第62話 理想の朝、犬の接触
自身の周りで忙しなく動き回る気配を何となく感じる。
LV140を超えた
開くことすら億劫に感じながらも、片手間にはもはや当たり前となっている周囲の気配に意識を向けた。
ベッドで力無く横になる自分自身、そしてその周りに様子を窺うようにして覗き込む小さな反応が2つ。
未だ意識が完全に覚醒していない微睡のような状態で、何となく思考する。
(……2人、誰かしら? アイリス?レーテ? いやあの子達はこんなに小さくない。 それなら――)
重い瞼を開き、最初に視界に映り込むは
リアが目を覚めたのを感じ取ったのか、2つの反応は顔を見合わせて何やら話し合い、再び振り返ると視線を向けてくる。
満月のような淡い金色と琥珀のような黒味のかかった金色。
(ああ、そういえば昨日……拾ったんだっけ)
セレネはリアの顔を覗き込むようにして身を乗り出し、ルゥはその後ろで様子を窺いながらも、いつでも割って入れるような距離感を保っている。
「貴方たち早いね」
上体を起こしたリアの前にセレネがその小さな口をぽかんと開けていた為、取りあえず可愛らしい獣耳と一緒に頭を撫でる。
「お、おは……よぅ」
「ええ、おはよう」
くすぐったそうに目を瞑って頬を緩ませるセレネに幸せな気持ちが胸に溢れるが、そんな気持ちに茶々を入れる無粋なものがいた。
「おはようって言ったって、もう夜だぜ?」
一晩、床を共にしたことで警戒がある程度は緩まったのか、馴れ馴れしくも元気な様子を見せたルゥ。
リアはその様子に嫌な気はせず、夜と言われ周囲に目を向けるも高級宿ではないからか時計が見当たらない。
まぁ、いいか。
時間の確認を諦め、視線を手元に戻すと、セレネは甘えるように喉を鳴らし「……くぅーん、くぅん」と声を発し始めた。
(寝起きの猫!というよりはどちらかといえば犬? 可愛い、可愛い! お~よしよしっ♪)
その可愛さに勢い余って抱きしめてしまい、苦しそうに声を漏らしたセレナに謝りながら、撫でる手を止めなかったリア。
部屋の中にはアイリスの気配は感じるもレーテの気配はなく、セレネを撫でながらルゥと下らない言い合いで適当に相手をしていると扉が開き、待ち人が戻ってきたのだった。
「お目覚めになりましたか、リア様。 本日ですが、既に3度。 ヴァーミリオン侯爵家の使いの者が宿まで訪れました」
「おはよう、レーテ。 ――……侯爵家」
リアは侯爵家という言葉に対し、働かない頭でうんうんと唸り考える。
何となく彷徨わせた視線の先では、セレネを撫でる手を羨ましそうに呆然と見つめるルゥが映り込み、仕方なしに抱き寄せて兄妹合わせて撫でながら思考するリア。
「あぁ、プーサンの。 ……3回も来たの? 頑張るわねぇ」
「はい、最大限のもてなしを準備して侯爵邸にて待つとのことです」
レーテは見惚れるほどの美しい顔をリアに向けつつも、その視線を一瞬だけ、リアの手元の兄妹へと向ける。
「随分と気に入られたものね、依頼対象を連れて来ただけなのに。 やっぱり、何か訳ありなのかしら?」
リアはそんなレーテの視線に気づくも、内心で言いようのない幸福感を感じて『可愛い侍女の様子をもっと見ていたい!』という理由から敢えて、気づかないふりを続ける。
レーテは一秒に満たない時間、感情の見えない表情で二人を見詰め、瞳を閉じた。
「恐らく、その可能性が高いかと」
(行くつもりはないけど、確か呼ばれたのは明日よね。 それなのに3回も・・・・ああ、返事をしていないからその確認とか? それでも普通そんなに来るかな。 よっぽど切羽詰まっているか、もしくはそれだけ大事な用件か)
思わず撫でる手を止めてしまいながら口元に指を置き、思考に耽るリア。
しかしそんなリアの耳に、気の抜けるような腹の虫が鳴る音が部屋中に響き渡り聴こえてきた。
そんな音にリアの思考は打ち切られ、音の出所であるルゥへと目を向けた瞬間、次いで鳴り響く可愛らしい音に思わず吹き出してしまった。
「ふふ、そういえば昨日、貴方達を拾ってから何も食べてなかったわね」
リアは立ち上がって未だ寝ているアイリスへと歩み寄る。
瞳を閉じ、静かに寝息をたてながらその可愛らしいぷっくらとした唇を無防備に晒す妹。
まるで眠り姫のようにベッドで横になる姿は、整った顔立ちと黒いドレスも相まって、リアにはそれが一つの絵になって見えた。
(可愛い、それに綺麗。 今すぐに飛び込んでその匂いと感触を堪能したい所だけど、教育上よろしくないし、あまり空腹状態を続けさせるのも酷よね。 あぁ、でもちょっとくらいいいよね? 味見くらいしないと起きた気になれないもの)
思わず見惚れてしまい立ち尽くすリアだったが、その胸元に大事に仕舞われた、使い終わった自身の装備に恥ずかしさがこみ上げてくる。
無事に装備を回収はするも若干湿っており、装備は無味無臭である筈なのに手元に寄せると、微かにアイリスの甘い香りが漂ってきたのだった。
「昨日は随分とお楽しみだったのね。 起きなさい、アイリス……んっ」
無防備な唇を差し出すように、頬に手を添え無理やりに向かせてその果実を頂くリア。
最初はフレンチに、そして徐々にディープなものへと変えていき、甘くて蕩けてしまいそうな口内を貪る。
「んんっ!? ……んっ、れろっ……はぁ、……んっ」
舌を入れた段階でアイリスは覚醒し驚きに目を見開くも、状況を理解すると黙って受け入れ再びその瞼を閉じていく。
一掬いする毎に口内から得られる唾液は甘さは増していき、気づけばベッドに膝をつき貪るようにして酔ってしまいそうな雰囲気に身を投じていた。
行為は更にヒートアップしていくものと、無意識化に考えていたリア。
しかし、突如として後方から聞こえてくるレーテの咳払いにより、目が覚めるように思考がクリアになる。
一寸の隙間もなく合わせていた唇を離し、「何故?」とわかりやすくその表情に描いたアイリス。
そんな視線や雰囲気、何より体全体から漂わせる「もっともっと!」という魅力的すぎる誘惑にリアは再び引き戻されそうになるも、何とか意思の力で堪える。
「お楽しみの最中、申し訳ございません。 ただ、あまり呑まれてしまっては収拾が付かなくなるかと。 それにお二人の教育上、あまり過激なものはよろしくないかと」
そんな言葉にアイリスは納得していない様子でレーテを睨みつけるが、「そうね」とリアも同意の言葉を口にすると、その視線を再び向けてくるのだった。
「ご馳走様♪ おはよう、目は覚めたかしら? アイリス」
「うぅ……お姉さまにキスして頂いて、起きない筈がありませんわ。 でも、お姉さまは意地悪です」
いじけた様子の妹に愛おしさがこみ上げるが、これ以上はダメだと自制して、一度仕舞ったガチ装備を再び着直しながら振り返る。
隣のベッドで赤面した様子で見詰めてくるルゥと、何故か目を輝かせて高揚した雰囲気を漂わせるセレネの手を引く。
レーテに一言「アイリスをお願いね、先に出てるわ」と添えてから、一足先にリア達は部屋を出ることにしたのだった。
そうして起床してから色々あったものの。
現在は宿屋の店主に聞いて、おすすめの飲食店へと足を運んでいたリア達。
そこは酒場のようなラフな雰囲気であるものの、一般客らしき住民達も見えたことからどちらかと言えば一般食堂に近いのかもしれない。
中に入って見渡す限りは席は埋まっており、唯一空いている席は手前の目に入りやすいテーブルのみだと目の前の店員は言った。
リアは今、ローブのフードを降ろし腰まで届きうる白銀の髪を惜しみなく晒し、その美貌を周囲へと露わにしていた。
店員は女性であったが見惚れる様に呆けており、リアの話を聞いていたのか定かではない。
「じゃあ、これだけ払うわ。 だから席は奥の方、できれば仕切りなんかあるといいのだけど、ダメかしら?」
手元で指を5本立て、支払いは頼んだ量の5倍支払うと買収することを提案する。
女性店員はその意味を理解したのか、「えぇぇ!?」と騒ぎ立てるも躊躇いがちに首を左右へ振った。
しかしその拒否を拒否したいのはリアも同じ、他に店など知らないし、また1から探し回るのは面倒なのである。
リアは女性店員に顔を近付け、息が当たりそうな距離まで迫り寄ると「これでもダメ?」と胸元のポケットに少しばかりの
それでも渋る顔が僅かに拭えなかったが、胸元に入った重さに動きを止め、慌ててお店の奥へと入って行ってしまった。
これは失敗したかと、バツの悪そうな顔を浮かべてしまったリアだったが。
少しの時間、どうしたものかと立ち尽くしていると、奥の方から忙しなく出てくる複数の店員達が一番奥の広々としたテーブルの客へと何やら話し始めた。
それからと言うもの、一番奥にテーブルに通されては簡易的な作りの"仕切り壁"を数枚用意して貰い、店内で変な注目を――リアへ向けての視線が異様に多かったが――浴びながらも無事に席に着くことができた。
(結局、目立ってない? 目立ちたくないからこっそり
リアはここに来るまでの道中、街中で何度か獣人を見かけた。
全体を通してみればやはり人類種に比べれば少なかったが、聖王国に比べたらこの国は幾分かマシに見えたのも事実。
なので吸血鬼であるアイリスとレーテ、そして人類種恐怖症とも言えるセレネにはフードを被せるも、ルゥには本人の意志も聞いた後に、獣人であることを晒させたのである。
しかし注目を浴びてしまったのはリアであり、自分が目立つならこの際、他の4人は怪しくても目立たないんじゃ?といった考えが脳裏を過った。
そうして全員が席に座り、仕切り壁の向こう側から未だに騒めきは収まらなかったが、もしものことがあれば領域内であれば感知できるので気にしないことにしたリア。
横の席にはルゥとセレネ、対面にはアイリスとレーテが席についているこの状況。
「いつも適当だったから、決めるとなると困るね」
全員に見える様にメニュー表を中央に広げ、視線を彷徨わせるリア。
「私も……、困りましたわ」
アイリスはリアが外食に誘わない限り、高級宿のルームサービスかレーテの血で済ましているから、珍しく本当に困った様子で眉を顰めていた。
「宜しければ、私がお選びさせていただいても?」
「ええ、お願いするわ。 あとこの子達にも合いそうなもの頼むわ」
リアが全幅の信頼を寄せるレーテであれば安心して任せられる。
なんだかんだで全員で外食をしたのはこれが初なのでは?とふと気づきながらも、子供の世話などしたことがないリアはそこも合わせてちゃっかり、頼れるメイドにお願いする。
「はい、ではそのように」とレーテはメニュー表を手元に寄せ、あれこれと頼む物を素早く決めていくのだった。
そんなレーテを眺めていると、隣のセレネから控えめな視線を感じた。
「わ、私たちも……いい、の?」
「当然でしょ。 ルゥも男の子なんだし、好きなだけ食べなさい」
言葉だけでは踏み出せないかもと思い、隣で不安そうに見上げてくるセレネの頭を撫で撫でしながらはっきりと肯定してあげる。
「ほっ本当にいいのかっ?」
「子供が遠慮しない。 要らないならいいけど、いらない?」
「い、いるっ!」
目をキラキラと輝かせるルゥに、話を聞いていたレーテは見える様に向きを変え、メニュー表を子供たちの目の前に差し出す。
「こちらは如何ですか? 『白縁鶏のソテー』です。 白緑鶏は臭みがなく、主に胸部位を使用される為、余計な脂肪もありません。 ルゥ様はまだ体調が回復したばかりですので、油が多めな物や味が濃すぎるものは避けるべきかと。 それとももう少し、ボリュームの多いものに致しますか? それであれば……――」
何処からそこまで豊富な知識が手て来るのかと、思わずまじまじと見てしまう。
レーテはメニューの中からルゥやセレネにあった物をピックアップして、この店の店員ですらやらないレベルの料理説明を行っていく。
やがて、一定数のメニュー説明が終わったらしい。
「これ! 俺これがいい!」
「畏まりました。 セレネ様はいかがなさいますか?」
相手がルゥやセレネであっても丁寧な口調で、それでいて焦らせることはせずに一定のリズムで話すレーテ。
「え、えっと、その・・・・私は」
視線を向けられたセレネはおどおどしながらメニュー表とレーテの顔を行き来して、ありありと混乱した様子をみせた。
「よろしければ、私が選ばせていただいても?」
「っ、・・・・!」
レーテの助け船に勢いよく顔を上げ、何度も頷くセレネ。
そんな様子に、任せても大丈夫だと確信したリアは席を立ちあがる。
「アイリス、この子達をお願いね」
「はい、お姉さま」
それじゃあ私は・・・・さっきから煩い気配を、黙らせに行かないとね。
正直心配などしていないが、一応は断りを入れるべきだとアイリスに一声かけておく。
店内を歩くだけで再び視線が――主に男の――集められるが努めて無視していき、外へ出ると人通りの少なそうな路地裏へと入っていく。
暫く歩いて行くと領域内に4人、いや領域外も合わせると5人に囲まれ、漸く後方から声をかけられるのだった。
「随分と物分かりのいいお嬢様だ」
前方に人と後方に3人、声を発したのは後方から付いてきていたリーダーらしき男。
その言葉を皮切りに、男達は続々と聞くに堪えない言葉をリアへと投げかけてきた。
「なぁお姉さん、俺たちと飲まない?」
「なんかぁ? けっこう待遇良かったっぽいけどぉ、お貴族様か何かなのぉ?」
「うっは、近くで見ればまじで、美女中の美女じゃねえかっ!」
リアは前後4人の言葉を無視して、感覚を更に後ろにいる
(気を付けた筈が結局こうなる……。 今度からは必ず予約して、完全個室にしないとね。 それよりアレは何かな? 何者か知らないけど私たちを、いや私を見てる?)
店に入る前、宿を出てから常に感じていた視線。
害はなさそうで、実力もそこまで問題にならなかったことからスルーしていたが、ここまで来るとその正体を暴きたくなってくるというもの。
(まぁ、ある程度予想は出来てるけど)
返事どころか、自分たちを見てすらいないリアに、男たちは痺れを切らして距離をじりじりと詰めながら、手を伸ばしてきた。
夜といっても先ほどの店でチラッと見た限り、まだ19~20時ほどである。
路地裏だから人影は見えないが、通りにはまだそれなりに人がいる。
加えて、監視されているのなら殺すのは控えた方が良いかなと判断するリア。
【血統魔法】は無しの方向で対処することに決めた。
伸ばしてきた手を相手の目では捉えられない速さで掴み取り、やりすぎないようセーブしながら地面へと背負い投げの要領で叩きつける。
「っ、ぐはっ!」
衝突した時にメキメキッと鈍い音が聴こえた気がしたが、路地裏までナンパしてくる輩だ、きっと受け身くらい簡単に取れるだろう。
叩きつけてからまるでのびてしまった様に、大の字になってピクリとも動かなくなるリーダーらしき男。
「この
男達は激昂したかのように剣や短剣を取り出し、素手であるリアへと恥も外聞も投げ捨てて迫りくるのだった。
リアは生まれ持っての反射神経と始祖としての高い
大した力は入れていない。
側から見れば合気道の達人のように、ちぎっては投げちぎっては投げを繰り広げていたリア。
しかし、実際は高い
リアが腕を一振りする毎に路地裏では鈍い音が響き渡り、僅か1分にも満たない時間で十数回の音を響かせたような気がしなくもなかった。
殺してはいないし流血もさせていないが、そこらのボロ雑巾より見るに堪えない状態となった男達を見下ろし、一仕事終えた様に手をパッパッと叩く。
「いつまで隠れてるの?」
「っ!?」
芯と静まりかえる路地裏に、リアの凛とした落ち着きのある美しい声が響き渡る。
「……お気づきでしたか」
「当然でしょ」
後方から気配を漂わせていた5人目の老人が声に驚きを乗せて、思わずと言った様子に呟く。
そして上質な靴の踵をコツコツと規則正しく響かせながらリアへと歩み寄ると、地面に転がっている四肢が折れ曲がった男達へと視線を向けた。
「B級の冒険者4人を、こうもあっさりと……。 なるほど、かの御方の考えが少々理解できました」
「……はぁ、プーサンの家の者かしら」
冒険者、そしてランクらしきものまで把握していることに、やはりリアの予想はあっているのだろうと確認の意味も含めて、振り向きながら執事服の様な黒いタキシード姿の老人へと問いかける。
「……さようでございます」
「中々しつこいわね。 これは貴方が?」
起きる前には既に3回、侯爵家の使いが宿まで来たということに加え、今回の件。
素性を知っていることも含めて、偶然とは思えないリアは冷ややかな視線に僅かな殺気を織り交ぜ、容赦なく老人へと叩きつけた。
「ッ!? ……い、いえっ、これは私、ましてや侯爵家が行ったものではございません……っ! 決してっ!」
白髪の老人は背筋をピンと伸ばした状態から僅かに重心をずらし、踵を合わせていた姿勢をのけ反るように大きく開きながら、表情と視線を地面に落として辛うじて否定を口にした。
この状況で嘘が言えるのなら、それはそれで大したものだが、反応を見た限り
何故、冒険者ということやランクがわかったのかは不明であるが、男達が気色悪くもお揃いの
【祖なる覇気】を使わっていないにも関わらず、老人は顔を青ざめさせその歯をカタカタと小さく鳴らし続けているが、その真偽を問うにしても責任を取らせるにしても、この老人よりは現侯爵とやらに聞いた方が早いと判断した。
「明日の昼以降と言ってたかしら。 ……そうね、夕方以降と現侯爵に伝えなさい」
一応は否定を信じたリアは殺気を収め、目の前の老人に有無を言わせない口調で命令をするのだった。
これでもリアは怒っているのである。
(皆と一緒に食べたかったなぁ、初めての外食だったのに……)
老人は殺気が消えたことで肩を脱力させ、それでも思い直したように少し崩れながら姿勢を正し、腰から折ってリアの言葉に反応した。
「……かしこまりました。 っ、それではまた後日、日暮れ以降にお伺い致します」
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