第37話 神代院家


病院からの帰り道、俺は後部座席のシートに深く寄りかかるように休んでいた。


「拓海様、コーヒーをどうぞ」


楓さんがコーヒーを淹れてくれた。

竜宮寺家の車だけあって、車は揺れないしいろいろな設備が整っている。


「ありがとう」


「今回は少しお時間がかかってましたね」


「うん、怪我自体は重症だったけど治すには問題なかったんだ。だけど彼の身体は少しおかしかったんだ。それを治療するのに時間がかかってしまった」


「何か問題があったのですか?」


「なんて言えば良いのか、病名とか知らないけど彼は生まれつき病弱体質なんだ。風邪をひいても健康体の人なら安静にしてれば治るけど、彼の場合は、油断すると重症化していく。病気が更なる病気を呼び込む感じかな」


「確かにそういう方もいらっしゃいますね」


「風邪をひいてもお医者さんは普通の処置しかしてくれないだろうし、薬を出されておしまいって感じが多いけど、彼も場合は、免疫機能が上手く働かなくて肺や腎臓、他の臓器に菌やウイルスが入り込んで重症化しやすいんだ。

その根本的な原因はなんなのか考えながら治療してたら、DNAの部分に少しだけ傷がついてたよ。その治療に時間がかかってしまったんだ」


「そうでしたか、流石拓海様ですね」


「多分、彼は健康体になったんじゃないかな。記憶も流れてきたけど入退院を繰り返して大変だったようだし」


「その件も含めて報告しておきますね」


「うん、よろしくね」


俺は彼を治療しながらある人物の言った言葉を思いだしていた。


『脆いのだよ、人間は』


風見屋玲二と再会した時に言われた言葉だ。


眼に見えない小さな傷ひとつで人は、人生を辛く苦しみながら生きていかなければならない。


「確かに脆いのかもな、人って……」


悔しいが、そう思う自分がいた。





京都 神代院邸


最近の流行を取り入れたファッションを着こなす美少女が高級車から降りて来た。


側に仕える女性達と運転手は、たくさんの荷物を抱えてその後に続いている。


「お帰りなさいませ。京香様」


「田城、母様はいるんやろか?」


「はい、在宅しております。今は、溜め込んでたブルーレイを拝見してると思います」


神代院鈴音は、大陸半島の国のドラマにハマっている。

京香には、何が面白いのかわからない様子だ。


「では、キリの良いところで声をかけとぉくれやすか?母様とお話があるんやさかい」


「わかりました」


京香は自分の部屋に戻り、東京で購入した商品を棚に飾る。


「やっと買えました。ああ、このフォルム流石です」


お気に入りのアニメのキャラクターのフィギュアを愛おしそうに眺めている。


それから別の荷物を解いて室内に飾りはじめた。


「くるくるバッキン魔法少女の抱き枕なんて京都じゃ売ってまへんし、今回の東京行きは得るものが多かったわぁ」


抱き枕を抱きしめてベッドにダイブする。

すると抱き枕から『くるく〜る、ばっき〜〜ん』と、魔法少女の決めセリフが流れた。


「は〜〜最高!」


満面の笑みを浮かべながらスマホを見る。

スマホの待ち受け画面にはある女性がくるくるパッツン魔法少女のコスプレをした写真が写し出されていた。


「心残りといえば、@ぷらん様が出るイベントがなかったことやろか。いっぺんでええさかいお会いしたい。できたら一緒に写真を撮りたい」


ベッドの上でゴロゴロしてる京香の部屋のドアがノックされた。


「鈴音様がお会いになるそうです」


「わかりました。今行きます」


居間に行くと鈴音が先におり、お茶を飲んでいた。


「お帰り、京香はん」


「ただいま、母様」


「それで拓海はんはどうやった?」


「はい、少し暗い印象を受けましたが容姿は問題あらしまへん。心に何か抱えている様子でしたが、素は善性だと思われます」


「今までの男性と比べてええ評価やないか?」


「まあ、パーティーとかでお会いする男性は、プライドが高く高慢な方が多かったので。蔵敷はんは、その点うちの目ぇ見て会話しとりました。うちの容姿に気をとられることなく」


京香は、名家のお嬢様であり誰もが振り返るほどの美少女だ。

それは幼い頃から自覚している。

その京香に寄って来る男性は、京香と話をするだけで緊張するか馴れ馴れしくするかどちらかだった。


「まあ、どこぞの御曹司や旧家の息子などはよう甘やかされて育つさかい、そういう勘違いしてる人種が多いのは事実や。

今でもうちのところに京香はん宛のお見合い写真が大量に送られてきよる。困った奴等や」


「そういう話は皐月から聞いとります。全て断ってくれとるんですなぁ」


「そうや、だが断って角が立つ家柄の者もおる。頭のいたい悩みや」


「それで蔵敷はんのことはどうしたらよろしいどすか?」


「逆に京香はどう思っておるんや?うちとしては、拓海はんをどうにか神代院に取り込みたいと思っとる」


京香は思案しだした。


どこか頼りない感じも受けたが、芯はしっかりしてはる感じや。

容姿も及第点。

あとは地位や権力を手にした時に変わるかどうかやけど、現在竜宮寺家の権力を手にしとるとも同義やし、もし将来的に変わりそうならうちが教育すれば問題あらへん。

それに、他の候補者の男性となると……いやや、無理無理無理。


「有り無しかと言えば有りかと」


「ほほう、あの男性に対して手厳しい京香はんがそこまで言うか。わかった、東京の別宅に移ったらええ。あそこからなら同じ学園に通えるやろ?」


「転校どすか?」


正直言って今の学校に未練はあらしまへん。

必要にかられて話すことはあるが、仲のええ友達はいいひんし。

それに、東京には秋葉原がある。

うちにとっては夢の場所や。


「わかりました」


京香は、にこやかにそう返答した。


それから神代院鈴音は、京香の転校の手続きと別邸の改装を粛々と済ませていくのであった。





「そういえば春香さんの姿が見えないけどどうしたの?」


翌朝、日課で走り込みをしている恭司さんに無理やり付き合わされて屋敷の周りをランニングしていると、昨日から恭司さんのお姉さんである春香さんの姿が見えないことに気づいた。


「ああ、姉貴ならなんでも課題のデッサンがどうのこうの言ってたぞ。週明けに提出するみたいだ」


デザイナー志望の春香さんは、学校の課題に取り組んでいるようだ。


「そうなんだ。忙しいのに連れてきてもらって悪いことしたなあ」


「気にすることはないぞ。家で煮詰まっていたから、いい気分転換になるって本人も言ってたし」


会話しながらランニングをしていると、後ろから霧坂さんが走ってきて俺達を抜かして行った。


その時、ニヤリと笑ったのが気に障ったのか、恭司さんが負けじとスピードを上げた。


「くっ、生意気な!待て、柚子、勝負だあああ」


二人はすごいスピードで競争している。


俺ですか?

あんな疲れることはしたくないです。

マイペースで走っております。


「むむ、ぼうず。ちと筋肉のつきが悪いのう。もう少し鍛錬しないと身体を傷めるぞ」


いつの間にか修造じいさんが俺と並走していた。

気配がまるでなかったけど?


「おじいさんの気配の消し方、どうやってるんですか?」

「興味があるかぼうず。一に鍛錬、二に鍛錬、三に鍛錬じゃ」


「どんな鍛錬なんですか?」


「まず、女子の背後に忍び寄ってスカートを捲る。これを幼い頃からしてると今のわしみたいになるはずじゃ」


(ただのスカートをめくりじゃんか!子供の頃ならまだしも今やったら痴漢で牢屋行きだよ)


「他に方法はないんですか?健全なやつで」


「スポーツ少女を隠れて写真を撮ることじゃ。見つからないようにするには至難の技じゃぞい」


(盗撮じゃねえか!)


「いや、女子がらみじゃない方法は?」


「うむ、ぼうずは男好きか、いや、これはまいった。そっちは畑違いじゃ」


「違います。俺はノーマルですよ。鍛錬の方法を聞きたいんです」


「他に方法は……あったぞい。女子のおる部屋の天井に忍び込んでひたすら時を過ごすのじゃ。これは忍耐も鍛えることができる」


(もう、いいや、このじいさんとの会話するの疲れる)


走り終わった後もなぜか疲れがとれなかった。


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