第3話 姉妹百合の爆誕
古城にたどり着いたリアは、怪しい白ローブの逆張りPTに少女が襲われてる現場に居合わせた。
数の不利、戦略の不利、相性の不利。
可愛い後輩吸血鬼の奮闘を陰ながら見守っていたが、片腕を失い、瀕死の重傷を負った少女をそれなりの爺さんが厭らしい笑みを浮かべ迫っているのを見て、思わず制裁を下してしまった。
その後、リアの指を咥え込み、可愛らしくもどこか色気を醸し出す可憐な少女、アイリスとの対面を済ませたのだった。
「私は、始祖よ」
そうはっきりと答えたリア。
すると単語に反応したのか、もしくは別の理由か。
アイリスと名乗った少女の顔色が今更になってあまりにも悪いことに気づく。
元々の種族柄、血の気が薄く白い肌であることは理解している。
しかし、それにしたって先程まで火照ったように頬を染めていた状態からは想像もできないほど、アイリスの顔色は酷いものへと変貌していた。
そのあり様は体を小刻みに震わせ、瞳はまるで見たくないものを見ないよう必死に視線を地へと逃がしているようにも見える。
まるで、絶えず押し寄せる何かに必死に耐えるような、そんな表情。
(どうしたのかしら? そんなに震えて。取り合えず——《血脈眼》)
アイリスを見つめながら対象の生命力や状態を完全看破するスキルを使用して、流れてくる状態情報に唖然とする。
『行動力低下(微)、移動速度低下(中)、STR低下、免疫耐性低下(中)、視界収縮、感覚麻痺、思考阻害』
ナニコレ……?
(なんかデバフめちゃくちゃかかってるんだけど……うーん、あれ? どこかで見た事のあるデバフのピックアップ……あっ!)
そうして思い出したのは【祖なる覇気】という始祖の固有スキル。
その効果は対象に『LVの開きに応じた複数のデバフを付与する』といったもので、その開きは10単位広がるごとに効果が重症化する格下狩り最凶スキル。
(あ~、最近じゃ皆同レベルだったからすっかり忘れてた。これ《紐づけ機能》だ!)
LFOではスキルや魔法を行動や発言に紐づける機能が存在した。
それはRPを促進するものであり、プレイの快適化を促すものでもあった。
RPとは特定の層を除いて慣れない人には気恥ずかしいもの以外の何物でもない、そこでそんな層をお助けするのがこの機能。
スキルや魔法の名前を直接言わなくても『それとない』言動で発動が可能。熟練のプレイヤーであれば思うだけで発動可能ではあるのだが、それが難しい初心者や中級者は助かる機能でもあったのだ。
つまり、リアも幾つかそういった設定をしており、【祖なる覇気】のトリガーに設定している単語は"始祖"。
リアもまたRPの一環で遊び半分に設定したものだった。
原因がわかったリアは慌ててスキルの使用を解除を試みる。
やり方を知ってるわけではないが、以前と同じであればそう難しいことではない。
すると目に見えてアイリスの状態に変化が見られ始め、強張った表情や肩の力が抜けていく。
息遣いは荒いままだが、視線はどこか落ち着き始めた。
リアのうっかりによって齎した数々のデバフ付与。
それが例え不可抗力とはいえ、流石に申し訳なく思った彼女は自身の犯してしまった過ちをしっかり告げて、誠心誠意謝ろうと思った。
「……ごめんなさい。手っ取り早く教えるにはこの方法が"いいと思った"のだけど……」
リアは逃げた。
素直に理由を述べようかギリギリまで悩んだが、仮にも熟練のプレイヤーを自称しており、それなりにプライドがあったリアは初心者プレイヤーを騙すような要領で平然と嘘をついた。
自分は間違えてないですよ、想定通りに行動したんですよ、と。
しかし、そんなリアの汚い心を知らぬアイリスは未だ落ち着かない息を整えながら、絶え絶えになりつつも必死に答えようとしてくれた。
「……っ、いっいえ、……ここでまさか、始祖様にお会いできるなんて……光栄にございます。尊き血を数滴も頂けるなんて、どおりで……その、深く深く……感謝申し上げま――っ」
(良い子だぁ! ……少しだけ反省ね。ん……?)
脱力しながら私を思いやるその姿勢に感動していると、アイリスは唐突に自身の喉を絞めるように押さえはじめる。
呼吸を止め、抗いようのない苦痛に耐えるようにして、その場でジタバタともがき苦しむ彼女。
(え、えっ!? なに、今度はなに!!? また私なにかやっちゃった?)
態度には出さないよう務めつつも冷や汗をかき、内心大慌てで様子を観察して思考を巡らせるリア。
アイリスは苦しそうに口を開くと、何度もえずいては整えた息をまた荒げ出す。
胸をはち切れんばかりに逸らし、痙攣したように体をビクビクと震わせながら口を大きく開き、酸素を取り込もうと荒い呼吸を繰り返した。
永遠に続くように思われたそれは数分ほど経つとあっさりと終わりを迎えた。
リアはただ見てることしかできなかった。
「はぁ……はぁ、っ、……はぁ」
息を荒げ、ぐったりとした体を噴水の縁に預けるアイリス。
その様子を申し訳なさそうに視線を彷徨せながら、ちらちらと窺うリア。
2分が経過した辺りで漸く息が整いつつある彼女にリアはなんとか平然とした表情を作ると落ち着いた声音で語り掛ける。
「お、落ち着いたようね。……苦しめるつもりはなかったんだけど、その……」
「はぁはぁ……、どういう……、ことっ?」
「……始祖の血が、濃すぎたんだと思うわ。再生を優先させるつもりだったんだけど、どうやら上位吸血鬼の体では受け付けなかったみたいね。……うん」
その言葉を聞いて納得したのか、しばし黙りこむアイリス。
流石のリアもここで平然となあなあで済ませるメンタルは持ち合わせていなかった。
今回のこともうっかりとしていたリアが全面的に悪く、勢いと堂々とした姿勢で潜り抜けようと考えていたが、目の前でああももがき苦しまれては、その毛玉の様な良心にも多大な負荷を与えるというものだ。
つまり、一言でいうなら――可愛い子が自分の責任で苦しむのが――耐えられなくなったのだ。
「あ、あのねっ、その――「しっ始祖だとぉぉぉお!」」
何とか謝ろうと口を開いたところで、いまのいままで存在を忘れていたケイなんちゃらが声を荒げる。
リアは必死の覚悟を踏みにじられ、なにより可愛いアイリスとの会話に無粋にも割り込んできたこと爺に、鬼の形相で振り返った。
そこには四肢を貫いた筈の血剣が地面へと散らばり、白ローブを赤く滲ませたケイなんちゃらが、血走った目でリアを凝視していた。
「あ、ありえん! ……ありえんありえんありえんッ!! だ、だが、もし……もしもそれが本当の話だったとして!! も、もう遅い! 貴様がいくら始祖であろうと……この"世界戦争"は既に、我々人類種の勝ちなのだぁぁぁ!!!」
ケイなんちゃらの足元には魔法陣が浮かび上がり、吠えると同時にその周囲を青白い光で照らし始める。
(……あれは)
「転移ですわ……!」
そう声を上げてアイリスはよろよろと立ち上がり、両腕を翳して魔法の構築に入る。
しかしケイリッドの魔法陣を既に殆ど完成しており、魔法が放たれるより早く、アレの逃亡は成功するだろう。
それは勝ち誇った爺の醜悪な笑み、そして悔しそうに唇を噛みしめるアイリスの表情を見れば明白だ。
しかし、それはこの場に常識を覆す存在がいなければの話。
(【瞬間加速】【縮地】【鮮血魔法】——血剣・居合い)
音速を超えた速さで踏み込み、そして音もなくケイリッドへ背を見せて佇むリア。
その手に持った血剣はドロドロと融解し始め、血を滴らせながら床を赤黒く染めていく。
爺は起きたことに理解ができず、アイリスも魔法の詠唱を中途半端に驚愕と目を見開いていた。
「ただの転移が、私に通じるわけないでしょう?」
ぼとりと首が落ち、既に息絶えた爺を冷ややかに見下ろす。
リアの必死の覚悟に水を差し、尚且つ舐め腐ったムーブで逃げきれるとたかを括った爺。
そんな汚物への怒りが収まらないリアは死体蹴りでもして、その辺の枝でツンツンと煽ってやろうと思った。
しかし、アイリスの手前燃やすだけに留めることにした。
――【炎熱魔法】(汚物は消毒ってね♪)
紅炎が燃え盛り、数秒もすればその場には焼け焦げた床と汚物の骨だけが残った。
すると私の元まで歩み寄ってきたアイリスが胸元で手を組み、もじもじとした様子でその瞳を向けてくる。
「ぉ、」
「お?」
「……おっ、お見事でございますわ!!」
それはまるで我慢していたものが爆発したかのような、紅い瞳をこれでもかと見開いて、前のめりに称賛の言葉を捲し立て始めるアイリス。
「……ぷっ」
その様にどこか既視感を覚えたリア。
去年だったか一昨年だったか、初心者プレイヤーが向けてきた瞳と全く同じものだと気づいた時、どうしてか思わず吹き出してしまった。
興奮した様子のアイリスはきょとんと不思議そうに首を傾げ、そんな彼女の姿を見てリアは再認識する。
確信はあった。けれどまだ、どこかゲームのように考えてしまい絶対的な実感が持てずにいた。
ここはゲーム内でも、ましてやゲームの中の世界でもない。生きた存在が居る、LFOの世界に似て非なる異世界。
それがはっきりと、リアの中で認識した瞬間となった。
その後、話を変えないといつまでも絶賛される勢いだった為、リアは場所を移してこの世界について情報を得ようと考えた。
幸い、相手はリアに好意を持っている様子だ。聞いてみれば素直に教えてくれるかもしれない。
半壊した古城へと入り、通されたのは被害を受けていない玄関から離れた一室。
部屋に入れば数々の調度品が目に入り、埃の匂いが微かに鼻に届いた。
あまり、使われていない部屋なのだろうか?
中央には長方形に広いテーブルが陣取り、それを挟むようにして2つのソファと1つの椅子が置かれていた。
隅には黒一色に落ち着いた印象を受けるクローゼット、入口付近には金の装飾が目立つ木製の棚が幾つも並んでいる。
リアは入口から離れたソファに座らせられ、向かい側にはアイリスが上品に腰掛ける。
「……コホン。改めて……私はアイリス・グラキエス・ノーラと申しますわ。この命をお救いくださり、心より感謝いたします。始祖様には何度も、お見苦しい姿を見せしてしまい……」
「ふふ、私はそうは思わないわ? 相性があまりにも悪すぎたし、その中でも貴方の戦闘は称賛されるべきものだもの。同族として誇らしいわ」
開口一番に深く頭を下げ、どこか悲壮感を漂わせながら俯くアイリスに、リアは励ましと称賛の言葉をかけずにはいられなかった。
(あれは仕方ない。『何度も』の半分は私のせいだし、戦闘においても私はともかく真祖とかでもなくちゃ『日光ダメージ増加(中)』の特性は除けないもの。……吸血鬼プレイヤーが最優先にやるべきことは、耐性を付けること。何故なら回復手段はリジェネしかないのに、基礎魔法の【血統魔法】に加え、数々の弱点でただでさえ低いHPをガリガリと削っていくから)
『日光ダメージ増加(中)』の倍率は1.4倍。
一回受ければ致命傷であることを考えると、彼女が【氷系統の魔法】で対処したのは正解だろう。
すると、不意をつかれたようにぽかんとした表情を見せたアイリスは、次の瞬間には目に見えて狼狽しはじめた。
その慌てふためく様は見てて微笑ましく、目が合わせられないのか真紅の瞳を部屋のあちこちに向けて、赤らめた頬をパタパタと恥かしそうに手で仰ぎ出す。
(可愛いー!! 初心者吸血鬼プレイヤーでもここまでの反応はしないのに、なんだか小動物みたいに見えてきたわね)
思い返してみれば、出会ってから今に至るまで短い時間でかなりアイリスを驚かせてしまった気がする。
リアにその気はなかったが、今も必死に深呼吸を繰り返す彼女を見てもう少し自重しようと思った。
努めて冷静でいようとするアイリスを見据え、そろそろ大丈夫だろうと本題を切り出すことにするリア。
「私の名前はリア。さっきも言った通り始祖の吸血鬼よ? この世界にはまだ慣れてないから、貴方には色々と聞きたいの」
(【祖なる覇気】は……発動してない。うん、大丈夫そうね)
「この世界……、最近お目覚めになったということですわね。私にわかる事であれば何なりとお申し付けください、始祖様」
激しい戦闘により糸が解れ、袖や襟、裾などあちこちが破れボロボロになったドレス姿のアイリス。
そんな彼女が胸に手を当て、毅然とした態度で振舞うその姿に思わず見惚れてしまう。
(何か勝手な解釈が入ったような気がしたけど、まぁいっか)
だからその解釈はこちらとしても都合がいいし、態度もまぁ……いや、むしろイイ。
(……あれ、ん??)
"前世"という言葉。
自然に口から出た言葉ではあるが、この時、以前の自分に対して何か欠けたような違和感を覚えた。
それは喉に刺さった小骨のように心に引っかかって思い出せそうにない。
というより、既にリアの中ではどうでもいい事となっていてまるで何かに阻まれるように、自然とその"違和感"は忘却の彼方へと消えてしまった。
まるで違和感だと思ったことが当たり前へと認識が変わる。
それは既に気にするようなことではないと結論づき、結果的にはリアの中では無かったこととなったのだった。
だが一つだけ、どうしても気になってしまうことがある。
「その『始祖様』って呼び方、距離を感じるわ〜」
「あ、え、……で、では……リア様、と」
「リアでいい」
「……リア様」
「リア」
「………………リア、様」
数分前に自重しようと決めたリアだったが、そんな事は既に頭から抜け落ちており、今は何がなんでも呼び方を変えてみせると躍起になっていた。
一向に敬称が取れないアイリスに譲歩することもなく笑顔を作り、ひたすらに問答という名の詰め寄りを繰り返す。
数度繰り返す毎に声音がか細くなっていき、アイリスの瞳に涙が浮かんでることに気づくと、自分がまたやりすぎてしまったことを自覚する。
泣かせるつもりはなかった。
けれどやっぱり可愛い子には名前、もしくは愛称で呼ばれたいリア。
そこでなんとか妥協案を模索すると、素晴らしい提案が浮かんでしまった。
ちなみに、呼び方を変えさせないという選択肢はリアの中には存在しない。
「そ、それじゃあ……お姉ちゃん、なんてどうかしら!?」
「リア、……お姉さま?」
「ぐふっ」
涙目に潤いが満ちた瞳、躊躇い勝ちにこてんっと首を傾げて見つめてくるアイリスに絶大な精神ダメージを受けるリア。
(え、可愛い。なにこの生き物……吸血鬼? 奇遇ね私と一緒だわ。紅い目も銀の髪も私と一緒。これ実質姉妹じゃないかしら? お姉様……お姉様? 私が、お姉様……うん!アリ!!)
落としどころが見つかり、答えとしても満足をしたリアは漸く胸のつかえがとれたと清々しい気分を味わえていた。
しかし、元はといえば彼女が駄々をこね、慕う後輩をひたすらに困らせていただけというなんとも言えない始末だったのだが、彼女がそれに気づくことは誰かに指摘されるまで恐らくこの先ないだろう。
もし、この場に彼女のクランメンバーがいれば3人の内2人は確実に迷惑をかけたリアを問い詰め、説教という名のスキンシップへ移行していたかもしれないが、今はこの場に誰も居ないのだった。
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