第65話 招かれた始祖
正門の鉄扉は音もなく左右へと開かれる。
リアとレーテは二人ということもあって現在はいつもの様に、黒いローブを纏いフードを深く被っていた。
そんな二人に対して、一度はあった事があるとはいえまるで警戒する素振りを見せない老人。
「さぁ、こちらへ」と口にしながら浅く腰を折り、勧めるように手を伸ばすと背を向けて先導しはじめる。
リアは深く被ったフード越しに景色を眺め、案内されるままに歩いて行くと、やがて玄関らしき場所へと辿り着いた。
正門から此処まで5分とない距離だったが、道中には繊細な造りをした噴水や、手入れの行き届いた花壇などが見えた。
(これで屋敷じゃないのね。 将来的にこういった家もいいなぁ)
天井高くにシャンデリアが吊るされ、豪華にも煩すぎないエントランスを慣れた様に老人は通り過ぎる。
どうやら2階には行かないようだ。
幾つもの木製の扉を横切り、靴越しにでも感じられる柔らかい材質の廊下はリアですら、思わず内心で驚いてしまうものだった。
そんな踏み心地の良い通路を歩いて行くとふと気づく。
(そういえば正門を抜けてから一度も、目の前の男以外に会ってないわね)
少し後ろをぴったりとくっついて歩くレーテへ横目に視線を送り、彼女も気づいていたようで恐らく同じ認識を覚えたのだろう。
気配で私が意識を向けていることに気づいたレーテは静かに頷いた。
しかし【戦域の掌握】にて、上の階や通り過ぎた部屋から気配を感知できるということは、意図して姿を現さないのだろう。
そうして漸く辿り着いた扉。
両開き式の他よりも大きな扉の前で老人は立ち止まり、小さく呼吸を整えると少し間隔を空けて控えめにノックした。
「閣下。 お客様をお連れしました」
「……ああ、入って貰いなさい」
中から一拍して聴こえてくるは、会話のできそうな知性を感じさせる落ち着いた男の声。
老人はその声に頷き、「失礼いたします」と張り上げてもいないのに良く通る声で、ギィッと音が聴こえてきそうな実際は無音の両開き扉を開く。
部屋に通されると、そこには中央に堂々と置かれた通常よりも明らかに長すぎるテーブルを囲むようにして4人の騎士が直立不動で立っており、いわゆる誕生日席には一人の男が座っていた。
恐らく、あの男がプーサンの父親であり現侯爵とやらなのだろう。
短く切り揃えられた金髪に整えられた顎髭、話しが通じそうな知性は感じるも何処か肉食の様な獰猛な印象を受ける。
加えて座っていながらでも感じられる長身に、良く鍛えられていると一目で分かる程の張りのある胸板。
間違いなく近接職のクラスを持っており、そんな侯爵はフードを被るリアを一瞥すると手元の料理へと視線を戻していく。
侯爵からの視線に気付きながらも、それより一番最初に感じた4人の騎士の視線にリアは眉を顰めた。
騎士から向けられる視線は無遠慮なものであり、リアを下から上まで眺めると次は後ろのレーテへと移され、そしてまたリアへと戻ってくる。
(気づかれないと思っているのかしら? ちょっと早いくらいで私が気づかないと? ……まあいいわ)
はっきり言って不快の一言ではあるが、その目を向けられる理由に心当たりがないわけではない為、仕方なく見過ごすことにしたリア。
(でも1回だけ。 次にあの視線を向けてきたら腕の1本くらい、反省して貰おうかな)
騎士達は明らかに不満そうな表情を隠そうともせず、怒気の籠った瞳でリア達を盗み見ることを辞めなかった。
リアは雑種に構ってる暇はないと結論付け、さっさと用件を済ませる為に侯爵らしき男へと目を向ける。
「待たせてしまったかしら」
そう言ってフードを降ろしながら、侯爵らしき男の対面の席へと歩いて行く。
コツコツとヒール音を鳴らしながら、素顔を晒した瞬間に緩和する怒気の含んだ視線。
内心、失望を感じずには居られなかったが瞬時に気を持ち直したことが感じられあたことで、どうやら完全な無能達ではないということが理解できる。
「いや、
そう、リアは今日2時間遅刻したのである。
夕方以降に会う筈が寝起きにイチャイチャしすぎた結果、現在は夜19時になる手前。
しかし、待たされた本人が「どうってことない」と言うのだから、もうリアが責任を感じる必要も、4人の騎士から責められるような視線を向けられるいわれもない。
男は手に持った食器を丁寧に置くと静かに立ち上がる。
そしてゆっくりとした足取りで堂々とリアの目の前まで歩みよると、その獰猛で鋭くも温厚な視線を真っすぐに向けてきた。
「……ほぅ。 かのギルドに、貴方のような方が属しているとは……いや失礼。 愚息が非常に稀な経験をしたと聞き及んだ。 今回の依頼受けていただき、深く感謝する」
目の前まで来た侯爵はリアより頭2つ分は高い身長をしており、見下ろしながらも感嘆の息漏らすと、嫌味のない称賛と感謝の言葉を述べた。
「気にしなくていいわ、
「ふむ、了解した」
リアの言葉に、顎を数度撫でると特に気にした様子もなく頷く侯爵。
「申し遅れた、私はディズニィ・ヴァーミリオン。 クルセイドア王国、ヴァーミリオン侯爵家の現当主である。 今回の招待に応じていただいたこと、誠に感謝する」
体格と佇まいが非常にミスマッチした侯爵と名乗った男。
大柄でいながらも、綺麗な所作と仕草はリアとしても思わず評価したくなるほど美しいものだった。
しかし今、リアはそれどころではない。
(プーサンの父親が、デ、ディズニィっ? ……っ、っ! 親玉きたぁぁ……! え、祖先に転生者でもいるの? もし、偶然なんだとしたら、ちょっと凄すぎじゃないかしら?)
リアは内心で腹を抱えてしまいそうになり、現実にも微かに肩を震わせてしまう。
すると後方でレーテが微妙に反応するのを感じる。
恐らく、何故リアが笑ってしまっているかはわからないのだろう。
今回、呼ばれた理由は不明だが適当に終えてさっさと帰るつもりでいた。
しかし、丁寧な挨拶や相手を尊重するような態度に少しだけ好感を得たリアは目の前の男になら、名前くらいなら名乗っても良いかとすら思えた。
「リア・アルカードよ。 悪いけど、貴族の仕来りや礼儀作法は知らないの」
言葉にした途端、部屋の空気が数回変化する。
発生源は黙ってリアと侯爵の様子を見ていた4人の騎士。
彼らは無遠慮に漏れ出させた殺気をリアへとぶつけ、それに気づいたレーテが黙らせるように数段勝った強烈な殺気で抑えつけたのだ。
一瞬の出来事にも関わらず、周囲の騎士達は顔を青ざめさせながらリアの後方のレーテへとその視線を震わせる。
そして、今のやり取りに気づいていない筈がない侯爵は気にした様子もなく大らかに笑った。
「構わないさ、そんなことは今重要なことではない。 それより・・・・ふむ。 既に数々の無礼を働き、言葉の説得力はないかもしれんが、ここにいる者達は私の信頼厚い側近達だ。 私を慕ってくれるが故に、少々行き過ぎた行動を取ってしまうが許してやってほしい。 そして私は、できれば本当の貴方と話してみたい」
ディズニィは苦笑を浮かべつつも真っすぐにその瞳を向け、「どうだろうか?」と言わんばかりに目で訴えかけてくる。
『本当の』というのは吸血鬼という意味だろうか?
目の色以外には何も変わらない、そんなに重要なことだろうかと、リアは疑問を浮かべる。
だが目の前のディズニィからは敵対の意志は微塵も感じられず、厭らしい視線や蔑む様子、ましてや見下す様子も見て取れなかった。
一言でいうなら、気持ちの良い相手だった。
リアは既に知っている相手が敵対するつもりがないのなら、付けてても外していても変わらないとカラコンを外し、深紅に煌めく赤い瞳を露わにする。
そしてディズニィが座っていた対面の席へ向かい、レーテが引いてくれたイスに無造作に腰掛けた。
テーブルにちらりと目を向けると食器の置かれていた形跡が見える。
どうやら遅刻したことで片付けられてしまったようだ、残念。
「それで? 私をここに呼んだ理由は何かしら」
足を組み、挨拶の意味も含めて室内にいるレーテ以外のすべての存在に向けて、それなりに凝縮した密度の殺気を衝撃波のように放つ。
この挨拶には『リアの正体を漏らした場合の末路、そしてつまらないことで呼んだのなら容赦しない』という警告の意味も含んでのものだった。
テーブルの食器類や窓ガラスは微かに震える音を響かせ、まるでそれに連動するかのように周囲の護衛騎士達は鎧をガチャガチャと騒がしく擦らせる。
乱れた体勢で明らかに動揺した様子は一目で彼らが混乱してるとわかり、既に腰に差した剣へと手を伸ばしかけていたり
そんな騎士達に数秒にも満たない時間目を向けるも、興味をなくしたようにリアはその赤い瞳をディズニィへ向けた。
どうやら、その肉体は見せかけだけのものではないようだ。
ディズニィは確かに驚愕した表情を浮かべ額にも僅かに汗を滲ませていたが、平然とした態度を見せながら微かに震える足で立っていた。
動揺を見せたくないのか、はたまた貴族の矜持というやつか。
他の騎士達は未だ混乱と恐怖の中にいるというのに、侯爵は悠悠たる様子を貫いてイスへと腰を降ろす。
「……なるほど。 この覇気、間違いなく上位種以上だな。 しかしながら対話が可能であり、何より正反対の色であっても尚、どちらも美しい。 吸血鬼への認識が変わりそうになるよ」
開口こそ動揺と震えを見せていたが、徐々にそれは鳴りを潜めていく。
そして話していく内に克服してきたのか、平常通りのような態度で裏表のない、思わず口から漏れ出てしまった様に感嘆の言葉を呟いた。
その言葉は何処か目の前の男の心情を表しているようで、とても社交辞令やお世辞には思えなかった。
人間それもリアの嫌いな男ということもあり、本来であれば興味を示す対象ではないが、ついつい目の前の男を観察してしまう。
黙り込んだディズニィとそれを観察するリア。
嫌ではない静寂が広がり、恐らく執事だと思われる老人はリアの手元へワインを用意し始めた。
それを気配で感じ、離れていく背中を横目にワインへと目を向ける。
(私、
「アルカード嬢。 吸血鬼である貴方にこの問いをするのもおかしな話ではあるが、この国をどう思う?」
手に持ったワイングラスをゆっくりとスワリングしながら、神妙な顔つきで問いかけてくるディズニィ。
そんな彼を見て、問いかけられた内容に思わずリアは首を傾げてしまう。
(どう思う? 別にどうも。 ああ、でも聖王国を見た後だと多少はマシに見えるかな。 いやあの国見た後だと、多分どの国も良く見えるわ)
真面目そうな内容に、話し半分で耳を傾けるリアは興味本位でワイングラスに口をつける。
「いまの王国は酷いものだ。 表面上では平和が続き民の暮らしも飛躍的に豊にはなっているが、未だ消えることのない貧困層や亜人への差別。 いや、魔王が討たれて増々酷くなっている。 加えて、陛下が病床に伏り始めてからというもの、水面下では派閥争いが激化、国の二分化だってそう遠くない未来まできている。 だというのに……――」
(うぇ、辛いわ。 私にはまだワインは無理そう。 いいもん、私には宿に帰ったら最愛の飲み物があるし。色だって赤いから実質ワインだし。 ――……ていうか、国の内情なんて私に話していいの? 興味なさそうで、人間じゃないから警戒されてないとか?)
深刻な表情で眉間に皺を寄せながら話すディズニィ。
リアは少しだけ乱暴に、ワイングラスをテーブルに置くと遮るように口を開いた。
「国の事情なんてどうでもいいわ。 それで、何が言いたいのかしら?」
聞いてもいない話に興味もない話。
結論から述べて欲しいのにだらだらと話し始め、結局私にどうして欲しいのかわからない。
リアは若干不機嫌なことを隠そうともせず、ディズニィの話しをぶった切る。
そんなリアの言葉に話す口を止め、下を向いていた目で一瞥すると、一拍空けて小さく息を吐き出した。
「第一王子殿下の護衛に『専属侍女』として雇われて欲しい」
「……は?」
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