第83話 人生ゲーム


私こと東海美代は、今日も大学に来ている。昨日はさおりんの仕事場に梅木先輩と行って、拓海君と一緒にさおりんの写真をたくさん撮った。


私のスマホにもお気に入りのショットを保存してある。

でも、これはさおりんには見せられない。

本人は気づいてなかったようだけど、胸のポッチがはっきりと透けて写っている。

拓海君も心なしか恥ずかしそうな顔をしている。

きっとこれを見たら悶絶するに違いない。


そして今日は、梅木先輩が完成させたイラストを午後に持ってくると言っていたので、キャンパスにあるカフェでアイスコーヒーを飲みながら待っている最中だ。


「あれ、確か美郷のサークルの」


声をかけて来たのは、梅木先輩とよく一緒にいる安斉先輩だ。


「そうです。一年の東海美代って言います」


「そうそう、東海さん。どうしたの?もしかして、美郷に呼び出された?」


「はい、安斉さんもですか?」


「そうなの。最高傑作ができそう、って言われて学校で見せてもらう約束なんだ」


同じ理由で学校に来てたらしい。


「それにしてもどうしたんですか、それ。とても痛そうですけど」


安斉さんは右手を手首まで包帯で巻いてるし、左手の中指も包帯を巻いている。


「右手が腱鞘炎になっちゃったんだ。それを庇ってたら左手を突き指しちゃったの。病院行ったんだけど、全治1ヶ月って言われて困ってるのよ」


そういえば、梅木先輩に友人が音楽活動してるって聞いたことがある。

それが安斉さんだってことか。


「どこか良い医者知らないかな?この間夜間でもやってる接骨院に行ったんだけどオーラがどうのこうの言って手をぶらぶらされるだけでちっとも治療しないのよ。それにちゃっかり5千円も取られたわ」


「ヤブですね」


「そう!ヤブ接骨院って言うんだ。本当に名前通りヤブだった」


そういえば、さおりんもそんなこと言ってた気がする。


「あ、そうだ。私の友達がギックリ腰になっちゃって、知り合いのマッサージ屋さんに行ったらその場で治ったって言ってました」


「凄い。私のお母さんもなった事あるけど直ぐには治らなかったよ。そこ教えてくれる?行ってみたい」


拓海君は、マッサージが上手いだけで営業してるわけではない。

紹介しても良いのだろうか?


「ちょっと聞いてみますね」


そう言うと安斉さんは拝むような仕草で私を見ている。

余程困っているのだろう。


拓海君に連絡したら親戚が3時頃来る予定なのでその前なら大丈夫だと返事をもらった。


「3時に予定があるそうなのでその前なら大丈夫だそうです」


「ほんと!助かる。今から行っても大丈夫かな?」


「余裕で間に合いますよ。私が案内しますので、あ、梅木先輩はどうしたら」


「美郷には私から連絡入れるわ」


こうして安斉先輩を連れ添って拓海君の家に向かうのだった。





「タクミ、私結婚して子供が出来た」


普通、そんな事を言われたら驚くだろうが、今はそうでもない。

俺だって既に子供が3人もいる。


「ルミにお祝い金をあげないと」


「タクミ、少ない。もっとほしい」


「ルミ、これはゲームだからお祝い金の額は決まってるんだよ」


俺とルミは家にあった人生ゲームをしている。

何故このゲームが家にあるのかわからないが、テレビゲームとか苦手なのでこういうレトロなボードゲームは助かる。


「ケチ、せこい、クズ」


「………ルミ、そんな変な言葉を覚えてはいけないよ」


「ネットではもっと酷い言葉が横行してる」


「そういうのは真似するんじゃなくって、そんな変な事をいう奴がいるのかと聞き流したり無視するんだ」


「次、タクミの番」


そうだった。

ルーレットを回して出た目の数だけ駒を進ませる。


「なになに?男女の双子が産まれる。みんなからお祝い金2千ドルもらう」


「タクミ、子だくさん」


「子供が5人になってしまった」


「タクミ、どうしたら子供ができるの?」


「…………」


これはなんと答えたら良いのだろうか?

ルミはもう14歳だ。

当然知ってて当たり前の知識なのだが、どうやら知らないらしい。


「ねえ、タクミどうして?」


『ピンポーン』


「あ、東海さんが来たみたい。ルミ、休憩にするよ」


ちょうど良いところに東海さんが来たようだ。

こういうことは俺ではなく同性の人達に任せよう。


「うん、じゃあ、お祝い金払わなくてもいい?」


「それはダメ。これゲームだから」


「チッ!」


ルミが舌打ちをした。

最近、ルミの素行が良くない。

これもネットの弊害か?


「拓海君、昨日ぶりだね。これ食べてね」「お邪魔しまーす」


東海さんは慣れたようだけど、初めて来た女性はどこか落ち着かない様子だ。


「ありがとうございます。後でお茶の時に出しますね」


「あ、ミヨがいる」


ルミもトコトコ俺のあとに着いてきた。

来客に興味があったらしい。


「ルミちゃんだあ。可愛いいいいい」


東海さんはルミを見つけると駆け寄って抱きしめる。


「本当に可愛いわ。お人形さんみたい。その銀髪って天然もの?」


連れの女性もルミに興味があるみたいでしげしげと眺めている。


「あ、ごめんなさい。はじめまして、私は安斉芽衣って言います」


「蔵敷拓海です。その手ですか?痛そうですね」


「ええ、腱鞘炎になっちゃって、こっちは突き指です。治りますか?」


「大丈夫ですよ。直に触らないと治せないですけどいいですか?」


「治るならどこでも触って下さい」


女子がそんな事を言ったらダメだと思う。


「タクミ、治療するの?ルミも見てていい?」


「構わないよ。俺の部屋に行きましょうか」


そう言ってみんなを自室に案内した。





「人生ゲームしてたの?懐かしいわ」


東海さんがゲーム盤を見てそう言う。


「私は結婚して子供1人産まれた。タクミは子供5人もいる。子だくさん」


説明しなくても良いのだが……


「私も妹や親戚の子達としたわ。結構面白いのよね」


安斉さんがそう話す。


「先に治療しましょう。後でお茶を入れますから。それと、包帯を外してもいいですか?直に患部を触った方が治りが早いので」


そう言うと安斉さんは包帯を外し始めた。

東海さんも手伝っている。


「これでいい?」


「ええ、大丈夫ですよ。では、手を触りますね」


一応、マッサージということなので誤魔化す為に軽く揉みながら能力を発動する。


確かに酷い腱鞘炎だ。

それに、この記憶は……


約1分ほど手をにぎにぎする。

もう、右手の腱鞘炎は治っている。


「次は左指を治します」


今度は左手をにぎにぎする。

約1分ほどそうして治療は終わりだ。


「終わりました。どうですか?」


「…………」


何も返答が返ってこない。

治療は済んだけど、まだ、痛むのか?


「おーーーーーーーーーーーーーー!!」


突然、雄叫びを上げて立ち上がる安斉さん。


どうした?覚醒でもしたのか?


「痛くない!あっちもこっちもそっちも!」


「安斉さん、治ったんですか?」


東海さんも驚いたように声をかけた。


「うん、蔵敷君、いいえ、拓海君。貴方カリスマ・マッサージ師よ!」


いいえ、治癒能力者です。


「ありがとうありがとうありがとう!これで夏フェスに出られるわ!」


この人、言葉を重複させるの癖なのかな?


「タクミはすごいすごいすごい」


「ルミ、真似しなくていいからね」


「じゃあ、お茶入れてきますね」


興奮している安斉さんと東海さんを置いて部屋を出た。





楓さんは仕事が休みとはいえ1人で事務所にこもってるし、坂井さんは上階でいろいろ用意しているので、この家にはルミと俺しかいなかった。


柚子ですか?


修造爺さんに連れられて、ジュディーとアマンダさんの家でお店を開く為の準備を手伝わされている。


「コーヒーと紅茶どっちが良いんだ?」


お茶菓子は、煎餅と東海さんから頂いたカステラがある。


「日本茶かな」


そうと決まれば用意するのは簡単だ。

せっせとお茶の用意をしてリビングに置いておく。

いつまでも俺の部屋というわけにはいかないだろう。


「お茶入れましたのでリビングにどうぞ」


「ありがとう、ここで良いわよ」


「そうそう。今ルミちゃんと人生ゲーム始めちゃったし」


俺との勝負は?

まあ、いいか……


「わかりました。こっちに持ってきますね」


お茶セットを持って自室に行くと東海さんがベッドの下を覗いていた。


「あの〜〜そこには何もありませんよ」


「そうみたいね。普通男子高校生ならベッドの下にいかがわしい本とか隠しているのが定番なんだけど、おかしいわね?」


おかしいのはあんただよ!


「次、ミヨの番」


「あ、ごめんね。部屋漁りに夢中になちゃって」


人の部屋でそんなことに夢中になるな!


「あ、私結婚したみたい」


東海さんは、そういうマスに止まったようだ。


「みんな、お祝い金千ドルちょうだい」


「仕方ないわねえ」「もったいない」


「もっと祝ってよ。結婚したんだよ。愛する旦那様はいないけど」


じゃあ、誰と結婚したんだよ!


「あ、私も結婚した」


ルミも結婚したようだ。


「未婚は私だけね。いいわ、私は仕事で稼いで億万長者になるんだから」


治ったばかりの手を動かしてルーレットを回す安斉さん。

止まったますは……


「ヤブ医者にかかり高額治療代をとられる。3万ドル払う」


「ヤブか……5千円だったのにゲームでは3万ドルも払うの?」


「ヤブですね……しかもピンポイントで」


「ヤブって何?」


「盛り上がっているところ悪いけど、お茶が冷めますよ」


そう言ったのだが、東海さんがルミにヤブの意味を教えている。

安斉さんはなんで落ち込むの?これ、ゲームだから。


俺はもう一回大きな声で叫ぶ。


「お茶、冷めますよ!」


「「「聞こえてる」」」


会ったばかりなのに仲の良い3人だった。






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