うの。覚えやすいでしょ?」
「お店の名前もそこから付けたんですか?」
「そうよ。それにラ・バンバって映画が昔あったのよ。元はメキシコの民謡らしいけど」
そんな、途切れない会話の最中にも関わらず店長の手は器用に私の髪をカットし続けていた。
(素人の私だってわかる。この人、絶対凄い人だ)
出来上がりを想像してた私は少し興奮していた。
◇
「陽菜ちゃんは私が担当するね」
「お願いします」
あの怖いマッチョな人じゃなくって安心したけど、あの人の方が上手いのかな?
「髪の毛長いけど、長さの希望ってある?」
「暑いから短いのもいいですけど、縛れないのはちょっとやだなぁって思ってます」
「そうよね。可愛いからツインテールにしたら萌え萌えだよ。じゃあ、長さは傷んでるところもあるし、毛先を整える程度にして、髪を少し明るい色にした方がいいかな?」
「髪の毛染めるの初めてなんですけど、大丈夫ですか?」
「学校で注意されるような色にはしないわ。少し茶色かかったら黒色だから全体的に明るくしてふわってなるような感じはどうかな?例えばお姫様みたいな感じかな」
「わあ〜〜それでお願いします」
お姫様ってどんな感じなんだろう?
さっき、明日香ちゃんから電話があって夕飯一緒に食べることになった。
お母さんには連絡したけど、お姉ちゃんは今言えないし後でいいかな。ー
「あの小日向さんって何歳何ですか?」
「何歳に見える?私は31歳よ。店長は父の知り合いなの。私の父はここのお店でレストランを経営してたんだけど、上手くいかなくなってお店を取られちゃったの。そこを店長がこの店を買い戻してくれて、今一緒に働いてるのよ」
「そうなんですか。道理でレストランみたいだなってお姉ちゃんと話してたんです。何かあったかい感じがしていい雰囲気ですよね。ここ」
「わあ、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ」
薬剤を髪の毛に塗りながらお話しする小日向さんはとても綺麗な人だ。
私も大人になったら美容師さんになろうかな?
「少し匂いがきついけど我慢できる?」
「大丈夫です」
そして、髪を染めて綺麗にカットされた私を見て自分じゃないような気がした。
だって、本当にお姫様みたいになってたから……
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