第十四話 メイシノギ
僕たちが住んでいるこの地域には、古くから“
それは、一言で説明してしまえば「名前を付けてもらう」儀式。
この地域の住人は生まれたら“ミコト様”と呼ばれる神様に名前を与えてもらい、そして1人の人間として認めてもらえるのだ。
「——……って小学生のときに皆習うだろ? お前忘れたのか!?」
「これってわすれちゃいけないことなんじゃないのー?」
学と少年にご教授頂き、僕はしょぼしょぼと体を小さくした。学はまだしも、自分の半分以下の年齢の子に怒られると、流石にへこむ。
「なになにー?」
「ぜんぜん来ないなっておもってたら、なにしてたの?」
少年が転んでしまったことに気が付かず走っていってしまっていた先頭2人がようやく戻ってきた。
すると、“名賜の儀”について僕に教えてくれた少年が、「このおにいちゃんね……」とひそひそと告げ口し始めた。声が抑えられていなくて全然内緒話になっていないよ、先生。
「えーっ!」
「おにいちゃん“めいしのぎ”知らないの〜?」
「ミコトさまのことも〜?」
「なんでぇー?」
光の矢とかで浄化される悪魔ってこういう気持ちなのかもしれない。子どもたちの無邪気さがチリチリと心を炙って少しずつダメージを与えてくる。
ひとしきり騒いで疲れたのか、子どもたちは「おにいちゃんちゃんとベンキョーしなきゃだめだよぉ〜?」と白い雷を落として帰っていった。
これでも人並みくらいには勉強してきたと思うんだけどなぁ……。
もしかしたら転んだ少年よりダメージを受けたかもしれない。いや、その痛みは本人にしかわからないから、こう言うのは間違っているだろうけれど。
「……巡って、引っ越して来たんだっけ?」
「へ? いや、全然。生まれたときからここだった」
「だったらここで名前を貰ったと思うんだけどなぁ。ただ忘れてるだけか……?」
どうやらその儀式と神様について知らないのは相当「ヤバい」ことらしい。
これ以上問い詰められるのも面倒になってきたので、僕は「昔の記憶が最近曖昧で。ボケが始まったのかな」と誤魔化すことにした。あまりにも無理のある言い訳だったから、学がじとりと視線を絡ませてくる。
でも、今言ったことの一部は本当だ。
20代とか30代くらいの年齢からしたら、小学生や中学生の頃の記憶がぼやけてきてもおかしくはないだろう。
僕からしたら小学生とか中学生なんてつい最近のことなのに、中々思い出せないというのは変な話だった。
桃花とは保育園からずっと同じところに通っていることは覚えている。一緒に遊んだこととかもぼんやりとだが記憶はあるのだが、“名賜の儀”や“ミコト様”など大事な部分が抜け落ちてしまっている。
一応納得したのかしていないのか、学はもう追求してくることはなかった。やがて分かれ道になり、僕たちは「じゃあ」と手を振った。
「テスト範囲の内容も忘れないようになー」
「うるさいな」
変な追い討ちをかけてこないでほしい。
家に帰った僕は、洗面所で手を洗ってから部屋に入り勉強机に向き合った。教科書や問題集を広げてはみるものの。
「…………」
今日聞いた話が頭の中にちらついて集中力を削いでいく。
“名賜の儀”。
“ミコト様”…………。
どうして僕はこの話を忘れているのだろう。
僕は勉強に集中するために鞄にしまったままだったスマートフォンを取り出し、検索ページを開いた。そこに文字を入力して調べものを始める。
「——……“名賜の儀”は、親の『子どもにどんな人間になってほしいか』という願いを叶える名付けの儀式である……」
1番上に出てきたサイトを開くと、そう書かれていた。太字で強調されている。
子どもが生まれるとなったとき、名前を考えますよね。多くの親は、どんな子に育ってほしいかというのを考え、意味を持たせながら名付けることでしょう。
□□地域——僕たちが住んでいるところ——では、そんな親の願いが、子ども1人につき1つ願いが叶うよう“ミコト様”という神様が名前を与えて下さるのです!
と言われても、この地域に住んでいない方からしたらあまりピンときませんよね。
では、例を挙げて説明していきましょう。
生まれる子には優しく育ってほしい、と考えている親がいるとします。出産を終えたら“ミコト様”がいらっしゃる神社を訪れ、「優しい子に育ちますように」と願いを伝えます。すると“ミコト様”がそれを聞き入れ、その子に合った名前を考えて与えて下さるのです!
名付けられた子どもは、その願い通りに成長します。ですので、「お金持ちになりますように」と願えばその子は大人になったら社長に、「運動が得意な子になりますように」と願えばプロスポーツ選手に成長するのです! 素晴らしいでしょう?
ただし、先程願いが叶えられるのは1人1つと書いた通り、複数の願いが聞き入れられるわけではありません。
優しくて面白い子になってほしい。運動も勉強も出来る子になってほしい。こういったものは複数扱いになるのです。
……というのが、サイトに書かれていた内容だ。
なるほどねえ……。
僕は大きく息を吐いて背もたれに寄りかかった。重みに合わせて椅子が軋み、ギッという音を立てる。
でも、なんか。
上手く言えないけれど。
…………ひどく重い荷物を背負わせているみたいだ。
こう考えてしまう僕は、捻くれているのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます