第34話 バス


いきなり現れた京都のお嬢様に許嫁だと言われた。

戸惑っている間に霧坂さんが楓さんに連絡を入れたらしい。

そして、俺との間に入って話をしてくれた。


「こちらとしてはその件について初耳でございます。よろしければ当家まで来ていただけませんか?詳しいお話はそこでしましょう」


「いいえ、その必要はあらしまへん。うちの用事は済みました。また、お逢いしまひょ」


神代院さんは、そう言い残して車で去って行った。


狐に化かされたような出来事だったので俺と霧坂さんは呆然と去って行く車を眺めていた。


「は!いかん、まだ油断はできないわ」


目が覚めたように、霧坂さんが言葉を発する。

立て続けに車を横付けされたのだ。

二度あることは三度ある。


周囲を警戒し始める霧坂さんは、再度緊張状態になった。

何せ、また車が横付けされたのだ。


だが、この車の持ち主を知っている。

霧坂さんはもしかして初見か?


「おお、拓海、柚子も乗れよ。家まで送ってくからよ」


軽のジープの運転席から窓を開けて顔を覗かせたのは恭司さんだった。





「ははは、拓海に許嫁ねえ」


最初笑ってた恭司さんだったが、時間が経つに連れて口調が荒れた。


「なんだよー、俺なんて今年の夏こそは、と思って夏に向けて頑張ってんのに、ひと夏の体験どころかすっ飛ばして許嫁だあ〜〜。ふざけんなよー、俺なんて、俺なんてなあ〜……ぐすん」


いきなり酔っぱらいに揶揄われた状況になったが、そのあと落ち込んでしまった。


こうなったら面倒くさいので話をそらすことにした。


「そういえば、何で迎えに来てくれたんですか?」


「そうだった。釣りしようぜ」


落ち込んだと思ったら急に釣り?

意味わからん……


「はあ、なんで釣り?」


「漁が解禁されたみたいなんだ。俺海しか釣りしたことねえから楽しみなんだ」


俺は助手席に座っている霧坂さんをチラッと見た。

相変わらず澄ました顔をしているが少し口角が上がっている。


「恭司さん、釣りってどういう事ですか?俺、意味わかんないんですけど」


「ああ、そうか。明日からの土日、信州の竜宮寺家に顔だすだろう?あの屋敷からちょっと行ったところにイワナやヤマメがめちゃ釣れるポイントがあるらしい。俺渓流釣りは初めてだから楽しみなんだ」


へ?土日に俺、信州に行くの?


「俺、その話聞いてないけど?」


「そうなのか?それより、エサ釣りより毛ばりだよな。手作りするやつもいるって話だし、これから釣り竿買いに行くぞ」


釣りの話になってるし……


「霧坂さん、その話知ってた?」


「当たり前だ、護衛の予定など頭に入っているに決まっているだろう」


知ってたらしい。

何で事前に知らせてくれないの?

別に信州に行くのがいやなわけないじゃないよ。

せめて誰か教えてくれよー!


「おーー拓海が珍しく落ち込んでる。うんこか?」


もう、嫌だ!!


それから、釣具屋で初心者用の渓流釣りセットを買った。


霧坂さんが珍しく気合いをいれて竿を吟味してた。


釣り楽しみなんだねーー





車は、関越自動車道から上信越自動車道に入り、今軽井沢を通り過ぎ佐久平PAで休憩している最中だ。


昨日は、裏の暗殺者や許嫁と言っている京都のお嬢様といろいろあったが、今日は何もなく順調に過ごせていた。

 

それと結城一家も今回は一緒に来ている。

俺が拉致されてる間に、茜さんが勝利確定の裁判資料を揃えてくれたそうで竜宮寺家当主である将道さんが直接お礼が言いたいと言われたらしい。


「なあ、拓海、今度は俺の車に乗れよ」


今回は人数が多いので恭司さんのお姉さんである春香さんが道場連中を運ぶ為に所有してるマイクロバスを用意してくれた。

みんなそのバスに乗っていたのだが、恭司さんは頑なにマイカーにこだわり、自前の車でここまで来たのである。


「いいですけど、大丈夫ですか?」


そう尋ねたのは意味がある。

出発する前のこと、さっきみたいに助手席に誘ってくれた恭司さんなのだが、春香さんや女性達から猛反対にあい、しまいには春香さんの拳が恭司さんの頬にヒットしたのである。


不憫な恭司さんを見兼ねて能力で治したのだが、今回はどうなることやら。


「拓海だって女の中にいるより、こっちの方が気が楽だろう?」


「車の運転ができるわけではないので、どちらでも俺は良いのですが」


「そうじゃねぇ。俺が言いたいのはなあ……」


その時、春香さんが恭司さんの肩を掴んだ。


(なんか、指がめり込んでるし……)


「さあ、拓海くん、行こうか」


そのまま、バスに連れて行かれたのだった。





バスの中は女子ばかりなのでとても賑やかだ。

お菓子を食べたり、おしゃべりしたりして過ごしている。

みんな車酔いにならないみたいで車には強いみたいだ。


「あーーざこ兄さんの車が迫ってくる」


後ろの席から外を見てそう言い出した。


「こうして見ると金髪のチャラいヤンキーにしかみえませんね」


霧坂さん、それは酷いよ。本当のこと言っちゃ。


「あ、パッシングしてる」


明日香ちゃんが見えた恭司さんにとっては挨拶みたいなものだったのだろう。

だが、側にいた相手が悪かった。


「あおり運転ですね。通報しておきましょう」


霧坂さんは、スマホに手をかけた。


「柚子ちゃん、違うよ。恭司さん、にこやかに手を振ってるよ。きっとひとりきりだし淋しいだけだよ」


結城さんの優しい言葉を恭司さんが聞いてたら、きっとライフはゼロ状態になってただろう。


「拓海様、このお菓子食べますか?」


「楓さん、ありがとう」


渡されたのはポッキーだった。

蓋を開けて、シャカシャカ食べる。


楓さんもポッキーを食べている。

なんか、口に挟んでこちらを向いてるけどなんで?


「と、ところで、神代院さんのことは将道さんが教えてくれるんだよね?」


ポッキーを食べ終えた楓さんは、少し不満顔で返答した。


「そう聞いています。神代院家にはちょこちょこと嫌味を言われるぐらいで表立っての敵対行為はないのですが、いきなり交際を通り越して許嫁なんて許せません」


なんか怒ってらっしゃる。

余程、俺の知らない何かがあるようだ。


「許嫁とかそういうの、普通にある話なの?」


「古い家なら割と多い話ですが、現代の一般家庭では少ないですね」


竜宮寺家みたいな大きくて古い名家ならあってもおかしくはないらしい。


「神代院家は、どういうわけか女系一家なのです。代々お婿さんを迎えて家を繋いでいます。どこで情報が漏れたのかしれませんが、拓海様の能力を目当てにしているとしか考えられません。当主様が何を言おうと絶対、反対です!」


さらに怒り出してしまった。

この話はやめよう……


「蔵敷家にも顔を出した方が良いかな?」


竜宮寺家と蔵敷家は車で1時間ほどの距離がある。

蔵敷家は代々、竜宮寺家の鬼門方を護る神職の家庭だ。


「それは拓海様のお好きで構いません。拓海様が来る事を知ってるはずですし今回は滞在期間が短いですから連絡だけは入れておいてくださればよろしいかと思います」


それなら、行く必要はなさそうだ。

短い滞在での移動は出来るだけ避けたい。


前の席に座っている俺と楓さんのところに、後ろの席にいた結城さんがトコトコやってきた。


「拓海君、さっき許嫁がどうとか聞こえたんだけど、何の話なの?」


結城一家には昨日起きたことを話していない。


「渚さん、それはですね………………………」


楓さんに捕まってしまった結城さんは、食い入るようにその話を聞いている。


何故か、この席にいると危険を感じるので、そっと席を立とうとしたら、


「拓海君はそこに座ってて!」


何故かご立腹である。


「拓海君、何で話してくれなかったの?」


今日出かける用意があるとかで昨日は結城家と夕食を共にしていない。

知らなかったのは当然のことなのだが、結城さんはなぜか怒っている。


「俺も何が何だかよくわからないんだけど。だから、今日聞きに行くんだよ」


「それはいいの。で、綺麗な人だったの?」


「容姿は整っていたけど、それがどうしたの?」


「拓海君は、その人を見てどう思ったの?」


「おっとりしているように見えたけど、何を考えてる人なのかわからなかったかな」


「そうじゃなくって、綺麗かどうか聞きたかったの」


「うん、綺麗な人だったよ」


「わかったわ。ちょっと柚子ちゃんのところに行ってくる」


どうして霧坂さんのところ?


「拓海様は、女心を勉強した方が宜しいですね」


楓さんの言葉もどこか棘があるような気がした。






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