エンド・ネバーエンド
遠野リツカ
プロローグ
朔
夏休み前々日、僕たち高校生にとっての悩みの種の1つであるテスト返しが終わった。
教室内は悲しみだとか喜び、あと色々な感情が混ざり合って空気がどこかもったりしている。どんより、と沈むほど重くはないけれど、「これで夏休みだ! よっしゃあ!」と気分が晴れ渡るわけでもない。
今すぐ窓を開けてこの空気を追い出し、雲ひとつない夏空を吸い込みたいところだけど、室内はエアコンが効いているからそんなことをしたら顰蹙を買いそうだ。
僕、
頬杖をつき、クラスの様子を眺める。窓際の1番後ろという席だから教室内がよく見えるのだ。
「学年順位どうだったー?」
周りの順位を確認する者。
僕の偏見ではあるが、このタイプは「今回頑張ったから結構順位上がってる気がする! 皆より上だと良いなあ〜」って心の中で思っていて、その確証と喜びを得たいから聞いている人が多い気がする。
あくまでも僕の勝手な想像です。
全てを諦めたのか、そもそも興味がないのか解答用紙の束を枕にして寝ようとしている者。
バッサバサ紙が落ちているけれど君は周りに自分の点数を見られていいのか?
「やっべぇ〜俺赤点の教科3つもあるわぁ〜。夏休みの思い出補習だけとか笑えねえー」
笑えねえーというセリフを爆笑しながら言う者。
ちなみにその彼と僕は去年からクラスが同じだから知っているけれど、彼は毎回テストが返ってくる度に同じようなことを言っている。最早持ちネタのようなものだ。
え、何故僕が余裕そうに人間観察をしているかって?
それは、
「巡、どうだった?」
そう問いかけてきた幼馴染の
僕は彼女に向かってVサインを出した。
「よかった」
「いやぁ、桃花さんのおかげですよ」
笑ったときに吊り目ぎみの目尻が下がり、八重歯がのぞくこの幼馴染はとても頭が良い。だからテスト前、放課後教室に残って勉強を教えてもらっていたのだ。
「やっぱりお返しになんか奢るって。申し訳ないよ」
「いいって、大したことしてないし」
「いや、でもさぁ……」
「教えたおかげで私も頭に入ったしさ」
なんということだ、人格が完成されすぎている。
頭も良い、性格も良い。それに加えて桃花は運動神経も良い。
良いところずくめ。逆に神が彼女を生み出すときに入れ忘れてしまったものは何だろう。
「ねぇねぇ、じゃあさっ!」
僕たちの会話を聞いていた近くの席の女子が、勢いよく会話に飛び込んできた。後ろで結んだ髪が元気良くぴょこぴょこと揺れている。
「桃花ちゃん、明日誕生日でしょ? 放課後、お祝いと、あと勉強教えてくれたお礼も兼ねてお菓子パーティーしようよ!」
良いね! と、その女子の周りにいた数人が賛同した。桃花は僕だけではなくて、他にも何人かに教えていたのだ。
「そこまでしてもらわなくても……」
桃花はあたふたとし始めた。元々困り眉気味だった眉が更に下がっている。
彼女は昔から、人に何かをしてもらうことが苦手だった。自分は進んで人に善意を、愛情を持って何かをするくせに。与えるのは好きでも貰うのは戸惑うようだ。
「良いじゃん、やろうよ」
僕がそう話に加わると、桃花は目を見開いて僕を見た。
僕は彼女に視線を向け、
「まあ、思い出作りだと思ってさ。そんなに『私のために……』って考えすぎなくて良いんじゃない?」
そう言うと、ようやく彼女は困り顔をやめてふにゃりと微笑んだ。控えめに八重歯が見える。
「……うん、ありがとう」
こうして、翌日の放課後は桃花、僕、声を掛けてきた女子、そしてあとは男子、女子共に3名ずつ参加することになった。
「祝われるのが苦手だからって、明日学校休むなよ? ……ってか、そもそも終業式だし成績も貰うし、休まないか」
「休まないよ」
「桃花ちゃん、約束だからね?」
うん、約束。
桃花はそう、伏し目がちに言った。
少し長めの前髪が顔に影を落とし、どこか夏の夜の妖しさを連想させた。
翌日。
蒸し暑い体育館に詰め込まれて、気が遠くなりそうなほど退屈な校長、教頭の話を聞く。
解放されたら教室に戻って、今度は担任の話を聞いて、成績通知表をもらって、ホームルームは終わり。
そしたらお待ちかねのお菓子パーティーだって、皆で机をセットして持ち寄ったお菓子を並べて、僕はこのパーティーが企画されなくても元々渡すつもりだったちょっとしたプレゼントも準備して……。
そんな1日に、なるはずだった。
それなのに。
なんで?
どうして?
昨日、「明日はちゃんと学校来て」って約束したのに。
——今日の早朝、桃花は学校の屋上から飛び降りて、死んだ。
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