第9話 旧校舎


朝、起きると既にアンジェはいなかった。

また、どこかに行ったようだ。


朝食を楓さんと一緒に食べて、学校に向かう。

楓さんは、いろいろなところに報告しに行かないといけないらしい。


(ご迷惑かけます)


スマホを駆使して、いつもの違うルートで学校に向かう。

電車の混雑にうんざりしながら、最寄駅に着いた。

今朝から雨が降ってるので傘をさして、学校迄の道を歩いていると『ブルッ』っとスマホは震えた。


恭司さんからのメッセージだ。


【今度ドライブに行こうぜ】


昨日のことなどお構いなしに、そんな言葉を送りつけてくる。

そういうところが、どこか憎めない。


【りょ】

【プラン考えておくから楽しみにしとけよ】

【楽しみにしとくよ】


どこに行こうとしてるのか?

何故か不安に感じる。


そんなやりとりをしながら、学校に着いた。

教室に入り席に座ろうとしたら、いきなり腕を掴まれた。


「ちょっと、来て」


誰かと思ったが、霧坂さんだった。


霧坂さんは、俺の腕を引っ張り誰もいない旧校舎の空き教室まで行かされた。


「あのさ、何で私が侵入者を倒したことになってるの?」


あまり大きな声ではマズいとわかっているが、声には怒りが込められている。


「知らないよ。霧坂さんが倒したんじゃないの?」


「えっ、変態も知らないの?そんなわけないじゃない!勝手に敵が倒れるはずないでしょ」


うむ、納得できないか?

そりゃそうだ……


「まあ、たまたま敵が催涙ガス吸い込んで弱ってたところを側にあったスタンガンを押し付けただけだよ」


「そうなの?侵入者の自爆ってこと?」


「そうだね。素人並みだったんじゃない?」


「そうか、でも何で私が倒したことになってるの?あれから、いろいろ聞かれたんだからね。私、覚えてなくって大変だったんだから」


「悪かったよ。今度何か奢るから」


「絶対だよ。回らない寿司は絶対候補に入れといてね」


(一回じゃないのかよ)


「それと、今日から楓先輩と一緒に住む事になったからよろしく」


「はあ!?どういう事?だって、霧坂さんが当初は一緒に住む予定だったのに『楓先輩とは願ってもない事だけど、あんたがいるんじゃイヤだ』とか言って近くのマンション借りたんでしょ。それを今更」


「仕方がないのよ。自宅に襲撃があったのよ。護衛として近くにいるべきだってお叱りを受けたの。それと、私が住んでたマンションは既に解約したわ。今日、引っ越しだから手伝ってね」


なんて、一方的な……

それに約2ヶ月で解約される家主さんがかわいそうだよ。


「わかったよ」


「じゃあ、今日一緒に帰るわよ。帰りに引越し蕎麦買わなくちゃ」


「待って、放課後ゴミ拾いあるんだよね。だから、遅くなるよ」


「こんな雨の日に?まあ、仕方ないわね。教室で勉強してるから終わったら連絡して」


(それでも蕎麦を買いに付き合わされるわけか)


「わかりました、連絡しますよ」


「わかればよろしい」


偉そうにそう言って、教室に帰って行った。


(全く、押しかけ護衛かよ)


楓さんの人選に文句はないが、もう少しあたりが弱かったらなあ。


そんな事を思って教室に向かった。





「お前、霧坂と仲良かったっけ?」


自分の席に着くと、前の席の海川くんがそんな事を言ってきた。


「家が近所だから、たまに買い物とかで会うんだよ」


「幼馴染ってやつか、羨ましい」


「違うよ。俺は高校に入る前信州からこっちに引越してきたんだ。霧坂さんとは高校からの知り合いだよ」


「あははは、幼馴染じゃなくって残念だったな。霧坂は凛とした黒髪の和風美少女として男子達から圧倒的な人気があるんだ。近所だからってお前、余計なフラグ建てんじゃねえぞ」


そんな事を言って友人のところに行った海川くんだった。


(凛とした黒髪の和風美少女?誰のこと???)





午前中の授業が終わり、昼休みになると、いきなり声をかけられた。


「蔵敷くん、ちょっといいかな?」


「ああ、構わないけど」


「じゃあ、一緒に来てくれる?」


今度は、結城渚さんから声をかけられた。

連れていかれたのは、またしても旧校舎の空き教室だ。


(今日はここに縁のある日なのか?)


「蔵敷くん、あの〜〜」


事情がわからない人が見れば告白の場面だろう。

だけど、俺はその理由を既に知っている。


「陽菜を助けてくれてありがとう」


「それは一緒にいた大学生の恭司さんが、不審者を追い払ったんだよ。だから、俺はお礼を言われるような事はしていないよ」


「陽菜から聞いたから知ってるけど、でも蔵敷くんだって陽菜の不安を取り除いてくれて病院まで一緒に行ってくれたって言ってた。それに、お母さんが……」


「良くなったんだよね?」


「うん、奇跡だってお医者さんが言ってた。蔵敷くんの知り合いの病院なんでしょう?すごい豪華で連絡を受けて駆けつけた時、たまげちゃったよ」


「知り合いってだけで、よくしてくれたのは違う人だよ。でも、良かったね。お母さん、元気になって」


「うん、実はもうダメだってお医者さんに言われてたの?さすがに陽菜には言えなかったけど、一人で抱えているのも、もう限界で……」


そう言って、結城さんは涙ぐんでしまった。

制服のポケットからハンカチを出して結城さんに渡すと「ありがと」と言って涙を拭った。


しばらく、時間が経つと結城さんも落ち着いたようだ。

親の死をひとりで抱えるなんて高校生になったばかりの人には酷な事だ。


「ごめんね。みっともない姿見せて」


「泣くことがみっともないないんてそんな事はないよ。だって、涙が出るって人が授かった機能のひとつなんだから」


「ふふ、蔵敷くんって面白いこと言うのね」


(何かおかしいこと言ったのか?)


「それで、陽菜がお礼したいって。私も是非ともお礼したいんだよ。できれば、その恭司さんという大学生の人も一緒に」


「お礼なんていらないと思うけど、恭司さんには伝えておくよ」


「うん、是非ともお礼させて」


「わかった。そろそろ行かないとお昼終わっちゃうよ。午後の授業お腹の音が鳴っても責任持てないよ」


「そうだよね。うん、もう行くね。蔵敷くん本当にありがとう。あ、それから蔵敷くんの連絡先聞いてもいいかな?」


「いいけど、使い方まだよくわからないから、スマホを渡すから悪いけど操作してくれる?」


「えっ、いいの?」


そう言って、器用に結城さんはスマホを操作して連絡先の交換を済ませ教室に帰って行った。


(今から行って購買にパンが残ってるかな?)


俺は食堂に向けて歩いていく。

いつもより、足の運びが軽かったのは気のせいかもしれない。





放課後になって、用務員さんからゴミ袋をもらって傘を差しながら校庭のゴミ拾いを始めた。


そういえば、清水先生との噂は、既に消えている。

あのイケメンの生徒会長の腕は、確かに凄いのかも知れない。


「だけど、あの笑顔が胡散臭いんだよなあ〜〜」


すると、背筋の良いビシッとスーツを着た先生がやってきて、


「君、この雨の中、ゴミ拾いをしなくてもよい。私が担当の者に伝えておくからもう上がりなさい」


そう親切に言ってくれた。

雨のせいではないが、確かにゴミはほとんど落ちていない。


「わかりました。ゴミ袋を置いてから帰ります」


「ああ、風邪をひくなよ」


そう親切に言ってくれたが、あの教師が俺の監視者である事はわかっている。


おそらく、国の機関の回し者だろうと思っている。


だが、せっかくの親切だ。

言うことを聞くとしよう。


ゴミ袋を焼却炉のある場所に置いて行き、霧坂さんに連絡を入れる。

俺のバッグは用務員室に預かってもらっているので、校門のところで待ち合わせた。


校門のところで待っていると、世間で言うところの凛とした黒髪の和風美少女が青い傘をさしてこちらに来た。


「結構早く終わったのね」


「優しい教師が、早く切り上げていいって言ってくれたんだよ」


「そうなんだ。ラッキーだったね」


霧坂さんと並んで帰る事など、高校生活の内にあるはずないと思っていたけど、予想が外れることもあるようだ。


「高校入学前に教室では話しかけるな、登下校は一緒に行かないって言ってたけど、それはよいのか?」


「護衛としてやらなければならないことをしてるだけ。それより、一緒に暮らすんだから後で念書にサインしてよね」


「へっ?念書って?」


「念書も知らないの?一緒に暮らす上での約束事を文章にまとめたものよ。100項目あるから、絶対守ってね」


「100個もあるのか?」


「当たり前よ。うら若き乙女と一緒なんだから、それくらいは当然よ。昨夜徹夜で考えたんだから、きちんと読んでサインしてね」


(そんな暇があるんなら勉強しろよ!)


「中間テスト来週だけど、徹夜で考えたのか?」


「そうよ。きっと楓さんも褒めてくれるわ。現職の弁護士に見てもらえるなんて少し緊張するけど」


(こいつの考えは理解できない)


「はあ、まずはその念書を読まない事には始まらない」


「今、口頭で言いましょうか?全部、暗記してるし」


(マジか‥‥こいつ、余計な事にスペック使い過ぎ)


「そうなんだ。俺はじっくり読む派だから、家に帰ってからコーヒーを飲みながらありがたく読ませてもらうよ」


「そうね、ありがたく読んでね」


(ほんと、こいつのどこが凛とした黒髪の和風美少女なんだ???)


雨は無常にも激しく降り続いていた。







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