第23話 隠密する吸血鬼PT



 部屋に入り込んでくるは戦士のような装いをした金髪の男。


 気のせいでなければ部屋のべったりとした空気が僅かに換気されたような、新鮮な空気が入ってた錯覚を引き起こし、リアはこの時ばかりは乱入者である男に感謝した。


 例え、それが暗殺対象側の人間だとわかっていても、そのまともな普通の姿に思わず心の中で神に感謝してしまいたくなったほどだ。


 (あぁ、よかった、まともそうな人だわ。 もう1匹増えてたらと思うと、……思わずここら一帯を吹き飛ばしていたかもしれないわ。 ——最悪、ティーを呼んでいたかも)



 小さな波ではあるものの内心、微かな感動を感じていると隣から煩わしい声が割り込んできた。




 「アーノルド! こいつだ、こいつが賊だ!」




 オーク変異種が歓喜を含ませた声で乱入者を呼ぶと、指をビシッとリアへ向け喚き散らかす。



 (こっちに向けて口を開かないで欲しいわ。 念のためローブを深く被っておこう)



 金髪の男はそんなこの部屋の主へと安堵の声を上げ、リアと主の間に割り込むように駆け寄った。



 「商会長っ、ご無事ですか……!!」


 「あ、ああ。 アーノルド、お前が来てくれたか! そいつを早く殺せっ! 愚かにも、この私を殺そうとした賊だ!」


 アーノルドと呼ばれた男はリアへ視線を向け、後ろ目にオークの無事を確認すると、翼の装飾が施された剣を抜きながら意気揚々と返事をする。



 「お任せください! 賊は、私が仕留めます。 ふっ!」



 アーノルドは姿勢を低くし、棒立ちである無防備なリアへ何の躊躇なく斬りかかってくる。


 (っと、私はそれなりに貴方に感謝してるんだから、後ろのオークを差し出してどっか行って欲しいな)


 目の前に次々とつくられる剣の軌跡。

 リアはそれを眺めるようにしながら身体を自然なままに動かし、余裕綽々と斬撃を躱していく。


 その立ち回りに無駄な動きは一切としてなく、最低限の最小な動きを最も効率がいいと思える姿勢で保ちながら、はためかせたローブを剣先擦れ擦れで撫でさせる。


 そんな自慢の剣戟が掠りもしない現状。

 アーノルドは顔を引きつらせ、持った剣に強く握り直すと、一段と踏込みを強くしながら斬りかかった。



 「ちょこまかとぉ! これならっ【限界突破】【瞬動】――『ヘビィラッシュ』!」



 途端にアーノルドの動きが加速し、リアが無意識に予測していたルートを外れて鋭い斬撃が放たれる。

 スキルを使った時の剣に黄色いオーラが纏われたエフェクトも使用されたスキルも、どれもがリアの記憶に覚えがあるものばかり。


 魔法だけでなく、固有能力アーツ技能スキルまで前世ゲームと同じなのだから、やはりここはあの世界に関係のある世界なのだろう。


 リアは使われたスキルをある程度予測し、その分の軌道修正を感覚的に行いながら、目に見えた情報を反射的に躱す。


 確かに、先ほどの遊んでるのかと思えるほどの剣速よりは、十数倍はよくなった斬撃。


 だが、まだまだ足りない。



 (この男はどれくらいのレベルなのかしら、体感30前後だと思うのだけど・・・・正直もう少し実力を見たい気持ちもあるし、さっさと終えてあのオークとおさらばしたい気持ちもある。 どうしようかしら)



 「なんだとっ、今のも避けるのか!? だ、だったらっ――」


 「何を遊んでいるのだ! アーノルド、さっさとそいつを殺せ!! 今すぐにっ――」



 攻撃らしい動きの攻撃の内に入らない斬撃、それを目にしながらもう少しだけ目の前のアイリス以外の実力アーノルドを見たいという欲求が生じ、少し遊んでから暗殺対象ターゲットを殺すことが決定した直後。



 まるで部屋の時間が止まったような空気が屋内いっぱいに広がり出す。



 それは目の前の男をまともに相手にせず、こちらからは仕掛けずに観察していたのも原因の一つに思えたが、何より意識外……もっと言えば普段ないモノに大しての配慮が足りずそれは起こってしまった。



 視界に映った剣の軌道とも言える幻視、どこに斬撃は通り、どこに身を置けば安全か。

 それだけを意識し、それ以外は別のことを考えていたリア。


 過ぎ去っていく斬撃によって発生した、極小の風圧。

 それは精々、頬を撫でるか体に微かな感覚だけを残し過ぎ去っていくかのどちらかだろう。


 だから、――意識外においてしまっていた。


 (あ……)


 ふぁさっという軽快な音と共にリアは自分の視界が開けたのを感じ、続けざまに入り込んでくる銀の線に確信を持って認識する。


 静まり返った空間に静寂が訪れる。


 そして間髪入れずに三種三様な反応が部屋に響き渡るのだった。



 「……」


 「……ほう」


 「なっ!?」



 オークの変異種ことアンドリルは黒ローブ姿からは想像もつかない程に美しいその白銀の容姿に、持ち合わせている宝石や調度品のどれをおいても、勝ることはないだろうという感嘆の声。


 金髪の男、アーノルドは自身が一方的に攻撃していた相手が女性だとは思いもよらず、その可憐な容姿から顔を急激に赤らめ内心で慌てふためきだしていた。


 リアに関しては、相手の反応に釣られてしまったというのも少なからずあるが、何よりくだらない失敗をしてしまい、僅かに自尊心がダメージを受けていたのだった。



 誰もがそれ以降言葉を発さない静まりかえる部屋の中、ここではないどこからか突如として何かを強くぶつけたような衝突音が鳴り響いたのだった。


 「っな、なんだ!?」


 「……」


 それは部屋の外、もっと言えば屋敷の本邸外から響いたような音。


 距離もあり、そこまで大きな音ではなかったことから、原因はわからないが外の少し低い位置から音が発生したというのは理解しているらしいアンドリル。


 怪訝な表情を浮かべ、執務デスクの裏に回ると窓の外を忙しなく眺め始めた。



 (いまのは……あの二人のうちどちらかしら? それとも別の誰か? まぁ、いいわ……そろそろ終わらせないと。 結構時間掛かっちゃったから、待ってるかもしれないしね)



 そう思い行動を移そうと動き出そうとするリアの元に、またしても先程とは系統の違った爆音が響き渡る。


 次に耳に入った爆音は、まるで何かを強く叩きつけたような衝撃音。


 今いる執務室より高い場所から鳴ったと辺りを付けるリアは天井を見つめ、非常に遺憾ではあるが同じ考えに至ったアンドリルも数テンポ遅れて今度は天井に忙しなく視線を走らせている。



 「なんだっ! さっきからこの音はなんなんだ!!」


 「……」



 2回続けての衝撃とけたたましい音にこれが誰の仕業か、ある程度理解するリア。


 (二人の内、どっちかな? 隠密というのは伝えてあるし、多分アイリスね。 ふふ、今頃張り切って頑張ってくれているのかしら。 そういう所も可愛いけど、今回は隠密だってこと忘れてるわね) 



 「素顔が見られちゃったわけだし、これは鑑賞料として貰っておくわ」



 リアのうっかりで広がった変な空気もアイリスのおかげで霧散しつつある。


 この流れに乗るしかないと、ちょうどいい理由をでっちあげ適当な棚から本を数冊取り出して、返事も聞かずにインベントリへと放り込む。


 もちろん、アレが舐める可能性のある宝石などは手に取らず、もしかしたら何かしら価値のあるものでグレイ辺りに渡せば有効活用できるかもしれない、という理由は今思い浮かんだ。


 実際は目に映った適当なものを、適当にとったに他ならない。


 (表紙や背の無駄に豪華な造り的に無価値なんてことはないと思いたいけど、どうかなぁ)


 そんなことを考えるリアに、本を放り込んだ空間をジッと見つめているアンドリル。



 「次元ポケットだとっ? デゥフ……アーノルド、変更だ、あの女を生け捕りにしろ」



 気持ちの悪い笑みを浮かべ、そのねっちょりとした視線をリアに向けるオーク変異種。


 (次元ポケット? この世界ではインベントリをそう呼ぶの? 後で合流したら二人に聞いてみようかしら)


 それより、アーノルドとかいう剣士のおかげで気持ち悪さが軽減したのに、また気持ち悪さが増大してるわ。 



 「…………」



 (あんな気持ち悪い雇い主の命令なんて聞きたくないわよね……。 わかるわ、可愛そうに)


 命令に反応を示さず、返答すらも返さず先ほどから無視を決め込んでいるアーノルド。

 そんな彼にオーク変異種は近寄っていき肩を揺さぶり始めた。



 「アーノルド? おい、アーノルド」


 「…………はっ!」


 まるで今気づいたと言わんばかりの反応、いやその表情からして今気づいたんだろう。

 呆けた表情に、赤らめた頬、その視線はフードが降りた素顔のリアへと向けられており、気のせいか視線に変な感情が乗っているように思える。



 「い、生け捕りですか……正直厳しいです。 このお美しい方は強い、恐らく私と同等かそれ以上に」


 剣を構えながらもその切っ先は戦闘してるものとは思えない程にブレており、その視線も意気消沈してるかのように地面へと向けられている。


 そんなアーノルドの言葉と態度に、「むぅ……」と唸るオーク変異種。

 僅か数秒黙り込み、新しい要求を口しだす。



 「なら多少傷つけても、非常にもったいないが最悪四肢の1、2本なら切り落としても構わん。だがそれ以外は駄目だ、いいな」



 そんな命令を目の前で聞かされ、リアの思考から実力を測りたいなどという考えは消え失せた。


 聞くに堪えない命令、他者にされる命令だとしても不快だというのにその対象は自分。


 命令したのはあの豚だ。


 命令の意図がその醜い顔から自然と連想できてしまったこともあり、リアの中で今すぐあの豚を抹消することが決定した。


 (あの豚は何を言ってるのかしら。 私の体が欲しい? あの子たちクラメンのものであり、今は二人のものでもあるこの体を、醜いオークの劣等種如きがよく言えたものだわ。 ここで跡形もなく消そう、うん)



 リアは【鮮血魔法】に血剣を造り出す為、口元に指を持っていき、対象とは違う所から聞えた声でその動きを止めた。



 「……くぅ、っ、投降……、投降してください」



 コレは何を言っているのだろうか?

 リアの氷のように冷たい目線はその存在すら既に忘れかけていたアーノルドへと向けられる。



 「……なに?」


 「貴方を傷つけたくありません。 ですから、投降してください」



 武器を構えながら言う台詞ではないと思うリアだったが、その震えた切っ先と斬る気が全くと言っていいほどに感じられない気迫に一瞬というには長い時間、豚への怒りを忘れて思わず真顔で見つめ返してしまった。



 (これは本気で言ってる? する気なんてさらさらないけど、こんなに甘くてこの先やっていけるのかしら? 傷つけたくない、いや武器を向けたくないってこと? ・・・ふぅん)



 そんなアーノルドの命令無視とも言える言葉に隣で激昂して聞くに堪えない言葉を吐き続ける豚。


 吐き出された言葉の内容は聞いていないし、聞くつもりもないがこうも隣で喚き散らかされては少しだけアーノルドの言葉に思うところがあったリアの内心も冷めていくというもの。



 (もっと早くやればよかったわ、反省ね)



 【鮮血魔法】《瞬間加速》《縮地》"血剣"――《エクスキューション》



 アーノルドが知覚することすらできない神速の領域にて執務室を横断、スローモーションになった世界で眼前に喚き散らかす姿の豚を捉え、刹那の間に数十という斬撃を浴びせると豚とその背後の壁ごと空間を消滅させる。


 剣が滑る音も肉が千切れる音もなく、認識すらもできない一瞬の静寂の間、体感数秒すると漸く事象がリアの動きに追いついた。


 それはまるで時が動き出したような、アーノルドからすれば時間が飛んだような感覚と共にガラガラとした瓦礫の崩れる音が執務室周辺に鳴り響いた。



 そこには最初から誰も存在しなかったかのように匂いや気配、着ていた衣類の屑どころか、血痕すらも残さず。


 外へ繋がる大穴をぽっかりと残したのだった。


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