第172話 魔王な聖女の来訪
転移陣を起動し、リア達は共和国付近まで来ていた。
転移先は首都から少し離れた森の中へ作り、常人では気付くことが出来ないよう隠されている。
そんな『リア/作 』と言いたい転移陣、実際はただ良さそうな場所へソレを置いただけだった。
ぱっと見では何の変哲もない石畳である。
肌寒い森の中を少し歩き、二人は丁度いい岩の上で腰を落ち着かせながらあるものを探していた。
「見つけたよ、リアちゃん」
「もう? あっちに居た頃より随分早いのね」
二人は背中合わせに大岩で座り、リアは手に乗ったリスを撫でながら笑う。
数匹の鳥たちが囀り、ヒイロの側には鹿と狐のような動物が甘えるよう顔を近付けている。
「多分ゲームの頃と比べて、この子達にもコミュニティがあるからかな? 思念が乱雑してて少しわかりずらいとこもあるけど、順番に話して貰えればむしろこっちの方が楽かも……♪」
「へぇ、便利ね。……いいなぁ」
「いいってパッシブが? それとも、この子達が?」
「もう……わかってる癖に」
「ふふ」
リアはせめてもの意趣返しに、後頭部で摺り寄せることにする。
するとヒイロからも反撃があり、二人は動物に囲まれながら
時間にして束の間、それでもこの雪景色の中では心身ともに十分に温まれた。
「それで? いまはどこにいるの?」
「うん、この子が言うにはここから西の方……多分、私達の足なら5分もかからない所かな」
「意外と近いわね。それくらいなら丁度よかったのかしら」
「待っててくれてた可能性が濃厚だよ? まぁでも……予めレクスィオさんに聞いておいたのは正解だったね」
探してたものは見つかったが、リアもヒイロもどちらも立ち上がる様子はない。
ただ、その場にはのんびりとした空気が漂い、二人は無言で互いの存在を確かめ合う。
冷たい風が頬を撫で、美しい金色の髪が揺れ動く。
すると「よし」という可愛らしい声が聞こえ、ヒイロは甘える鹿を押しのきながら立ち上がった。
「いつまでもこうしてちゃいられないし、そろそろ行こう?」
「憂鬱だわ。少し肌寒いけど、私はずっとこうしていたいくらい」
差し出された手を気だるげに取るリア。
腕を絡め、手を交差させてリアはヒイロに身を委ねて歩き始めた。
二人が探していたもの。それはとある一団だった。
彼らはレクスィオによって用意された"一応"はリアの護衛であり、予め何日も前から神殿より出発させていた"火の聖女"の使節団である。
今回、リアは来賓として共和国へ入る以上、形だけでもそういったものが必要になった。
国としての体制や聖女としての地位、政治的な諸々……とにかくそんな感じの色々である。
ぶっちゃけリアは渋った、それはもう渋った。
というより満足して首を縦に振れるわけもなく、早々に招待の辞退を視野に入れる程ですらあった。
見知らぬ男どもに四六時中囲まれ、恋人達のいない環境を何日も過ごす。
加えてそれらは前座に過ぎず、本命は各国の王族が集まるらしい息の詰まるような会談が待ち構えている(予想)
うん、招待に応じただけ私は偉い。
そんな偉い私に対し、何故か苦笑を浮かべるレクスィオが代案を口にしたのだ。
『そこまで道中が苦だというのなら、前もって代理を向かわせておくのはどうだろう? 君のことだ、向かおうと思えば一日二日でたどり着けるんじゃないのか?』
一考の余地はある。
でも、まるで私が我儘を言ってるような言い方はやめて欲しい。
私はただ――移動が面倒臭く、女の子のいない空間に居たくないだけだ。誰もが思うことだろう?
毎日お風呂には入りたいし、どうせ囲まれるなら男よりも女の子に囲まれたいと……。
そんな訳で、私は心苦しくも
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
整備された道を進みながらも揺れる馬車の室内。
リアの前には今、
森を抜け、無事に使節団との合流を果たしたリアとヒイロ。
二人はこの世界の基準を優に超えてるにも関わらず、必要かどうかわからない護衛達に囲まれながら共和国の首都を目指していた。
「リアちゃん、なんだか虐めてるみたいだよ~?」
「これは愛でてるっていうの。可愛い子はいつ見ても飽きないわぁ」
「か、可愛いだなんて!? わ、私如きが聖女様に可愛いなどと! そんな……」
「ほら、やっぱり可愛い」
「ひゃぁぁ!! あ、あのっ! 本当に……!!」
「リアちゃん……」
ジト目な彼女の視線に、リアは頬杖をつきながら笑う。
眼前に座る、その燃えるような赤毛が特徴的な彼女。
フィリス・シトラスは以前から、時々セレネの面倒を見てくれていたシスターちゃんだ。
歳は16と前世の私より一つ下。
少し小柄で可愛いらしい華奢な体つき、真っすぐでとても食べ応えのありそうな子である。
私を助けてくれることになった経緯は、色々ある。
だが、ありていに言えば彼女は生活、私は面倒&助けてあげたいというシンプルな想いが一致した。
意外なことに希望者が続出してしまったのは想定外だったが、どうせお小遣いを出すならお気に入りな子が良い。そんな訳でエルシアの助言を受け、私は彼女に少しばかりの遠出をお願いしたのである。
(穢れを知らなそうな純真な身体……すぐに赤面しちゃうところなんて最高に可愛いわね? その真っ白な肌の下、一体どんな味が広がってるのかしら?)
フィリスは真っすぐに見据えるリアに気づき、その顔を赤く染め上げソワソワとしたまま俯いてしまう。
まるで小動物みたい、かわいい……♪
自然と手を伸ばしそうになる欲望を抑え込み、リアは健全な想いでフィリスを楽しむ。
しかし、それを黙って指を咥えて見てるほどリアの彼女は大人しくない。
ヒイロは何気ない表情で彼女をチラリと横目に、そのまま大胆にリアへと抱きついてきたのだった。
豊満な体が押し付けられ、微かな息遣いと共に桃色の唇が寄せられる。
「やっぱり、リアちゃんって大胆になったよね。もちろんそんなところも好きだよ? でも、もっと私のことも……見て欲しいな?」
「……」
ヒイロの澄んだ碧い瞳が視界いっぱいに映される。
その囁くようなウィスパーボイスは未だ耳元で反響し、リアの中で何度もリピートした。
『欲しいな』『欲しいな……?』『欲しいよ』『欲しいよ、リアちゃん♡』
(え……なにこれ? 私試されてる? もっと大胆にイチャイチャしたいってそういうこと!? 駄目よ……駄目よヒイロ。いつものガチ装備姿も最高に綺麗なのに、今のその修道服姿で密着は色々とヤバいわ。え、ブラしてその柔らかさ……? 生地薄すぎない? でも、綺麗だし可愛いよぉ……腰のくびれとか最高にエッチだし、その吐息はやばいって!! 今からUターンして近くで宿でも探す? あぁ、どうしよう~~~!!!)
答えは決まっている。しかし葛藤は避けられなかった。
だがリアの心境に気づいてか、ヒイロは意味深な笑みを浮かべてあっさりと身を退いていく。
「あっ」と無意識に漏れ出てしまった声。
フィリスは何事かと顔を上げ、ヒイロはしてやったり顔でますますその笑みを深めた。
「……なんでもないわ、気にしないでちょうだい」
平静を装い、リアは気恥ずかくなった想いを落ち着かせようと窓の外へと目を向ける。
すると、いつの間にか馬車は首都への入国を済ませ、窓の外には夥しい数の人間で溢れていた。
それはまるでモーゼのように人波は綺麗に別れ、空いた中央を堂々と徐行する私の使節団。
民衆と私達の間には見慣れない紋様を記した騎士、そしてローブ姿の魔法師たちの姿も見えた。
「わぁ……! クルセイドアもそうだったけど、なんだかここまでの待遇見ちゃうと本当にリアちゃんはお客様なんだなって思えてくるねー」
「あ、あの
そう言うフィリスは、恐らくヒイロが神聖区域に出入りできる存在だと知っている筈なのだ。
それでも言葉にするということは、何の変哲もないただの修道服姿のヒイロにきっと戸惑っているのだろう。
――でもフィリス。
その子……偽の聖女どころか、本物の大聖女よ?
そんなツッコミを内心で入れつつ、リアは集まった民衆へと視線を向ける。
視界に映る人々は千差万別であり、キラキラと瞳を輝かせる者達もいれば、顔を顰め心配そうに声を上げる者達もいた。
中でも目に付いたのは、怒声を浴びせるよう顔に皺をつくり叫ぶ者達だ。
事前にレクスィオに聴いてはいたが、どうやら
(私が他の英雄を見捨て、デミーアス大陸に背を向けた……ね。唯一生き残り、次の日には帰っちゃったのが裏目に出ちゃったのかしら? はぁ、面倒くさ……)
リアは外への興味をなくしカーテンを閉める。そしてヒイロへと寄りかかった。
「やっぱりこれが一番だわ」
「リアちゃん……」
二人の空間がすぐさま形成されていく中、共に乗車していたフィリスは不思議そうに首を傾げる。
「あの、以前から思っていたのですが……ヒイロ様と聖女様は、その……」
そう口を開きかけた時、馬車は大きな揺れと共にやや乱暴に停車する。
リアは絶妙なバランスで転倒を逃れ、押し出されたフィリスはヒイロに支えられて事なきをえた。
「聖女様!! お怪我はございませんか!?」
「大丈夫よ。それより何があったの?」
「それが……」
窓越しに戸惑いを含んだ護衛騎士が、その顔を顰める。
リアはそんな男を不思議に思っていると、すぐにその原因を知ることになった。
「聖女様!! 教えてください! フェルト様は、ソリューン様はご無事なのでしょうか!!? どうして貴女様は帰還され、他の英雄の方々は帰られぬのです!!? お答えください! ……何卒、何卒お答えください!!! 聖女様ぁ!!!!」
(フェルト? ソリューン? 誰のことを言ってるの? 英雄の名前なんて一々覚えてないわ)
絞り出すように掠れた声。
本人はさぞ必死なのだろうが、リアからすればそれは何の意味もない只の雑音だった。
安全な位置から吠え散らかし、
「出して」
「……は?」
「私に二度言わせるつもり?」
「は、はっ!!」
騎乗した騎士は慌てた様子で窓から姿を消し、数秒の後に『なぜ』『どうして』『答えて』なんて絶叫と共に、声は徐々に遠ざかっていく。
馬車の室内には静寂が満たされ、反対に外の状況は喧騒とどよめきで溢れかえっていた。
馬車が再び動き出したところでリアは小さな溜息を溢す。
何を言われようが、どう思われようが、リアの見えない所でやってくれる分には好きにすればいい。
しかし面と向かって来られ、これがこの先何度もあると思うと流石に煩わしく思わえてくる。
(いっその事、ここら一帯を火の海に変えちゃおうかしら? そうすれば
そんな風にリアが考えていると――
「あ、あの……!」
と、緊張を含んだ震え声が室内で響き渡る。
声の主はフィリスちゃんだったようで、その顔はまるで何かを我慢するかのよう強張らせていた。
「……聖女様は……何も間違っていません」
「フィリス……?」
「私も……まだ全部を理解してるわけではありませんが、私は……ううん、神殿の皆や街の人々は……聖女様が無事に帰られたことを何より嬉しく思っています!」
「……」
「ほ、本当です、嘘じゃないです! 聖女様はすごい力を持った貴族様なのに、私達みたいなただの平民なんかにも優しくしてくれて、だから……その!」
「ぷっ、ふふふ……、私を……慰めてくれてるの?」
「え、あっ、いっいえ! 私はただ……本当のことを話してるだけで、慰めるなんてそんな……!」
「そう? でもありがとう、って言っておくわ」
「っ……! はい! 少しでも気に留めてくだされば、嬉しいです……」
やっぱり可愛い子の笑顔とコールは心が安らぐ。
それがこんな真っすぐな目をしたシスターちゃんなら尚のことだろう。
(まぁ、そうよね。ああいうことは前世でそれなりに経験したし、煩いのが出る度に殺してちゃキリがないわ。それに――
リアとフィリスの想いは絶妙に噛み合っていないものの、それでも彼女の言葉は嬉しい。
何故ならそれは、
そう思い、不快感を感じていた心が清められていくのを感じ、フィリスに優しい目を向けるリア。
すると、隣から何とも言えない視線が感じられるのだった。
「リアちゃん、もう……"これ以上"はダメだよ?」
「わ、わかってるわ。だからその目をやめてちょうだい」
幸い、ヒイロはさっきの女の言葉を気にはしていない様子だった。
一応は人類種に分類される
なんにせよ、彼女が勇者を消滅させたことを気にしてないなら、それでいい。
だからジト目はやめてちょうだい、ヒイロ。
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