第28話 姉妹百合な抱き枕
淡々と何でもないかのような、普通のトーンで話すグレイ。
その言葉は決して大きな声ではなかった筈だが、いや寧ろ落ち着いたハキハキとした喋り方ではあるが、どちかと言えば静かな喋り。
そんな声音で話された噂にリアは頭を殴られたような衝撃を受け、思わずグレイを凝視してしまう。
思わず漏れ出た間の抜けた言葉に、グレイは手元の作業を止めて顔を上げた。
「どうしましたか?」
眉を顰め、他人事のような様子で聞き返してくるグレイに対し、リアは目を疑うような視線を向け今一度問う。
「いま、なんて言ったのかしら?」
ローブで体どころか素顔まで全身余すことなく覆っていることから、今のリアの表情は見れない筈だが、グレイは一目でその尋常じゃない気配にただ事ではないと気づき顔つきを変えた。
「ですから、勇者と聖女が恋仲であるという噂があるみたいです」
「……そう、そんな噂があるのね」
気のせいだったのか、何かやばいことを口走ってしまったのではないか、と内心で冷や汗を掻いたグレイはリアの不気味にも淡々とした返事に、どこか測りかねながらも言葉を付け加えた。
「え、ええ……あくまでも噂です……が」
そう言ったグレイは黙りこくるリアをチラチラッと盗み見ると、徐々にその声量を落としていき、やがてか細くなっていった言葉は空気に溶けて消えていくのだった。
リアは一見普通な状態に見えるが、内心では2つの特大勢力がせめぎ合っていた。
フードを深くかぶっていることからグレイは気づいていないが、その口元は笑みをつくり、視線は何かを我慢するように何もない空間をただ一点にただひたすら見つめている。
手元を無意識に握りしめた拳は万が一にも振られた場合、ここら一体を拳圧とそれで起こりうる風圧にて、執務室内の書類は消失し図らずとも闇ギルドに膨大な損害を与えてしまうのは間違いなかった。
(は……? え、嘘……でしょ? え、……あ? いやいやいや、待って落ち着きなさいリア。 これはそもそも
ありえない、とわかりながらも半混乱状態に陥ってしまったリアは、内心で何度も何度も"ありえない"と"もしかしたら"を繰り返す。
やがて、どれほどの時間が経ったかはわからないが恐らく1分ほど。
思考の果てに行きついた決意を胸に、顔を上げる。
「聖王国というのはどこにあるの?」
「理由は……聞かない方が良さそうですね。 少々お待ちください」
そう言って半ば諦めたような雰囲気を醸し出すグレイは執務机から一枚の大きなロール紙と取り出し、リアの眼前で広げた。
なんだかんだ転生してから1か月に満たないくらいには居るが、初めて目にする大陸の地図。
目の前で開かれたそれは左右に2つずつ、中央に1つ、そして中央の南に1つ大陸が描かれた計6大陸の世界地図。
グレイは胸元から一本のペンを取り出しそれで突き立てながら、聖王国の大陸位置、そして現在の大陸位置を指し示した。
ルートは比較的簡単であった為、特に説明はいらず。
最後に、現在追い込まれている絶滅寸前の魔族大陸もついでに教えてもらうことになった。
気になった大陸を指で指し示し、「これは?」と聞いた時のグレイの驚愕の顔は何事かと思った。
正直、魔族がどうとか人間がどうとかは興味ないが、機会があれば一度行ってみるのもいいかもしれないと考えるリア。
普通に行くと1週間ほど掛かるそうだが、リアには可愛い
そうして確認を終えたリアは少々長居しすぎてしまったと、早々に用がなくなった執務室を出ていこうと背を向ける。
「っ、待ってください」
そう引き留めるグレイにしぶしぶ振り返るリア。
早急に執務机で何かを書き記し、手元の封筒に入れながら近寄ってくるグレイ。
「聖王国のギルド支部への輸送物です。 これで今回の失敗は不問とします。 それと、これを」
見慣れた紙の上に3つの金属製リングを乗せて渡してくる。
紙の上に乗ったそれは、指に嵌めるにはサイズがとてもじゃないが合いそうにないように思える。
(依頼書……はぁ、まあいいわ。 あとは、……ガラクタを渡されても困るのだけど)
渡された依頼書にげんなりしながらも渋々受け取り、もう1つのガラクタへと目を向ける。
それは指輪のような見た目をしておきながら、その縁には緑色の線で描かれた紋様の様なものが描かれているリング。
渡された物に首を傾げるリアを見て、グレイが微かに表情を緩めた。
「それは私の印章です。 うちのボスへの面会証とでも思ってください。 もちろん、1つでは足りませんが各支部のギルドマスターに信頼され有能だと認められればそう遠くない未来にお会いできるはずです」
そう説明するグレイを他所に、手元の指輪に目を向ける。
3つ渡されたということはレーテとアイリスの分も含まれているのだろう。
複数のギルドマスターから信頼を得ないといけないのが非常に面倒ではあるが仕方ない、グレイ以上に知っていそうなマスターが居た場合は眷族化させてショートカットすればいい話。
通常ルートと裏技ルート、どちらも進めた方がより効率的に進めれるでしょう。
(それまでは大人しく属していようかな。 とりあえずは、まだ役に立ちそうだし)
「――ですから、本来の役割としてはギルドマスターに認められた上位構成員といった感じでしょうか、ここ以外でも面倒ごとを減らせると思いますよ」
説明を半分だけ耳にいれながら、貰ったリングをオカリナのストラップに通し、他の物は全てインベントリへとしまうリア。
そんなリアの態度に溜息を付きながらも「それで?」と気の進まない様子をありありと見せながら、何かを聞き返してくる。
(それでって、何かあったっけ? もうないと思うんだけど、もう行ってもいいかな)
態度に出ていたのか、リアが何について聞かれているのか理解してないと判断したグレイは渋々と言った様子で切り出した。
「本来であれば、故意の失敗は制裁対象でしょう。 ですが、貴方の働きに免じて譲歩すると言っているのです。 今回の失敗の件、ゾーン子爵の暗殺依頼は何日ほど伸ばせばよろしいのですか」
そう話すグレイに、リアは既に忘却の彼方へと追いやっていた暗殺依頼をふっと思い出す。
(あぁ、すっかり忘れてたわ。 制裁対象って殺すって意味? 闇ギルドだしそういうこともあるか。 んん~、正直どっちでもいいかなぁ。 でもまぁ、2、3日もあれば護衛を雇いなおせるでしょ)
「そうね、2、3日で。 それ以降は私は関与しないから安心して」
わざわざ義理立てしてくれるというのだ、正直既に終えたことである上に、確定ではない情報だったのだからあの場で見逃しただけで十分だと思えなくもないリア。
私が助けた相手を殺したら報復が待ってるかもしれないと思って聞いているのかもしれないが、するわけない。
正直言ってどうでもいいからだ。
しかし、グレイはそうは思っていないようで、リアから発せられた『2、3日』という期間を口ずさみながら肯定の意を示したのだった。
グレイへの確認が終わり、何か面倒ごとを任されたような気がしなくもないリアは高級宿へと帰宅していた。
部屋へ入り、漸く癒しの時間だと内心でうきうきしていたリア。
そんなリアを待っていたのは、シーンと静まりかえった誰もいない慣れ親しんだ部屋。
いや、厳密には居た。
部屋の最奥、キングサイズのベッドで未だにすやすやと眠ている眠り姫、アイリスだ。
辺り見渡し、【戦域の掌握】にて半径8mもの距離を探知するも、この部屋にレーテの存在はない。
「どこかに出かけてるのかしら?」
誰に対してでもなく独り言を呟くリア。
おかえりのハグとキスを期待していたリアとしては出鼻を挫かれた気分だったが、居ないものは仕方ない。
ローブの留め具を外し、中央のソファの背もたれに放ると眠り姫のご尊顔を拝謁することに決める。
「……すぅ、……すぅ」
リアはベッドに腰掛け、手前に寄って横向きな体勢で寝ているアイリスの頭に優しく手を置く。
ふわふわとした手触りの良い感触が指先から伝わり、一撫でする毎に微かに甘く蕩けるような香りが漂う。
(あぁ……癒されるぅぅ、ずっとこうしてたいわぁ!)
「んっ……ん、……すぅ」
おっと、撫ですぎてしまったかしら。
アイリスはその気持ちよさそうに穏やかな表情を浮かべた、可愛いさしか存在しない顔をピクピクっと動かすと、再び安らかな寝息を零しだす。
(ん? ……あぁ、ふふっ、どういうつもりか知らないけど、手加減はしないよ)
リアはアイリスの可愛らしい寝顔を穏やかな表情で見つめ、【戦域の掌握】にてあることを感知すると、その表情は徐々にいたずらっ子なような妖艶な笑みを浮かべる。
「可愛いアイリス、……私のアイリス。お姉ちゃんが帰ったよ? ちゅっ」
「っ! ……、っ……すぅ……」
前髪を抑えてベッドに手を付くと、横向きになって眠るアイリスの耳元で囁きキスを送る。
ピクッとその表情を動かしたような気がするアイリスは未だに寝息を経てている。
まだ、続けたいみたいだ。
(ふふっ、可愛い、こんな子を好きにできるなんて夢のようだわ。 でも早めに起きてくれないと私がもたないから・・・気を付けてね、アイリス♪)
「お姉ちゃんをハグしてくれないの? ねぇ、アイリス? ちゅっちゅ」
「すぅ……っ、……っ! ……んっ」
中々手強い、リアとしても欲望駄々洩れの本音を伝えているが、返ってくるのはその可愛い吐息と微かに動く表情のみ。
リアとしてはそれだけでも丸一日潰せるのだが、できれば起きてもらって色々イチャイチャしたいのが本音。
(うーん、どうしようかな。 いっそ添い寝する? それとも脱がせちゃう? どっちも捨てがたい……うん、どっちもしちゃおう!)
思考回路が常人のそれに理解できないレベルでバグっていた。
アイリスは例えそれらを実行されても、恥じらうか、多少の無意味な抵抗をするくらいで、結果的にそうなってしまうだろう。
言葉にされれば瞬時に飛び起きたかもしれないが、残念ながらリアの内なる部分で可決されてことであり、これから自身に降りかかるそれにアイリスは気づかないでいたのだった。
「それじゃあ、まずは」
ガチ装備である白のドレスコートのままベッドに乗り、アイリスの後方へと四つん這いになってギシギシッとした音を鳴らしながら移動していくリア。
足元に踏みつける布団は僅かながらに熱を籠らせており、それが
リアはアイリスの背後にペタンと座り、その寝顔を見つめるが未だに起きる気配がないと悟る。
(もしかしたら、これからすることを期待してる可能性も……あるわね)
「可愛い眠り姫は、……私の抱き枕になりなさいな」
「んっ……あ、すぅ……っ!!」
聞いてる筈のアイリスの耳元でやや強めに"なりなさい"を強調して、早速その細い腰に腕を回し、小さな体を抱き寄せる。
「っあ、……んんっ、……ふぁ」
感じるのは、ぽかぽかとした暖かい熱にぷにぷにとした柔らかい身体の感触。
後ろ髪に顔を埋めれば、自然と鼻腔に果物のような甘い香りが漂い、食欲と吸血欲を際限なくそそらされる正に禁断の果実。
軽く腰に回した腕で身体をまさぐればくぐもった嬌声を洩らし、強く顔を押し付けると自ら首元を曝け出すように微かに頭の位置をずらす動き、それがどうしようもなくリアの興奮を昂らせ、下腹部にジンジンと熱が籠るのを感じさせる。
(あぁ、やばい。 ちょっといたずらするつもりが、これ、食べないと抑えれないかも……――)
これ以上続けてしまうと間違いなく襲ってしまうと自覚したリアの元に、部屋の扉へ向けて反応を探知する。
そして数秒遅れてノックされる扉。
聞き慣れたノック音に、「入りなさい」と離れたベッド越しでアイリスを抱き枕にしながら入室の許可を出すリア。
開かれた扉からは案の定レーテが顔を出し、部屋へと入室してくる。
部屋へ入ると、最奥のキングベッドへ横になっているアイリスとリアに目を向け、その体勢が抱き合ってる状態だと気づくと刹那の時間身体を硬直させるが、何事もないように口を開いたのだった。
「リア様、少々お耳に入れたいことがございます」
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