第39話 養子
「たっくん、帰ろう!」
一日の授業が終わり放課後になると、教室にアンジェが入って来てそう叫んだ。
「ああ、今行く」
鞄を持って教室を出ようとすると結城さんと霧坂さんが追随した。
いつもなら、下駄箱のあるエントランスか校門前で合流するのだが、アンジェの存在が、2人を動かしたのだろう。
一人増えて今度は3人か……
恭司さんが『女の中に男一人じゃあ〜〜』と、高速道路の休憩所で言いかけてたけど、こういうことなのかもしれない。
少し、落ち着かない……
「アンジェさん、クラスのみんなに誘われなかったの?」
「誘われたよー。でも、たっくん以外の人に興味ないし必要ないでしょ」
そう、きっぱり言い切るアンジェだが、
「それはダメだよ。ちゃんとみんなと仲良くしなくちゃ。アンジェさんの良いところをみんなに知ってもらおうよ」
結城さんはそう言ってたしなめた。
「そういうもん?」
どこか、腑に落ちない顔をするアンジェ。
「俺もアンジェには普通の学園生活を送ってほしい。今までできなかったことだ。もしかしたら、新しい発見があるかもしれない」
「たっくんがそう言うなら仲良くしてみるよ」
そう言って腕を組んできた。
そう言う意味じゃないんだけど……
「「な、な、な、何してるの!」」
やはり、この二人、双子かな?
「仲良くしてるだけだよ」
アンジェはとても寂しがり屋さんだ。
生まれてすぐに施設に連れて来られて、両親の顔も知らない。
それに最悪に近い環境で育ったアンジェは、周りとも距離を置くようになった。
そして、透明人間になって施設奥に囚われている俺を見つけたのだ。
それから、大人の眼を盗んでは俺に会いにきてた。
『アンジェ』と言う名前は俺がつけた名前だ。
姉さんが亡くなって、薬漬けになってもアンジェは来てくれた。
俺の精神は壊れる寸前のところでアンジェに救われ続けたのだ。
「アンジェの好きなようにすればいいさ」
「うん、そうする」
こうして家に着くまでアンジェ腕は俺の腕を離さなかった。
☆
家に着き、出迎えてくれた楓さんに尋ねた。
「アンジェのこと知ってたの?」
「はい、拓海様に隠すつもりはなかったのですが、本人の強い希望で秘密にしてました。すみません」
「謝らなくていいから、怒ってもいないし、寧ろありがとう。アンジェと蘭子さんだっけ。助けてくれて」
「拓海様……」
「アンジェはどうして口止めしたんだろう?」
「それは、学校で偶然に会って驚かせた方が面白いってアンジェさんが言ってたのを蘭子さんから聞きました」
イタズラ好きなアンジェらしい。
だから、アンジェは透過能力と透明能力を得たのか?
もし、本人の気質が能力に影響を及ぼすなら、俺の能力は……
「うっ、頭が……」
「拓海様、拓海様!」
俺は回復を使う間もなくそのまま意識を失った。
☆
「何度も見た天井だ」
「あ、起きた」
目の前には清水先生ではなく、担当看護師の木原さんでもない。
病院の屋上で知り合ったルミだった。
「ルミがいるってことは、ここ病院?」
「そうだよ。タクミ退院したの知らなかった。屋上で待ってたのに」
「そうか、すまなかった。ひと声かければよかったな」
「いい、また会えた」
どうやら、意識を失って清水先生の病院に連れて来られたようだ。
でも、どうして意識を……
あの時、能力のことを考えていたけど、どうして?
「あら、起きたんですね。今、先生呼びますから。ルミさんも見ててくれてありがとう。診察があるから少し外に出ててね」
そう木原看護師に言われてルミはトコトコと部屋を出て行った。
それからしばらくして、清水先生がやってきた。
「拓海君、気分はどう?」
「今は、大丈夫です。俺、何で倒れたかわかんないんですよ。頭が急に痛くなって、そしたら意識を失ったみたいです」
「そうなのね。楓ちゃんが真っ青な顔して拓海くんを抱えて来たのよ。びっくりしたわ」
「そうでしたか、また楓さんに迷惑を……」
「意識を失っている間に検査したけど、身体は異常ないわ。今日一日様子を見ましょう。それから、私の娘を紹介するわ」
「えっ、娘?清水先生、結婚してたんですか?」
「違うわよ。ほら、ルミ入っておいで」
すると一度出ていったルミがトコトコと部屋に戻ってきた。
「まさか……」
「そう、清水ルミよ。手続きしてルミを養子にしたの。私もママになれたんだ。いいでしょう」
背後から優しくルミを抱きしめている清水先生は、とても嬉しそうだった。
「ほら、ルミ。拓海くんに挨拶するんでしょ」
「清水ルミです。14歳です。よろしく」
楓さんにルミのことを頼んだけど、そうきたか。
でも、ルミも何だか恥ずかしそうにしてるし、これでよかったのかもしれない。
「ルミ、ママができてよかったな」
「……うん」
そう言ったルミの顔は、少し赤くなっていた。
「それで、パパは拓海くんよ」
そんな爆弾急に投げ込むな!
「おい、ちょっと待て。せめてお兄さんだろう?」
「そうなると、拓海くんは私の子供ってことになるけど」
「ルミのお兄さんになるのは構わない。でも先生の息子は勘弁して」
そう言うと木原看護士と清水先生は笑っていた。
ルミはどうしたら良いのかわからない様子だ。
「とりあえず、ルミ、これからよろしくな」
「うん、タクミ」
差し出した手を握り返したルミの手はとても冷たかった。
☆
「おい、駄猫。着替えを持ってきたぞ」
荷物を抱えて病室に入ってきた霧坂さんは、少しご機嫌斜めだ。
「すまない、迷惑かけた」
「あまり楓先輩に心配かけるな。わかったな駄猫」
すると、ソファーに座ってテレビを見てたルミがこちらに来た。
「タクミは駄猫?」
「駄猫、人がいるならそう言え!」
そういえば、霧坂さんは俺以外の他人には猫かぶりしてるんだった。
「拓海くんは猫さんじゃありませんわよ。おほほほ」
今更おせーよ!
「でもさっき駄猫って言った」
「そうでしたか?記憶にございませんわ」
この状況でそれを言えるなんて政治家に向いてるかもね。
「そう、私の勘違い?」
「そうかもしれませんわね。ところで、貴女はどちら様ですか?」
「タクミの妹」
「へ!!」
霧坂さんは目力で『ちょっと来いや』と俺を廊下に誘っている。
「ルミ、テレビ見ててね。俺はこの人とお話ししてくるから」
「わかった」
霧坂さんの後に続いて廊下に出る。
「どういうことか説明してくれるんでしょうねえ〜〜」
普段からしたら丁寧な言葉遣いに聞こえるのだが、どこか威圧的だ。
「彼女は元施設にいた子だ。清水先生が養子に迎えたみたいだ。縁がないわけじゃないし、あの子は他に知り合いもいないから俺がお兄さん的な存在になろうと思っている」
「ふん、そういう事か。理解した。今日一日で幼馴染と義妹が現れたわけだな。どこぞのラノベに主人公か?駄猫」
「ラノベの主人公?何それ?」
「そうか、お前もまだリハビリ中だったな。忘れろ」
そう言い残して霧坂さんは帰って行った。
☆
診察室に設けられている休憩スペースで清水先生と木原看護士が話し合っていた。
「先生、良かったんですか?ルミちゃんを養子にして」
そう尋ねたのは木原看護士だ。
「そうねえ、少し悩んだけど姉さんと話をして覚悟を決めたわ」
「お姉さんってSP対策本部の方ですよね?」
「そうね。姉さんは、ルミのことを将来的に軍部に所属させるつもりだったみたいね。その能力もあるから期待してたんだと思う」
「軍部ですか……戦争に駆り出されますね」
「そういうこと。それに拓海くんにも頼まれたしね」
「頼まれたのは陣開さんですよ」
「そうだけど、楓ちゃんと私は拓海くん推しだから。推しが我儘言ったら叶えてみせるでしょう?」
「はい、はい、わかりました。でも、私もこれで良かったと思ってます。私に家族がいなければ私がルミさんを引き取りたいくらいでした」
「そうだよね〜〜ルミってば儚い感じの美少女でしょ。もう、一日中眺めていたい気分になるのよね〜〜」
「さっそく親バカですか。まあ気持ちはわかりますけど」
「とにかく、いろいろ教えなくっちゃ。早く学校に行けるようになってほしい」
「だから、引っ越しを決めたんですか?」
「それもあるけど防犯上都合が良かったのよ。ルミも狙われやすいから」
さて、清水先生の引っ越し先はいずこ……
☆
次の日、朝を迎えると隣にアンジェが寝ていた。
「あれ、ここ病院だったような……」
「おはよ、たっくん」
当たり前のように挨拶してきた。
寝起きでボケた頭を覚醒させると、アンジェとは反対の隣に誰か寝てる。
「あ、ルミまでどうして?」
「う〜〜〜ん」
ルミはまだ夢の中だ。
「たっくんが倒れたって聞いたから病院まで来ちゃった。そしたら、横にその子が寝てるでしょう。だから、私も寝たんだ」
「そうか、心配かけたね。今日戻れるよ。学校は休むと思うけど」
「わかった。たっくんの顔見れたから私帰るね。蘭子さん、心配するし」
「うん、ありがとう」
そう言ってアンジェは姿を消した。
「今の誰?」
ルミは狸寝入りをしてたようだ。
「アンジェって言って施設にいた子だよ」
「タクミ、何で施設知ってる?」
ああ、そうか。ルミは知らなかったのか。
「俺も施設に入れられていたんだ。助けられて今お世話になってるんだよ。ルミも施設にいたんだよね。初めて屋上で会った時そう思った」
「そうなんだ。私は施設の人に捕まって1ヶ月もしないうちに助けられた。タクミは長いの?」
「5歳の時に親に売られてね、12歳になるまで施設にいた。実質7〜8年かな」
「そうなんだ。さっきの人は?」
「アンジェは古株だよ。赤ん坊の時に施設に入れられたから」
「そう、あの子姿を消せる?」
「うん、内緒だよ」
「タクミは?」
「俺は再生、治癒能力だよ。病気とか怪我を治せるんだ」
「便利、一家に1人ほしい」
「確かにね、そしたら病気知らずだもんね。ところで、何でそこで寝てる?」
「夜、怖いし。タクミは何してるかと思って来たら寝てた。だから、私も寝た」
ルミも夜はダメか……
「俺は薬を飲んでるからそれ飲むと寝ちゃうんだよ。夜は俺も嫌いだし、今でもうなされる」
「そう、私と同じ。もしかして、あの子も?」
「アンジェも同じだよ。悪夢を見るから一緒に寝てと言われる」
「そういえば、私、今回夢見なかった。もしかして、タクミは夢を食べてくれる?」
「そんな能力ないよ。でも、あってほしいかも」
「私もほしい」
「じゃあ、起きるか」
俺とルミは、一緒に歯を磨き顔を洗って朝食が来るまでテレビを見てたのだった。
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