第2話:「喋る剣、泣く」

魔法でつくりだした光球を明かり代わりにして、薄暗い通路を進んでいくと、その先には明るく広い空間があった。明るさの違いに一瞬目が眩む。


もちろん、その明るさは人工のものではない。

見れば、天井を覆いつくすほど大きな魔石の結晶が光り輝いていた。これが照明の代わりになっているのだろう。


それにしてもありえないくらいの大きさの魔石だ。地上で売れば当分は遊んで暮らせるだろう。

それに地面が草で覆われているのも珍しい。この迷宮は洞窟型で植物は少ないはずなのだが。


しかし、それ以上に気になるものがその空間の中心にあった。


「これは、剣か?」


空間の中心は丘のようにすこし盛り上がっており、その頂には、まるで墓標のようにして一振りの剣が突き刺さっていた。


それは飾り気のない無骨な諸刃の直剣。

使い込まれており相当古いもののようだが、表面に錆はない。それに、なにかの文字が刀身に刻まれているのが見て取れる。それは普段使っている公用語ではなかったが、不思議と見覚えがあった。


「これ魔法陣に使われてる古代語だな。かすれていてほとんど読めないが」


何度も研がれ、その度にすこしずつすり減ったであろうその刀身。

それでも凹凸が残る文字を拾おうと指で刃に触れ、読み取れる文字を口にし、音にする。


「ル…チェ……? だめだな、他はつぶれてしまっているか」


その瞬間だった。


剣から見たこともない魔法陣が展開され、瞬時におれの周囲を球状に覆い尽した。

身体が金縛りにあったかのように動かなくなり、おれは剣の前に釘付けになる。


驚いたが、光は次第に収まっていく。

そして、その光がすべて消えると。


「あっ、あ、あの」


なんと目の間の剣がしゃべり出した。

それも幼げな女の子の声で。


「こ、こ、こんにちう゛ぁっ!」


しかも、噛んだ。


+ + +


「あう。か、噛んじゃった……」


しゅん、となっているのは目の前の剣。

どうなっているのだ。魔物…?にしてはなんとも頼りないが。

というか噛むってどこをどう噛むというのか。


「あ、あの…?」


思わぬ出来事に固まっていると、その剣から再度声をかけられる。

その声色はおどおどとした様子で、自信なさげな雰囲気が漂う。いや、剣の気持ちなんて察したことがないので、さっきからの見込みが当たっているかどうかもわからないが。


「ああ、いや、すまない。まさか剣に話しかけられると思わなくて」


「ひぃ!? そ、そうですよね!? 驚かせてしまって、その、ご、ごめんなさいです…!!」


なにをどうやっているのかわからないが、その剣は地面に突き刺さったまま、申し訳なさそうにぴるぴると震えていた。器用な剣もあったものである。


「よし、お互いすこし落ち着こう」


「は、はい。そ、そうですね! おち、おちつきま…! おち!!ったあ!」


どうやら舌らしきなにかを噛んだようで、痛みに苦悶する剣。

精一杯すぎて、なんだか見ていておもしろい。


「とりあえず深呼吸しようか」


「んにゃ!? は、はい・・!」


すーはー、という音が聞こえてくるがこれは呼吸なのだろうか。

さすがは迷宮に秘められていた遺物。不思議がいっぱいだ。


とはいえ。さて、なにを話したものだろう。

そもそもお前はなんなのだという根本的なものをはじめ、色々と聞きたいことはあるが、まずはコミュニケーションの基礎からとするか。その後のことはその後に考えればいい。


「とりあえず自己紹介から。おれはリクルレドラ・サイレス、この迷宮の上にある学園に通う魔導士だ」


地面に突き刺さった剣に笑顔で自己紹介する。

絵面だけ見ればかなり頭がおかしい状態だが、まあ迷宮の最下層だ。誰かに白い目で見られる心配もないだろう。


「リ、リク…クルクルドラさん?」


誰だ、そんな目が回りそうな名前をしているのは。


「あ、いや。リク、でいい。長い名前だしな」


「す、すみません」


「それで、君の名前は?」


「わたし…わたしは………えっと」


「…………」


「…………」


ふむ。えらく長くかかる。

なかなかの時間、沈黙が流れやっと答えが出る。


「…えっと、なんでしたっけ」


肩すかしの回答にがくり、と体勢を崩すおれ。

ここで聞き返されるとは思わなかった。


「じ、自分の名前を覚えていないのか?」


「と、いいますか、わたしほとんどなにも覚えていなくて…」


記憶喪失、というやつだろうか。しかし、剣だぞ。そもそも記憶とかあるのだろうか。

とはいえ、その見た目からして込み入った事情のありそうな相手だ。いちいち驚いているようでは身が持たない気がする。


「そうか。なにかおれで助けになれることはあるか? こんなところに一人…というか一本だとなにかと大変だと思うのだが」


「助け、ってわたしを…ですか…?」


「あ、ああ。というか、他にいないだろう」


するとまた剣がぴるぴると震えだした。

なにかと思って見てみると、その柄の辺りから謎の透明な液体が流れ出ている。


これは──


「ちょ、まさか、泣いているのか…!?」


「う、ぐす。えぐ…ずびばせん…わたし、ずっと一人だったので……ぐずっ」


鼻を啜る音までしてきた。本当に一体どうなっているのだこの剣は。

まずは落ち着かせるために、すこし彼女(暫定)の話を聞くことにする。


まさか、迷宮の最下層で剣をあやすことになるとは。

予想外の冒険もあったものである。

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