第33話 女縁

 

一日中試験を受けてくたくたになったが、あの雰囲気のクラスで授業を受けるよりはマシだった。


高校から初めて学校に通ったが、こんなにも面倒くさいところだとは思わなかった。


既に放課後になっているので、帰り支度を始める。

鞄を持ってきているので、教室に寄らずこのまま帰れる。


校舎から出ると体育館や運動場で部活をしている声が聞こえる。

部活に入っていない身からすると、団体競技に憧れはあるもののきっと馴染めないだろうと思う。


校門を出ようとすると後ろから駆け寄って来た人物がいた。

霧坂さんだ。


「駄猫!帰る時は連絡しろ」


護衛としての任務があるのだろうが、霧坂さんと二人きりで帰るなんて厄災に近い。


「俺は一人でも大丈夫だ」

「そんなわけないだろう。ついこの間連れ攫われたではないか」


「ああ、でも今度はそんなヘマはしない」

「それでも、私は護衛だ。給料分の働きはしっかりやるつもりだ」


口論しても、霧坂さんは引かないだろう。

逆の立場なら俺だってそうする。


「わかった、今度から連絡を入れるよ」

「わかったならいい。さあ行くぞ、駄猫」


俺と二人きりの時は外でも猫をかぶらないようだ。


「結城さんは先の帰ったの?」

「渚は部活に行った。家庭科部らしい」

「そうなんだ」

「ああ、来週の部活で作るお菓子の材料分担を決めると言っていた」


(初めはどうなるかと思っていたが、仲良くしているようだ)


今日は花の金曜日。

帰りがけにどこかに行こうとする生徒達も多い。

そんな会話が聞こえてくる。


大通りを歩いていると、真っ赤なスポーツカーが俺達に沿って横付けされた。


スポーツカーの天井が後部に収まってオープンカーに変わった時、運転している30前後のブリュネットの髪色をした欧米人が声をかけてきた。


「Hi!貴方よね?」


すかさず霧坂さんが俺の前に出た。


「何のようですか?」


いつになく霧坂さんの声が鋭い。


「貴女じゃなくって、背後のBoyにようがあるの。退いてくれる?」


この欧米人の女性も鋭い言葉で言い返した。

そして、その眼は獲物を狩る狐のようだ。


俺は、この女性を知ってる。

朦朧とした中で治療したことがある。

だが、何で堂々と顔を晒してと俺の前に現れたのかわからない。


『ヘルガイド』地獄への案内人として裏の世界で有名な暗殺者。

そして、この間高速道路で狙撃したと思われる人物だ。





俺は霧坂さんと対峙しているその女性に声をかけた。


「『ヘルガイド』さんですよね?」


そう言って驚いたのは対峙してた女性二人だ。

霧坂さんもその名前は知っているのだろう。

そして、素顔を晒した事はないと有名だった『ヘルガイド』本人も驚いていた。


「ふふ……あははは。最高!何で知ってるの、私のこと。それとも覚えててくれたの?あんな小さかったのに」


「その件は秘密ということで、でも、俺の命を狙いましたよね?高速道路で」


そう言って、また2人の女性を驚かせてしまった。

あの時、霧坂さんも一緒にいたのだから。


「貴方には驚かされてばかりだわ。そうよ。任務失敗しちゃったわ。人生で2度目よ。どうにもやきが回ったみたい、そろそろ引退を考えてるわ」


霧坂さんは、さらに警戒を強めていつでも反撃できる体制になっている。


「彼女は貴女の護衛かしら。そういえば、あの時も車に乗ってたわね」


「貴様!」


霧坂さんの声が響く。

ここは往来だ。

戦闘行為はマズい。

俺は手を霧坂さんの前に出してその行動を抑制させた。


「霧坂さん、大丈夫だよ。今、この人は敵意がないから」


「駄猫、何を悠長な事を言ってる。裏の暗殺者『ヘルガイド』と言ったら国際指名手配を受けている凄腕の暗殺者だぞ」


そんな事はわかってるさ。

いやでもね。


「それでも、こんな往来で何か事を起こすとは思えない。この人はすごく用心深い人だから」


「まあ、嬉しい。私のこと随分詳しく知ってるのね。どうしてかしら、気になるわ」


「それも秘密です」


「乙女の秘密は需要があるけど高校生男子の秘密は需要があるの?だいぶ気になるけど、秘密なら仕方ないわね。今は依頼を受けてないし、だから君を狙う事はないわよ」


「今は……ですよね?」


「ええ、でも一度君を狙って失敗してるし、今の貴方を見て依頼を受けても殺せる気がしないわ」


「有名なヘルガイドさんにそう言われて光栄です」


「表ではジュディって名乗ってるの。表であったらそう言ってね。じゃあ、今度ディナーでも行きましょう?この間のお詫びって事で」


「そうですね、時間が合えばそれもいいですね。ジュディ」


「決まりね。じゃあ、またね」


そう言って真っ赤なスポーツカーはエンジン音を響かせながら走り去って行った。


「駄猫、どういうつもり?あんた、相手の機嫌次第で殺されるかも知れなかったのよ。それに食事の約束なんかして、バカなの?アホなの?おたんこなすなの?」


霧坂さんは警戒を解いて俺に向かって言葉を走らせた。


「そうだけど、敵意がなかったからかな」


「私なんか冷や汗かきっぱなしだし、震えが止まらなかったわ。早く帰ってシャワー浴びたい」


少し緊張が緩んだようだ。

でも、緩んだ時が一番危ない。


今度は、黒塗りの高級車が横付けされたのだった。


高級車の運転席のドアが開き、帽子を被った紳士が降りて来て後部座席のドアを開けた。


霧坂さんは、再度俺の前に出て車を牽制する。


降りて来たのは、水色のワンピースを着たとても綺麗な女性だった。

そして、俺達二人を見て言葉を発した。


「ご機嫌よう。神代院京香と申します。蔵敷拓海はんどすか?」


京都訛りの言葉を話す女性は、俺の容姿を頭から靴まで見てニコリと笑った。


「そうですけど、神代院?さんですか」


すると、霧坂さんが小声で、


「竜宮寺家と並ぶ関西の名家だ」


「そうどす。拓海はん、よろしゅうおたのもうします」


そう言って頭を下げた。

すると、霧坂さんが、


「護衛の霧坂柚子と申します。失礼ですが神代院家のお嬢様が蔵敷拓海に何の御用ですか?」


「竜宮寺家からうちのこと聞いておりまへんか?うちは拓海はんの許嫁どす」


「「はい!?」」


俺も霧坂さんもびっくりすぎて息が合ってしまった。


許嫁って結婚相手ってことだよね?

聞いてないよ、そんな話……


俺は途方に暮れるのだった。





神代院京香


東京都内で大きな会議に出席しとった母様が慌てた様子で帰って来た。


「京香おるか?京香」


用があっても何時もは侍女を寄越すのが当たり前なのだが、今日は直々に呼びにきた。


「おかえり、母様」


「京香の許嫁決めたから」


いきなりそんな事を言われた。

名家に産まれた娘として、結婚相手は自由に選べないだろうと覚悟はしていたが、こんなにも急だと慌ててしまう。


「誰どすか?」


「蔵敷拓海どす。あの竜宮寺家の明日香ちゃんを治した人どす」


竜宮寺家の明日香ちゃん。確かまだ小学6年生だったはず。

生まれながらの脳血管の奇形で小学2年生の時に倒れて寝たきりだった。

それが治ったと聞いた時には、いがみ合っている竜宮寺家といえ素直に喜んだ。


「お医者様どすか?」


お医者様として成功しているなら、おそらく30代、いや難しい病気を治せる人なら40代ってこともある。


うちは正直いややと思った。


神代院家は代々女系の家だ。

優秀な血筋の人をお婿さんを迎えて、家を繋いできた。

父様も今は53歳、43歳の母様とは10歳違いだ。


せめてもう少し若い方ならと思う。


「お婿さんをお迎えするのはいややありまへん。ですが、あまりお歳の離れた方は正直いやどす」


「何を言いてるんどすか、京香はんと同じ歳で高校一年生の男子どす」


「えっ?」


学生が明日香ちゃんの病気を治しはったんどすか?

そんなはずはありえしまへん。

お医者様になるには、どこかの医大に合格して国家試験に合格せなあきまへん。そんな若い方が治せるはずがあらしまへん。


「とにかく決めたから、そのつもりでいなさい。これがその方の資料どす」


手渡された紙には顔写真と現在通っている学校名が書かれていた。


その写真を見て、正直少し暗い感じを受けた。

顔立ちは悪くはない。

むしろ、うちにとっては好ましい優しそうな顔立ちだ。

だけど、写真のせいか表情が読み取れない。


(会いに行かなければ……)


性格などは写真や経歴ではわかりまへん。

でも、名家で育ったうちには、その人を見ただけでその人がどんな人なのか感覚でわかる。


うちは、そばにいた侍女に「車を出して」と伝えた。


「母様、今から会いに行ってきます。学校はお休みします」


「行っといで」


母様はそう答えた。




…………………………


京言葉、間違ってたらごめんなさい


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