第九話 またね
「じゃあ皆、事故とかなく元気に夏休み明け登校してくるんだぞー」
担任の声を背に受け、僕、桃花、藤島、古屋、そして学の5人は一緒に教室から出た。
皆どことなくいつもより歩くペースが速く、放課後を心待ちにしていたことが窺える。古屋なんかは階段も1段飛ばしで下りていて、彼女の後ろを歩いていた学が「危ないぞ」と注意していた。と言いつつ彼も同じことをしている。「ついて行ってやる」とか仕方なさそうに言っていなかったっけ?
「田宮くんも楽しそうだね」
桃花と横並びで僕の前を歩いていた藤島が、おっとりと桃花に言った。彼女も、くすくすと先陣を切る2人を楽しそうに見つめていた。
……まあ、皆の1番後ろにいる僕も、表には出さないもののワクワクしているのだが。
ここ最近は同じ2日間を行ったり来たりしていて、普段ならちょっとした緊張感のあるテスト返しというイベントが霞むほどの「あの日」しか記憶にない。だから放課後にどこかへ行くということ自体がひどく久々に思えた。
いや、あれ?
そもそも僕って友だちと出かけたこと、高校生活中にあったっけ……?
学は2年生の半ばくらいから、受験のために塾へ行く頻度を増やしていた。だから彼と最後に遊んだのは1年生くらい……? 寄り道したことくらいはあっただろうか?
……あ、学以外の友だちとも何度か遊んだことがあった。
ああ良かった、僕もそれなりには人と遊んでいたようだ。
「巡くん? どうかした……?」
「えっ」
いつの間にか桃花が隣を歩いていた。先程まで彼女の横にいた藤島は、今は古屋と話している。
「あー……、いや、誰かと遊ぶの久しぶりかもしれないなー、って」
「ふふ、そうだね。私も最近は放課後受験勉強しかしてなかったから、たまには息抜きするのも大事だよね」
「あ、桃花……は、大学行くんだっけ」
「うん、○○大学に行きたくて」
桃花は、「前回」と同じ大学の名前を口にした。タイムリープしても、彼女の夢は変わっていないようだった。
「そういえば、巡くんの進路ってなんだかんだ聞いたことないかも」
田宮くんも受験するでしょ、心春も。それで、明華は就職で……。
桃花はここにいる僕以外の名前と、彼らの進路を思い出しながら言う。確かに僕は桃花に、というか誰にも自分の進路だとか将来の夢だとかを話したことがなかった。学校の中では1番一緒にいる学にさえも。
「そうだっけ。……いや、うん、そうだったかも」
「でしょう? 聞いても良い?」
「えっと、僕は…………」
僕はモゴモゴと口籠る。
その様子を見て、桃花は慌てたように手を振った。
「あ、全然、話したくなかったら、大丈夫だよ」
「あ、うん、なんか、ごめん」
「…………」
「…………」
お互い初めて会話したのかと勘違いするくらいにぎこちない。
それきり2人の間には沈黙の壁が建ってしまった。
桃花が詮索してこなくて良かったかもしれない。そして、誰にも……特に学には話していなくて良かった。彼なら、絶対に「どうして? なんで?」だとか問い詰めてきそうだ。
何故なら、僕は3年生の夏という、受験にせよ就職にせよきっと大事な時期になるであろう今になっても、進路が決まっていなかったからだ。
進路希望調査表は毎回名前だけ書いて白紙。
担任とは何度も面談をしたが、進学か就職かさえも決まらない。
親がいればこういうときに相談出来るのだろうか。そう思ったことは何度かあるけれど、「早く決めないと」という更に強い圧をかけられそうだな、とも思う。
自分の将来のことを考えられないことについて、最早自分自身が呆れていた。
学校から出る頃には、前を桃花、古屋、藤島の3人が並んで歩き、その後ろを僕と学が並んで歩くという構造になっていた。
「なあなあさっき佐久とどんな話してた? 良い点取れるコツとか聞いたか?」
「してないって。気になるなら自分で聞いたら」
「そんなん恥ずかしくて聞けないだろ」
一体なんなんだ、彼は。勉強という面において桃花をライバル視しているのか。それは確実なのだろうけれど、もう勉強とか抜きにしても彼女のことを好きなんじゃないかと思えてきた。なんだかモヤモヤするから絶対に言わないけれど。
学を適当にあしらい他愛のない話をしながら歩いていると、カラオケの近くにあるコンビニに着いた。
各々お菓子や飲み物を買っていく。僕は朝食を食べられなくてお腹が空いていたため、小さめの菓子パンを2つ買うことにした。
カラオケに着くと、近くの中学校も夏休みをもう迎えているらしく、私服姿の、自分たちより少し背の低い少年少女たちが出入りしているのが見えた。
「夏休みで混むかもと思って、一応予約しておいたんだ〜」
そうニコニコと笑う古屋に僕たちは「ありがとう」と口を揃えて感謝を述べた。
5人なので少し大きめの部屋を取ってくれたらしい。L字型のソファに座り、テーブルの上にそれぞれ買ったお菓子を広げて並べていく。
「それじゃあ……」
古屋の合図で各自の飲み物のキャップを開け、片手で掲げる。真ん中に座る桃花は照れ臭そうに俯いていた。
「桃花ちゃん、お誕生日おめでとう! かんぱーい!」
「かんぱーい」
「おめでとうー」
「あ、ありがとう……!」
飲み物が溢れないように、コン、と控えめにペットボトルを突き合わせた。
嬉しそうに笑う彼女。
過去……というか、何度目かのこの世界で見る表情の中で1番明るいものだったので、僕も嬉しくなる。
それぞれ好きな歌を歌い、お菓子を食べ。
桃花はバラード系もアップテンポな曲も上手いだとか。古屋はアイドルソングが好きだとか。藤島はアニメソングをいっぱい知っているだとか。学は歌い方に癖はあるけれど採点の点数が意外と高い、とか。
知らなかった一面を見られて、あっという間の3時間だった。
会計を済ませて出てくると、時刻はもうすぐで17時というところだったが、店に入ったときと空の明るさはあまり変わらなかった。夏だから日が長いのだ。
「あー、楽しかった!」
「ね、カラオケ久々だったから」
終始ノリノリで、他の人が歌っていた間も手拍子や掛け声を入れていた古屋は若干声が掠れている。そんな彼女に、藤島がニコニコと応えていた。
「良い息抜きになったな」
「そうだね」
途中まで5人で帰り、別れ道が来ると藤島と古屋が手を振って別れていく。
塾はないが「図書館に返さなければいけない本の期限が今日までだった」という学も別の道を歩いていき、桃花と2人になった。あの5人の中では、家が1番近いのは僕と桃花だ。
「今日、楽しかったね」
「うん。桃花と遊ぶの、いつぶりだったっけ」
僕がそう聞くと、彼女は少し考える素振りをした。「前回」、僕と桃花が恋人だった世界では何回もあるけれど、「今回」はどうだったか。
「どうだろう……。中学生くらいだったかな、一緒に遊んでたのは」
「そうだったっけ。……久しぶりに遊べて楽しかったよ」
「……! うん、私も!」
話しながら歩いていると、先に桃花の家の前まで来た。
「じゃあ」
「うん、じゃあね」
手を振って別れようとしたとき。
桃花は「巡くん」と僕を呼び止めた。
「うん?」
「巡くん……。……またね!」
「! ……ま、またね!」
照れたように、困り眉と目尻を下げて微笑みながら手を振る彼女。僕もきっと、似たような表情になっていた、と思う。
またね、か。
皆勉強だとか、部活だとか色々忙しいだろうけれど、夏休み中にまた遊べたら良いな。
僕は心が温かく満たされていくのを感じながら、いつもより上機嫌で帰路についたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます