第27話 通いなれた職場、実家のようなソファ



 それなりに見慣れた光景、松明の明かりが薄暗くどこまでも続く長い通路を照らす中、淡々と歩いていくリア。


 ここまでに二桁以上にのぼる構成員とすれ違ったが、皆黒ローブのリアの姿をその視界に収めるとその顔に恐怖を浮かべるか、視線が合わないよう下を見てそそくさと去っていく。


 ここでは絡まれることが格段に減った為、特に遮られることなく見えてくる目的の扉。



 近づくにつれ、【戦域の掌握】の半径8mに対象が入ったのか、扉の奥に2つの気配を探知する。

 どうやら待ち人は宣言通り、きちんと帰ってきてるようだ。



 リアは扉との距離が残り数歩という所でもその歩みを止める気はなく、躊躇うことなく扉の取っ手を掴んだ。



 「お邪魔するわ」



 そう言いながら、中から部屋の主の入室許可も待たずに開けた扉から遠慮なしに部屋へと入る。



 「っ、アルカード!? せめて、ノックをっ」



 部屋に無断で入ったリアに対し、その姿を見てあからさまに動揺を表して慌てふためきながらも苦言を洩らすグレイ。

 そんなグレイの言葉をリアは聞き流しながら部屋の中央へと歩いていき、無断で空いているソファに座ると部屋の中にいたグレイとそのもう一人に視線を向けた。



 執務室に居たのは感知できた二人のみ。


 一人は部屋の主であるグレイ。

 もう一人はリアのように黒ローブを身に纏い、フードを深く被った上でマスクをしていることからよくわからない。


 だが、その肩幅や立ち方から男であることがわかり僅かながらにリアの興味が削がれる。


 ローブの男はリアが入室してから一度として向ける視線を途絶えさせることはなく、今もなおソファに座り足を組んで寛いでいるリアにその鋭い視線を向け続けていた。



 (視線が鬱陶しい……え、なに? そんなあからさまに警戒してます、みたいな気配を漏らさないで欲しいわ……別に取って食ったりしないから。 絡まれる面倒さは私もよく知ってるから、安心してほしい)



 ローブの男に興味がなくなったリアはテーブルに置かれたポットを持ち、中身がまだ入ってるのを確認すると執務机の隣にある食器棚から、カップとソーサラーを1セットずつ取り出しソファへと戻る。



 「アルカード……何度も言ってますが、勝手に食器を扱わないでいただきたい」



 リアの行動に呆れを隠さない様子で額に手を置き、頭が痛いかのように首を左右に振るう。

 そんなグレイの様子に、黒ローブの男は初めてリアから視線を外した。



 「――またくる」



 重低音のようなトーンの低い声で一言呟き、部屋をでていくのであった。


 リアはテーブルに置いたカップにお茶を注ぎ、それなりに冷めていることにげんなりしながらも構わずそのまま飲み始める。



 (ずっとこっち見てきてたなぁ……そんなに気になる? 見た感じ一見暗殺系だけど、あれ戦士系よね?)



 そんなことを思い、ああ、温い紅茶だ、と喉を潤しながら舌を転がしていく。


 温いながらも爽やかな味に繊細さを感じ、動かすことに口当たりのよいマイルドさで癖のない特徴に「あらっ」と思わず声を洩らしてしまう。



 「満足いただけましたか?」



 そう言って、呆れる様子を隠そうともしないグレイは向かいのソファへと腰掛けた。

 この男に賛同するのはなんか嫌だが、紅茶に罪はない。 正直言って……結構おいしい。


 だから、カップをソーサラーに戻し、「まぁまぁね」とだけ返す。



 そんなリアの様子に何を思ったのか、グレイはぽかんとした顔を作ると口元僅かに緩めたのだった。



 「そうですか、今度は前もって言っていただけると温かい物をご用意できますよ。 あとノックはしてください」


 無視してもよかったが、このままだと何か言う度に語尾に『ノックはしてください』が付けられそうな気がしたリアは聞えるようにこれ見よがしに溜息を見せる。



 「わかったわ、扉が壊れても知らないわよ? 貴方が言ったのだから」


 「普通にしてください。 カップを持てるのだからできるのでしょう?」


 「……」



 ああ言えばこう言う、この男はこれだから嫌いなのだ。

 僅か3週間ではあるが何かと口出しをしてくる男だというのはわかった、脅しが足りなかっただろうか。


 リアが黙り込んだことで、これ以上はまずいと思ったのか。


 グレイはわざとらしく咳き込むと、氷のような瞳を沸き起こし、人が変わったような真剣な表情を作りだす。



 「それで、今回も依頼報告でよろしいですか? 次はいかがいたしますか」


 仕事モードに切り替わったのか、淡々と話すグレイ。


 これまで依頼を失敗したことは一度としてなかった。

 受注した依頼は100%完遂し、期間も二日以内には全て終わらせていたことから、今回もリアが依頼を終わらせ次の依頼を探しにきたと思っているのだろう。


 だからリアは淡々と報告することにした。

 変に理由を述べて話しても話しが長引くだけ、リアは今回受注ではなく情報の確認にきたのだ。



 「失敗したわ」


 「ええ、次はどう―――――――は?」



 何を言われたのか理解できない、と言いたいかのように唖然とした表情を浮かべたグレイはその全ての動きを停止させる。


 顔を上げて目を見開くグレイにリアは気にした様子もなく、淡々と報告を続けた。



 「だから、失敗よ。 依頼対象を殺してないわ」


 「ちょ、ちょっと、待ってください。 貴方が……殺せなかったのですか?」



 未だにその顔には動揺を残しており、それでも語られる言葉を理解しようと、待ったをかけるグレイ。



 「だからそう言ってるの、依頼対象はまだ生きてるわ」


 「…………何故、と聞いても……よろしいですか」



 真っすぐに向けてくるレンズ越しの瞳。

 そこに一切の言い逃れも許さない、何が起きてそうなったのか、という色がありありと見て取れる。


 (別にするつもりはないけど、ちょっとだけ嘘を混ぜようかな。 ……これで情報の礼はチャラよ)


 今は顔も忘れたチョビ髭の男を思い出そうとし――思い出せず、とりあえず情報提供をしてくれた誰かに想いごちる。



 「情報を提供してもらったから、今回はそれを貴方に確認しにきたの」


 「情報……?」と要領を得ない顔で呟いたのが聞えた。


 依頼の報告は一応したし、このまま話を本来の目的にもっていくのも良いかもしれない。

 そう考えたリアは、情報の内容、聞きたい内容を口にするのだった。



 「大聖女について、って言えばわかるかしら」



 その言葉に、一目でわかるほどに目を見開いて反応を見せるグレイ。

 その反応からして恐らく、言葉から全容を理解して何故リアが依頼を失敗したのか、ここへは何を確認しにきたのか、ということを理解してくれているであろう彼を見てニヤリと口元を緩めてしまう。



 「はぁ……以前にも話しましたが、聖女については――」


 (話が早くて助かるわ、……でも)


 「いいえ、それじゃない筈よ。 今回の依頼対象ターゲットが話したわ。3週間ほど前、聖王国に大聖女と敬われ祈りを捧げられる存在が現れた、と」



 リアの話しを聞いていく毎に衝撃を受けていくグレイ、話しの最後には今すぐにでも確認せずにはいられないと慌てた様子で口を開く。



 「それは事実ですか?」


 「ええ……。 ――どうやら知らなかったようね」



 話しながらグレイの様子を観察し、演技の可能性も含めて注意深く挙動を見つめていたが、その反応から純粋な驚きと動揺しか感じられず一応は白と判定。


 リアの話しを聞き、意識の大半を思考に回してると見てわかるほどに黙り考え込むグレイ。


 そんな様子に、彼が考えをまとめ話し始めるまで大人しく待ってることにすると飲みかけのお茶を口につける。



 グレイは思案顔で、しばらく黙っていたが、やがておもむろに口を開いた。



 「……以前にもお聞きしましたが、今一度お聞きします。 アルカード、大聖女もしくは聖女のことを知ってどうするつもりですか?」



 一言一言、言葉を選んで発するように慎重な面持ちで、その内心を探ろうとする言葉。

 何を聞きたいのかはわからないが、隠す内容でもない上に以前にも話したことだった為、包み隠さず答えることにする。



 「確かめるだけよ」


 「ふむ、もしソレが貴方の期待通りでなければ……どうするんです?」



 聞かれた質問に、どこか遠いものを差してるニュアンスを感じたリア。

 その回りくどい言い方に眉を顰め、僅かに不機嫌であることが見えるように問い返した。


 「何がいいたいの?」


 そんなリアにグレイは手元で組んだ指を組み替えて、一拍子溜めると再び口を開き始めた。



 「いえ、私たちは闇ギルドではありますが、それ以前に人類種だということです。 アルカード、貴方がどちら側なのかはわかりませんが魔族の抑止力となる聖女を一人、もしくは二人も消されてしまっては困るのですよ」


 返答に返された言葉に彼が何を言いたいのかを理解するリア。


 『貴方はどちら側なのですか? 人類側の英雄を殺したいのですか?』と、リアの立ち位置を明確にしたいということだろう。


 確かに闇ギルドに所属はしているが、思想や目的、人類種についての考えや価値観などは探し人以外のことは、話したことがなかった。


 この機会に明確にしておくのも良いかもしれないと考える。



 「私はどちらでもない、私が味方するのは大切な人達だけよ。 大聖女がもし、私の探してる子なら連れ帰るだけ」


 黙って耳を傾けていたグレイは「連れ帰る?」と呟き、「では」と続けた。



 「その場合、――いえ、もう一人の聖女はどうするのですか?」



 グレイが聞きたいことは先程の話しから関連付ければ、その質問の意図も理解できる。

 リア自身その気はない為、もしそうなった場合のことを考え――



 「違ったとしても、"私から"は何もしないわ」



 リアの解答を聞きグレイはその視線をフードの中にある碧い瞳にジッと向けると、その真偽を確かめるかのように一切の揺らぎもなく真っすぐな瞳で見つめてきた。


 どれくらいの時間が経っただろうか、数秒かもしれないし数分かもしれない。

 やがて、交差させる瞳をゆっくりと閉じ、「わかりました」とやけに部屋に響く声て頷くグレイ。



 「大聖女に関しては私も知りえないので答えれませんが、聖女様の特徴をわかる範囲でお教えいたします。 以前は話す前に切られてしまいましたがね」



 そう厭味ったらしく言葉にしたグレイはこれまでの色々についての意趣返しか、僅かに口元を緩めて語りだした。



 聖女の特徴は見事に以前リアが話した特徴とほとんど一致していた。


 詳しい部分は確認できなかったが、その話しだけ聞くとそっちが大聖女に思えなくもない、いや聖女が大聖女として扱われ始めたという可能性が浮上したことになる。



 どちらも光り輝く金の髪をしており、どちらも川のように澄んだ水色の瞳を持っている。

 身に纏っている装束は白もしくは黒の修道服で、水晶のような杖を常に携帯してるとのこと。


 評判や噂は、聖母のように慈悲深く、どんな存在をも思いやれる尊き心を持ち合わせた善の心の持ち主だとか。



 (見事にヒイロと被ってるわね、その聖女)



 居る場所、見た目の特徴、職業までほとんど同じと、そんなことある?とツッコみたくなるが、知ってしまった今だと尚更にわからなくなってくる。


 二人が同一人物なのか、偶々姿が似ている存在なのか、それとも聖女が大聖女になったのか、はたまた大聖女であるヒイロがその存在を聖女だと周囲に思われているのか。



 段々と混乱してきたリアは思考をクリアにする意味でも、飲み残した残り僅かなカップを口元に運び味わうようにゆっくりと飲んでいく。


 そんなリアを見ていたグレイはタイミングを見計らったようにおかしなことを言い始めた。



 「ああ、それとこんな噂を聞いたことがあります」


 「……噂?」



 目を向けた先でグレイは眼鏡を外すと手に持った高価そうな布で丁寧に拭き取りはじめる。

 そして手元に目を向けながら、まるで世間話するようになんでもないように口にしたのだった。



 『聖女は勇者と恋仲、という噂です』



 「…………は?」

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