第157話 真実を告げる始祖
薄暗い部屋の中、果実のような甘い香りが広がる。
少し汚してしまったベッド上には、四人の異種族が互いに暖を取っていた。
背もたれにしたベッドボードには枕を置き、一枚のシーツを四人で使う私達。
両隣には私の肩に寄りかかるヒイロとカエデ、胸元には顔を蕩けさせたエイスが全身を余すことなく密着させ、足をすりすりと絡ませながら尻尾のもふもふが肌を撫でてくる。
「あぁ、幸せ~♪ リアさんにこうして抱き着けるなんて、転生してよかったぁ」
「抱き着くこと自体はよくやってきてたでしょ? ……今更だと思うけど」
「え~? そうかなぁ♪ いやいや、直接肌に触れるのは初めてだし、やっぱり全然違うよ~」
「ひゃっ!? ちょ、今尻尾でどこ触ったの? っ……はぁ、判断ミスったかなぁ」
「えへへ、ごめんよ? でもずっとずっとずっと好きだった人、LFOのCMを見て憧れた君の恋人になれたんだよ? それも異世界に転生してエイスとして君とまた再会できた。幸せ以外ないよ~♪」
ケモ耳をピコピコと跳ねさせ、シーツの上からでもわかる程に尻尾をぶんぶん振り回すエイス。
触られ過ぎて慣れてしまった胸元に顔を置き、にへらぁっとだらしなくその顔を歪める。
(あぁもうっ! 普通に可愛いのなんなの!? エイスの
「ふふ、いい加減白状してもいいんじゃないかなぁ♪ あっちに居た時、気の抜けた瞬間のエイスをスクショしてたよねリアちゃん。それにエイスが居ない時は「耳を触りたい」「尻尾がもふもふ」って私にいつも――」
「すとっぷすとっぷすとーっぷ! ヒイロ! それは言わない約束って言ったよね!?」
「え……? それは本当かい? なぁんだ、それならそうと言ってくれれば。さぁ、さぁ! 僕の体は君のものなんだ、存分に好きにしていいんだよ!!」
「リア……私の羽も、好き……ですよね? 触っていいんですよ? リアは特別ですから……ふふふ」
一糸纏わぬ天使が微睡むように微笑み、その羽をパタパタと扇ぎ私達を包み込む。
ぶっちゃけ幾ら体を寄せ合おうと、シーツ一枚で寒くないのはカエデの片翼三枚の貢献が大きい。
「ええ、ありがとう。私にとってもカエデは特別よ? ……そういえば、随分と変わってしまったけど、やっぱり"怠惰"の
「ああ、それは僕もこうして直接目にして実感したよ。十中八九そうだろうね。ヘスティナさんが言うには『転生した魂はその
「深層を依代にする、深層って根幹ってことよね? だとしたら私は」
「リアちゃんは始祖でしょう? 多分、
「……ある程度は察していたけど、本当にそういうことなのね。……吸血衝動、血の高揚、生殺与奪に抵抗がないことも。以前にも増して可愛い女の子を食べたくなっちゃう衝動も、それで……」
「ううん、以前からリアちゃんは可愛い子に目がなかったよ? それが態度にでなかった、というより内面に押し止めていただけで、今はそれに歯止めが効かなくて完全にオープンになっちゃってるだけだと思う」
「……そうですね。前のリアは慎み、というか……もう少し恥じらいがあったように思えます」
「つまり! やっぱり本能に忠実、欲望に素直になったってことだね。ようこそ!こちら側へ!!」
可愛いエイスの満面の笑み、その抱擁に抵抗できなかったリア。
認めたくはないけど、実際いま言われた言葉には思い当たるものが多かった。
小振りな胸がむにゅっと潰れ、抱き合った裸体からは甘く蕩ける香りが漂ってくる。
「ふふふ、僕は全然ウェルカムだよ? 素直になってくれたから、こうして可愛いリアさんを抱けるわけだし」
「でも、ただでさえ超美人さんなリアちゃんが責めに転じれば、大抵の子は堕ちちゃうと思うんだよね~。私はそこが心配かな……だって既に三人だよ?」
「私も……ちょっと心配です。リアさん、その三人の恋人さんのこと教えてくれませんか?」
エイスを堪能したリアは顔を上げ、シーツ下の両隣の手を取って指を絡める。
「ええ、わかったわ。私の大好きな子達はね……――」
そうしてぽつぽつと話始める、転移、いや転生してからのリアのこれまでを。
アイリスと出会い、そのメイドのレーテと一緒に闇ギルドへ入って聖王国を半壊させたこと。
今は別の国で神殿に移り住み、元公爵令嬢の恋人と同棲して、全部で三人の恋人がいること。
セレネやリリー、ルゥのことも要所要所で話しながら、クルセイドア王国での出来事も話した。
その点については天気の話をしたくらいの認識だったが、ヒイロの握る力が強くなったのを感じた。
話してる間、皆反応こそ見せたものの、誰一人として口を挟むことはなかった。
話せる範囲で全てを語り終え、少しの静寂に若干の居心地悪さを覚えたリア。
ヒイロが握っている手を離し、私の首へとぎゅっと腕を回す。
「女の子一人助ける為に、二つの国を相手にしたんだぁ? リアちゃんらしいけど、それじゃあ……惚れられちゃっても仕方ないよね? まるでお姫様を助ける騎士みたいだもの♪」
「ヒイロ……」
潤んだ瞳で微笑むヒイロに、リアは何処か言葉とは違う意味が含まれてるような気がした。
すると、今度は反対側から首に手を回される。
「私は神殿……後はリアがそこまで言うメイドさんも気になります。……美人なメイドさん、お世話されてみたいです……うへへ」
「カエデ……ふふ、きっと驚くわ。とっても美人な上、大抵のことは熟しちゃうもん」
軽い口調でありながら、首に回す腕に力の入ったカエデ。
そして最後に、真正面から無遠慮に抱き着いてくるエイス。
「僕はリアさんの拾った獣人の子供が気になるなぁ! 特徴を聞いた限り、かなり珍しい獣人種な気がするんだよね。……魔王と愛し子。それにさっきの妹さんとも話したいし、いつもリアさんとどんなプレイを……あ、姉妹プレイか!」
「それはっ、……否定しないわ。ていうか、なんて事聞くつもり? あの子は年齢の割に純粋なんだから、変なこと言ったらエイスでも怒るからね?」
「リアさんのその目……ぞくぞくする♡ それで……年齢っていくつなんだい?」
「いくつ? え~っと、確か200――」
「え……あ、吸血鬼だもんね。そっか、そのくらいの年齢……逆転してない?」
「それは言わないお約束よ? 私はアイリスとの関係が気に入ってるの、心からあの子を愛してる。だから――貴女達にも認めて欲しい。今更別れるなんて……私にはできないわ」
掻き消えてしまいそうな小さな呟き。それは思わず出てしまったリアの本音。
そんな言葉に、至近距離で抱き着いていた三人も勿論聞いていた。
そしてクスッと笑う声音が耳元へ響く。
「ふふ、ふふふ……既に三人も恋人がいて、更に私達まで居るのに、今更だよ? リアちゃん」
「そうだね、口に出さないようにしてたのに。国を滅ぼしたことはそっちのけで、リアさんとしては恋人関係の方が気になるんだ? なんていうか……変わったようで変わってないよね、リアさん」
「私は……ちゃんと愛してくれるってわかってるから、別にいいですよ? あ、でもメイドさんにお世話されたいのは……本当です。えへへ」
「みんな……だってそんなことどうでもいいし、私にとってはこっちの方が死活問題だもの。私は私が欲しいと思ったものは全部手元に欲しい。でも貴女達の、彼女達の心は無視できない……本当にいいの?」
抱き締められる力が強くなり、ぎゅうぎゅうと体が密着する。
ヒイロの吐息が耳元に吹きかけられ、体がビクリと飛び跳ねる。
「そもそも私とカエデ、どっちとも付き合ってる時点で今更じゃない? 約束してくれた通り、ちゃんと愛してくれてるって伝わったから、私……いいよ?」
「僕は新参者、というかリアさんのそれにあやかった立場だからね。それにもちろん、愛してくれるんでしょう?」
「……ええ、ありがとう! 私の持てる全てを使って、貴女達皆を愛し続けると誓うわ……絶対に」
それは肉体が変わってもずっと抱えていた想い。
今更変化するものでもなく、他の何を置いてもリアの根底にあるもの。
「はぁ、異世界に来たと思ったらシェアする恋人が四人も増えるなんて……困った恋人さんだね? カエデ」
「……すぴぃ……すぴぃ。っ……! そうですね、リアには困ったものです……」
私を通してそんな言葉をかけあう二人。
苦笑を浮かべたリアは、今度はクラメンのこれまでの事を聞くことにしたのだった。
ヘスティナが彼女達に話した内容、そして私への伝言を聞いたあと。
私は思い出したように部屋を出て、魔城の中を彷徨っていた。
道行く魔族に怯えられながら話を聞き、外はすっかり雪が積もった白銀の世界へと変貌している。
白い大地を踏みしめ、リアが向かうのはオリヴィアが向かったという道外れた廃墟。
降り積もる雪景色を黙々と歩いて行き、白一色の中に黒い点々を見つけて歩み寄る。
その黒いのは入口の左右に佇み、私の存在に気づいて立ち塞がろうと前に出た。
「ここには何用で来られた? 今はオリヴィア様が――っ!?」
「邪魔よ。私はオリヴィアに用があるの」
黒騎士の兜の隙間、そこに見える赤い瞳が揺らぐ。
カタカタと鎧が鳴りだし、たたらを踏む黒騎士の横を無言で通り過ぎるリア。
廃墟の入口のアーチが半分に崩れ、屋根などは半壊していることで雪は中にまで侵入していた。
入口から真っすぐの所に壊れた石像が見え、その足元には体を預ける真祖の少女。
「オリヴィア」
「……始祖、様?」
ゆっくりと顔を上げ、どこか夢見心地な表情を見せるオリヴィア。
黒いヴェールに乗った雪がずり落ち、そのぼんやりとした瞳に私を映し出す。
「アイリスは……居ないみたいね。
「それは……、っ! 申し訳ございません、妾が……」
「そのままでいいわ。貴女にどうしても話しておきたいことがあったの」
立ち上がろうとするオリヴィアを制止し、リアは目前でゆったりと膝を突く。
その時、妙な居心地の良さと、微かに覚えのある魔力を感知する。
「……始祖、様?」
「あ、……ふふっ、リアって呼んで?」
一瞬だけ気を取られてしまい、リアは可愛らしく見詰めてくるオリヴィアに微笑みかける。
「しっ、……リア様、お話というのは一体……」
「大事なお話よ。とっても、とっても大事なお話……」
そう言ってリアは吸い寄せられるように上半身のない石像を見上げた。
(入ってくる時に既視感はあったけど、やっぱりこの像……ヘスティナだわ。羽や尻尾、特徴になりそうな上半身は砕かれちゃってるけど。この花のついた特徴的なサンダル、間違いない。……だとすると、オリヴィアはヘスティナの存在を覚えてる? けれどそれなら、本当の始祖であるヘスティナを私と間違える筈がないわよね?)
「ねぇオリヴィア、どうしてこんな雪の中までこの廃墟に来たの?」
「っ……理由は、ありません。ただ……ここが妾には落ち着くんです」
「落ち着く……ね。それじゃあ、この石像が誰かわかる?」
「それはっ」
リアの言葉に頭上を見上げ、そして何とも言えない表情で首を振るうオリヴィア。
この石像が
「……何故、そのようなことをお聞きになるのですか?」
「確認したいことがあったの。でもその顔から察するに……この石像をアウロディーネだとでも思ってるんじゃないかしら?」
「っ! そ、そのようなことは!」
「ふふ、やっぱり♪ ここ良いわね、
「…………ヘス、ティナ?」
その瞬間、乾いたオリヴィアの声がその場に漏れる。
口をパクパクと動かし、どこか遠くを見るように見開いた深紅の瞳。
それを見たリアは微笑みを深める。
「そう、ヘスティナ。……私達魔族の創造神であり、貴女を眷族にしたこの世の始祖の吸血鬼」
「…………は? な、何を言って……魔族の……神? そんな者は存在しない。……始祖はリア様で、妾のご主人様も……こ、これは?」
その時、まるで何かが決壊したかのようにその目に涙を潤ませ始めたオリヴィア。
「ごめんね、あの時は貴女を私の眷族と言ったけど、本当は違うのよ。……貴女が遥か昔に出会った始祖は私じゃない。ヘスティナという、全ての魔族の始祖なの」
「全ての魔族の……始祖? ……それは、そんなの、……神は、妾を消したい筈じゃ……だからッ」
混乱し愕然とするオリヴィアの頬に、リアはそっとその手を触れさせる。
「
「ヘス……ティナ、……ヘス、ティナ……?」
慈しむように、彼女がビックリしないように、リアはゆっくりとした口調で話す。
真っ白な肌を優しく摩り、今度はその手を石像へと伸ばす。
「この石像ね。上半分は壊されちゃってるけど、間違いなく彼女の……ヘスティナを模った石像よ? 貴女が落ち着く理由、それはここに知覚できる程の彼女の魔力が残っているからだと思うわ」
「……これが、ヘスティナ様の……もの? それじゃあ貴女っ、リア様は一体……妾の目には貴女様だって『始祖』だと、そうはっきり見えている!」
「ああ、そっか"慧眼"を持ってるんだったわね。……私は別の世界の始祖なの。アウロディーネに対抗する為にヘスティナに呼ばれた、代理の始祖」
「……別の……世界? アウロディーネに対抗する……代理の、始祖……?」
唖然としたオリヴィアを見て、リアは一気に話し過ぎたと苦笑する。
頬に滴る涙を指ですくい、その冷たい肌を感じて彼女をそっと抱き寄せた。
「あら、本当に冷たいわ。……特別に私が暖めてあげる♪」
「…………リア様の話が、真実だったとして。……なぜ、妾を助けてくださったのですか? アイリスから聞きました。本当の姉妹ではない、姉妹のような関係だと。……話を聞いたから? たった……それだけの理由で?」
「違うわ。もちろん、あの子から話を聞いて貴女に興味を持ったのは事実よ? でも、会うのはもっとずっと先だったと思う。少なくとも今日明日の話じゃない……それこそ、もう手遅れになってた頃だわ」
「それなら……なぜ? リア様の伴侶の方々もそうだった。顔も面識も、あの方々は種族すら違う。聞いたこともない天上の方々が、なぜ妾を……? 妾は……神に、世界に……拒絶された筈じゃ」
リアの胸に大人しく抱かれ、ただただ「何故」と繰り返すオリヴィア。
未だに信じられないのか、それとも信じさせて欲しいのだろうか。
ならはっきり口にしてあげよう。
「"へスティナ"が貴女を助けるよう、私にお願いしたからよ」
「っ!」
私の胸の中で、オリヴィアが息を呑む音が聴こえた。
寒さとは別にその少女のような体を震わせ、静かに嗚咽を漏らすオリヴィア。
雪の降り積もる世界で、私は彼女が泣き止むまでその頭を撫で続けたのだった。
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