第2話 次の世界
VRMMO
Virtual Reality Massively Multiplayer Online Gameの頭文字をとった略称で、今は珍しくないそんな用語の一つ。
それは仮想世界を舞台とした、五感を使っての体感型ゲーム。
昔は視覚と聴覚、その2つの器官のみで謳っていたようだが。今では言葉の通り、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の5つ全てで体感できる、完成形へと至っている。
そんなVRMMOを用いたゲームに、いま爆発的熱狂を誇るタイトルがあった。
今年5周年へと突入したタイトル、名を『Lost Fantasy Online』。
通称LFOと呼ばれているタイトルであり、よくある西洋風の世界を舞台にした作品だ。
いわゆるファンタジー要素を全面に押し出した世界観で、一見どこにでもある珍しくないゲーム。
では、何故そんな量産型のようなゲームに人気があるのか。
それは
プレイヤーはゲーム内に存在する全ての種族から自分の分身となる者を選び、新しい世界で第二の人生を歩むといったもの。
ゲーム内では
そんな中でたった1つしかない自分だけのビルドを作り、世界を謳歌すること。
単純でありながら、無限にも等しい組み合わせはゲーマー達を瞬時に魅了した。
草原、洞窟、遺跡、森林、火山、氷山、天界、奈落、沼沢、渓谷。
数えきれない環境の下、広大な大地を役になりきってプレイする。
『攻略の鍵はRP』というキャッチコピーを前面に出しており、VRゲーム界初の最新の第7世代型AIを搭載したゲームであることも有名になった要因の1つある。
というよりかなり大きな要員だろう。
そういった数々の情報に話題が話題を呼び、国内だけでも初回売上数3000万ダウンロードという驚異の数字を叩きだしたのが、このLFO。
そんなゲームの記念すべき5周年。
国内外、数限りないユーザー達に喝采と祝福の声と共に迎えられることとなった。
新たな種族、新たなクラス職業、新たなスキルや魔法、新たなフィールド……等々。
初公開の膨大な新情報を得て、プレイヤー間で熱気が膨れ上がる中、それらを他所に既存のクエストを今なお挑戦し続けるプレイヤー達が居た。
クラン《冬ノ楽園》
所属プレイヤー僅か四人。クラン員のほとんどをNPCが占める、三十人の小規模クラン。
所属人数からどこにでもある弱小クランと思われがちだが、LFOをプレイしているユーザーで彼女たちを知らないユーザーは間違いなく少数派だ。
所属しているプレイヤーは四人、それ以外はNPCであり、その全員が女性アバター。
だが、彼女らが有名な理由としてはそんなことではなかった。
所属プレイヤーである彼女らは全員が世界ランキングにランクインしており、クランマスターに限ってはその名前を知らないプレイヤーは初心者以外居ないと断言される程の実力者。
中級者や熟練者、配信者、果てはプロに至るまで。
多くのプレイヤーに知れ渡った有名プレイヤー。
クラン【冬ノ楽園】
クランマスター:LIA
総合SCORE:138600Pt
世界ランキング:第4位
『近接の鬼』『鬼姫』の異名で呼ばれている彼女は、知る人ぞ知る1V1最強のプレイヤー。
当人の種族の話題も事欠かないが、本命はその『未来が見えてるのか』と対戦相手に思せるほど、常軌を逸した反射神経と思考速度にあった。
そして現在――
ヌオォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!!
大地を揺らし、大気を震わせる程のけたたましい咆哮がフィールド全体へ鳴り響く。
宙を蹴り、重力に従って落下していく瓦礫を足場に標的へと駆け出す女性。
腰に届くほどの長い銀色を宙に靡かせ、最後の足掻きと思える攻撃にその綺麗な瞳を細める。
視界に映るは、数えることすら馬鹿らしく思えるほどの巨岩の嵐。
不規則に散りばめられた巨岩は空間を埋め尽くし、一見して隙間などないように思える。
しかし、純白の衣装を纏ったプレイヤーはまるで街中を散歩するかのような足取りで、平然と岩から岩へ飛び乗って歩みを止めようとしない。
手を少し伸ばせば巨岩に体を持って行かれる擦れ擦れの距離。
そんな中を顔色一つ変えず、なんなら鼻歌でも歌いそうな余裕の笑みを浮かべる女性。
その姿はさながらダンスを踊るかのような優雅さでいて、繊細で大胆。
一切の無駄のない、まさに近接職の理想ともいえるものだった。
そうして全長数百メートルはあるであろう巨人と彼女の距離がなくなった時、初めてその表情に好戦的な笑みを浮かべる。
「……その技は! 見飽きたわ!!」
手に持った得物を強く握りしめ、勝利を確信して犬歯をちらつかせる。
これまでの長い苦労をお返しできる、そう思って思わず漏れ出てしまった手向けの言葉。
「残りHPとMP、スキルのクールタイムを考えたらこれが最後のチャンス」
呟きと同時に手に持った十字型の大太刀が炎を燃え上がらせる。
不敵な笑みを浮かべた女性はチロリと下唇を舐め、巨人の表面を駆け出した。
自身の持つ数多のスキルを組み合わせ、刀身の何倍もの炎を纏った剣を振りかぶる。
次の瞬間、巨神の胸部へと渾身の力を持って叩き込まれた炎剣は、凄まじい爆発と共にその灼熱を表面へと走らせた。
可燃物などない、金属なのか鉱物なのか、それすらも不明な未知の素材を身に纏う巨人。
そんな表明を物理法則を無視して迸らせる白炎は、その表面をあっという間に火の海へと変えた。
これまでの長い死闘で傷つけられてきた結晶は到る処に欠損が見られ、それはリアの一撃を持って決壊を始める。
亀裂はピシピシッと音を鳴らしながら浸透を深め、遂には巨大すぎる体全体を崩壊させていく。
崩れ落ちる巨岩は眼下に広がる雲の海へと衝撃破を発生させながら、次々と墜落させていった。
「はぁ、はぁ……やったっ、やった! 漸く!」
長く続いた死闘を終えると、まるで緊張の糸が切れたかのように上がった息が漏れる。
しかし息を整えることよりも、ようやく終えた戦闘に呆然としてその光景を眺めるリア。
体の形を蝙蝠へと変え、空中でパタパタと小さな羽をばたつかせていると、この場には似つかわしくないピロンッ!といった電子音が脳内で鳴った。
《世界初のワールドボス 破滅の巨神オーディナルを討ち倒しました》
《"世界の記憶"に記録中……》
《スコアを集計しています……》
「ふふ、皆のところにも通知がいったかしら?」
手慣れた操作でチャットログを開き、クランメンバー専用のログを選択。
そこにはオレンジ色のポップアップが表示されており、躊躇わずにその《参加》のボタンを押す。
すると、耳の感覚器官が何処かと接続されたの感じた。
無音の時間が少し続き、次第に幾つもの愛おしい声が聴こえて来た。
『リアちゃんおめでとー!! 遂にやったね!!』
『リア、おめでとうございます!! お役に立てずすいません……暫く、内職に専念しますぅ』
『流石リアさんだ! 好きだ! 帰ったら1V1しよう!』
「皆ー!やったよ!! カエデは十分過ぎる程によくやってくれてたよ? だからそんな落ち込まないで、まぁ内職頑張ってくれるのも凄い助かるけどね。……なにはともあれ、皆のおかげで初達成頂きました! 3人ともありがとう! 愛してるよ!!」
『あ、あのッ! 私もリアのこと……あ、愛しています!』
『私もだよリアちゃん。帰ったら思いっきりいちゃいちゃしようね!』
『え、幻聴? それ僕にも言ってるのリアさん? もう色んな1V1しよう』
「カエデもヒイロも本当に、本当にありがとう!大好きよ! ———エイスは五月蠅い」
『あ、そういえば掲示板でも早速話題になってたよ? 相変わらず皆情報が早いね。【スパーダ】がまた初討伐獲るかもって言われてたから、今すっごい盛り上がってる』
『ほんとだ、ランカーも結構書き込んでるね。……あ、ユウリュウさんも書き込んでる。リアさんにも個人チャット来るんじゃない?』
「もう何人からか個人チャットは来てるよ。まだ見てないけど、多分、ユウリュウからも来てると思うわ」
『リ、リア。……その、ちゃんと帰ってきてくださいね?』
「カエデ……もちろん! 誰かに捕まる前に、直ぐにクランハウス帰るから。あ、集計終わったから一旦ミュートにするね」
巨人がバラバラになって崩れ落ちた先、瓦礫の山と呼ぶには些か規模が大きすぎる地上を視界に収めながら《集計・報酬》をタップする。
『プレイヤー【LIA】は条件を満たしました。次なる世界へと続く道が開かれました、進む覚悟はありますか?』
その通知が現れた瞬間、ピタッとリアの指先が宙で停止する。
これまで数々のダンジョンをクリアしてきた。
その中でも今回のダンジョンは間違いなく、リアの中で最難関と断言できる難易度だった。
なんといっても、ゲーム内で初攻略PTに自分達がなれたのだ。
全ユーザー数、数十万という膨大な数の内の1番。
だからこそ、クリアした後の『集計』も他のダンジョンと仕様が違うんだと判断した。
(次なる世界、新しい未発見のダンジョン? それともまさか、まだ隠しボスが居るというの?)
やりかねない。
その言葉がリアの脳裏を過ぎる。
LFOはこれまで、ユーザーの誰もが考えもしなかった仕掛けや仕様を作り出し、それらを惜しみなくユーザーに仕掛け続けてきた。
普通それはないだろう、といったものがこのゲームでは通用しないのだ。
だからこそ、五年もの月日をLFOで過ごしてきたリアは選択に慎重になった。
(ここで《はい》を選択した場合、また数時間動けなくなるかもしれない。ここは一度帰るべきか……でも一度のみの選択かもしれない。 ——それなら)
ゲーマーというのは悲しきかな。
この先の展開がある程度読めるとしても、例えそれが自分の利にならないとわかっていようが、未知なるものには惹かれる性なのかもしれない。
そんな一種の諦めにも似た感情と共に、少しの期待を込め《はい》という選択を押す。
すると押した瞬間、瞬く間にリアの視界は白一色に埋め尽くされる。
それはまるで思考する余裕もなく、脳が視覚から得られる情報だけを頼りに傍観するように眺め、受け止め続けることとなった。
永遠に続く白一色。
影も形も無く、ただ視界全てを埋めつくす空白。
だがそれは唐突に終わりを迎えた。
いや、もしかしたら既に終えていたのかもしれない。
今までの突発的な仕様とは明らかに違った演出に只々唖然とする。
得られる視界情報の元に、新たな景色がその姿を現したのだった。
「ここは、森……よね?」
視界いっぱいに木々が立ち並び、その隙間からは昼間とは違う暗闇の世界が広がっていた。
ただ一点違うものがあるとすれば、視界の端に憶えのない建造物があるくらいだろう。
「転移したというの? ダンジョンの中……な訳ないわよね。そうだ、マップ」
思い出したようにリアはゲーム機能の1つであるマップを開こうとする。
ゲームの基本だ。
未開拓地に足を踏み入れたらまずはマップを開き、そこから少しでも情報を得て今後の動きを決める判断材料とするのが吉、とリアはこれまでの長いゲーム経験から学んでいる。
「え、あれ? マップが開かない。さっきまで開けてた気がするけど、転移の不具合かしら?」
彼女自身の長いオンラインゲーム経験の中、生み出された格言。
Gがつく黒い物を見たら数匹はいると思え。
テーマパークの黒い動物を見たら10匹はいると思え。
そして不具合を見つけたら、不具合があると思え。
歴史的格言が脳裏をよぎると、リアは慣れた操作で突然現れた空間に腕を突っ込ませた。
「インベントリは……うん、全部ある。マップ機能だけ不具合が起きたのかしら?」
結論付けようとするリアは「あっ」と声をあげ、慌てた様にチャット機能を操作する。
見るのはもちろん、彼女が一番大事な関係、クランメンバーログである。
「ログは…………、――え」
リアの前に現れたログはいつもの青透明な電子ボードではなく、真っ黒に染まった何も映し出さない黒板だった。
これが自分の知っているログなのか、半信半疑になりながらも黒い板を触り、どうにか機能するように試みる。
「嘘でしょ……なんで?」
いくら触っても無反応なそれに埒が明かないと、リアは現実で彼女らに聞く方向へシフトした。
チャットシステムを閉じ、別の操作でログアウトボタンをタップ。
「……あれ、おかしいわ」
本来であれば視界が遠のき、数秒もすれば現実世界へと戻れる筈なのだ。
しかし、何度押しても反応を見せないそれ。
次第にありえないこととわかりながらも、徐々に最悪の事態、不可思議ともいえる"その可能性"を考えてしまう。
「あっ————」
ソレについて想像してしまったからか、それともわかってしまったからか。
無意識に心の中で認めてしまった瞬間、カチリとどこかスイッチが切り替わったような感覚を直感的に味わう。
(なんで気づかなかったのかしら。HPバーもMPバーも視界から消えてて、なのに自分の感覚の中にはしっかりと認識できてる。HPもMPも、習得スキルだって、それらのクールタイムから効果範囲、出力だってはっきりとわかる。……まるで、全部最初から私のものだったみたいに)
聞いたことのない機能に自身が情報リサーチを怠ったのかと、ダメ元でGMコールを試してみるが返ってきたのは予想通りの答え。
まるで根底からひっくり返ったような、そんな感覚。
グラグラと視界が揺れ、思考や思想が崩れていく。
それは自分が立っているのか倒れているのか、それすらわからなくなり、このまま意識が途切れるのかと思ったそんな瞬間。
ピタリと視界は落ち着き、思考も曇り一つないクリアな状態で自身が立っていることを再認識した。
何かが変わった。
そう思えたリアだったが何が変わったのかはわからない。
だが、どうしてあそこまで慌てていたのかと、自分でも不思議に思える程、今ではこの状況を冷静に客観視できてしまう自分がいることを自覚する。
(でも……)
その要因はすぐに思い浮かんだ。
例え"そうなった”としても、彼女たちがいればいいとすら思えた。
しかし、現実は無情にもそれらを引き裂いたのだ。
彼女たちとの連絡手段が途絶え、例え一時の遮断だとしても、リアは関係そのものが断ち切られたような感覚に苛まれた。
まるで全てがなかったことのように、全てが夢だったんじゃないかと。
たかがゲーム、そう思われるかもしれない。
しかし何かが変わってしまったと思えるリアにとって、それ程までにかけがえのない思い出だったのだ。
大事だからこそ手放したくない。
なにか他に、連絡を取る手段がないかと思考を巡らせ、やがて一つの結論へと至る。
(『次なる世界』それを了承したらこうなった。アレは私だけに送られたもの? それとも達成したPTメンバー全員に送られたのかしら?)
希望的観測であるとしても、絶対にないとは言い切れない。
だが、あまりにも今の自分に都合の良い考えに、思わず自虐の意味で失笑を漏らしてしまう。
ゲームの世界に閉じ込められるなんて、そんな荒唐無稽なことが起きてしまっているのだ。
落ち込む気持ちが、自然と目線を地面へ下ろす。
視界に入ってくるのは現実の白金色の髪ではなく、本来の理亜とは正反対の銀色の髪。
ゲーム内で五年もの長い間、見続けてきた慣れ親しんだ髪の色。
「あれ、こんな色だったかしら? それに……手触りも」
見慣れた筈の髪はどこか違和感を覚え、触れた感触も何かが違う。
それは良い意味であり、白く透き通るような髪色は暗闇でありながら、微かな月明りに反射してキラキラと光沢を纏っているようだった。
試しに触れてみると、どこか作り物っぽさを感じていた髪質は軽く、それでいてサラサラと手触りの良い感触。
(アップデートが入った——って、そんなわけない。それなりに鈍い私でも流石に気づくわ。また勘違いしてたみたい。……この状況はゲームの世界に閉じ込められたんじゃなく、ゲームのような世界に自キャラとして生まれた、ということだろう。なんでそれが普通に思えるのか、前の私ならありえないと笑い飛ばしてたのに…………前の私?)
「だとしたら、――ん?」
他に変わった部分はないかと、周囲を見渡し自身の身の回りを確かめるリア。
するとそれは微風によって運ばれてきたのだった。
甘く華やか、どこか優雅さを感じるフローラルな香り。
それはリアの好みを絶妙についており、食欲と性欲を同時に掻き立てるような濃厚で濃密な匂い。
しばらくこの香りを味わっていたい。
「ん、いい匂いがする」
思わず口に出してしまう程には、運ばれてきた香りを気に入るリア。
しかし、次いで鼻腔に届いた臭いに思わず眉を顰めてしまった。
それはどこか動物臭く、瞬間的であったとはいえツンッと鼻を突くような嫌な臭い。
これが血の匂いだということは、薄々に理解していたリア。
そしてそんな匂いが突然に香るということは、そう遠くない場所で誰かが負傷したということ。
「方角は……あっちかしら?」
匂いに釣られるがまま足を動かし、草木をかき分けていく。
そうして見えて来たのは、ゲーム内では見た事のない古城のような建物。
それはそれなりに距離があるのにも関わらず、一度認識してしまえば探していた場所がそこだと確信できてしまう。
およそ光と呼べるものは頭上から降り注ぐ月明りのみの筈だったが、その建造物からは幾度も眩い閃光が飛び交っていた。
「イベントの予感がするわね」
リアは何気なく片手を見つめ、握りは開いてを繰り返す。
そして何かを確認したかのように頷くと、古城へ向けて走りだしたのだった。
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