ぜんぶパンツのせいだ。(短編)

アサミカナエ

これはパンツのせいだわ

「つ、土浦さんっ」


「うん」


「ぼ、ぼぼぼ僕とっ、けっこんしてくださいっ!!」


 あっ、間違えたっ!?


「……ぷっ! なんで付き合ってもないのに、プロポーズなの!? あははははは!!」


 終わっ……た……。


 僕、君嶋きみしまりょうは、誰もいなくなった放課後の教室で、同じクラスの土浦つちうら愛衣めいさんに告白をした。


 結果はご覧の通り、大失敗だ。


 この状況で良かったことを挙げるなら、頭を下げていたおかげで情けない顔が見られなかったことかな。ははは、全然プラマイ0になってないが。むしろマイナスだが!?


「笑いすぎて、お腹が痛いよ〜〜〜!」


「……」


「まっ、がんばってねぇオタクくぅん〜〜! つかウチら未成年だから結婚とかできないし! きゃはははは!!」


 し、失礼だな! 僕たち、今日ほぼ初めて喋ったよな?


「な、なあ、土浦」


「は?」


「……土浦、さん」


 なめられないようにと呼び捨ててみたが、睨まれてすぐさんづけした僕だ。別にビビったわけじゃない、機転を効かせたんだ。


 窓際の机に腰掛けた土浦が、おもむろに脚を組み直した。すらりと長くてすべすべで柔らかそうな白肌に、僕の視線は吸い寄せられる。


 ガン見してからハッと彼女の顔を見れば、見透かすような瞳が待ち構えていた。うろたえる僕をじっくり眺めて、満足そうに小さな口の端を持ち上げる。


 そんな土浦の、肩下まで伸びた茶髪が夕日に透けた。それが悔しいほど絵になっていた。


 考えてみれば、クラスの中心人物の彼女が、日陰者な僕と放課後の教室に二人きり。そんなありえない状況に、自分でも鼓動が早まるのがわかる。


 だけど今は、今だけは。いつものような壁のシミではいられない。


「やっ、約束だろ。手紙、返してくれ」


「え? やだし」


「なっ……!?!?」


 僕は言葉を失った。


 手紙は、土浦さんに告白するため、裏庭に呼び出そうと靴箱に置いたものだ。


 しかし僕が姿をくらませる前に、ひょいっと取られて目の前で読まれるというはずかしめを受けたのが15分前のこと。


 テンパって取り上げようとしたら、誰もいない教室に連行され、「とりまここで告白を実演したら返す」と謎の要求をされたのだが……。


 まさか、言う通りにしたのに返してもらえないとは思わなかった!!


 壁の時計を見上げれば、タイムリミット・・・・・・・が迫っている。僕の焦りは最高潮へと達していた。


「ど、どうしてだよっ」


「どうして? つかオタクくんさぁ、本気で付き合えると思ってんの?」


「それはっ……」


 僕は恥ずかしさにうつむき、汗ばむ拳を握りしめる。


「だ、だから今日だったんだよっ!」


「ん? どーゆう意味?」


 告白が今日でなければならない理由なら……ある。


 でも、それを言うのは自分をさらけ出さなければならない。


 告白はしたいけど、そこまで弱みを見せる勇気なんて僕にはない。


 だけど……。


 このままでいてもすぐには解放してもらえないだろう。


 タイムリミットを諦めるか、それとも理由を話すか――。


(こ、ここさえ乗り切れば……っ!)


 僕は唇を噛んで、彼女を見据えた。


 小首なんか傾げている土浦に向かって、勇気を振り絞る。


「今日が! 僕の『十年に一度の良縁がある日』なんだっ!」


 そんなに意外だったのか、土浦は目をわずかに見開き、絶句した。


 ……けど、それは一瞬だった。


「うははははっ!! なーにー? オタクくんって意外とロマンチック〜? けらけら!」


「か、かのナポレオンだって占いで出撃を決めたほどだぞ! 別に占いに頼るのは変じゃないだろっ!!!」


「けらけらのけら!」


 あーはいはいはいはい! だから嫌だったんだ!! 笑いながら目尻を指でぬぐうな! ……って、あ?


 何度まばたきして注視し直しても、彼女の手はカラだった。例のブツはどこにもない。


 じゃあ、教室で告白を実演したら手紙を返すという約束は、最初から守る気はなかったと?


 ああ、そうか。


 終始、僕をからかうつもりだったんだな。


「……もういい、こんなに告白をコケにされるとは思わなかった」


「え? ちょ、待ってよオタクくん!」


 きびすを返すと、明らかに慌てた声に呼び止められた。


 時刻は17時45分。教室の外で人の気配がする。委員会を終えた生徒が帰っているのだろう。


「話、まだ終わってない!」


「知るかっ!」


「じゃあえっと、えっと……ぱ、パンツ!」


「は?」


 え? パ……えっ、なんて?


 聞きなれない言葉に思わず振り返って目を疑う。顔を真っ赤にした土浦が、両手でスカートの裾を握りしめて立っているのだから。


「ごめん、コケとか、そういうつもりじゃなくて。だからお詫びに、ウチのパンツ……見てもいいからっ」


「え。え、えええっ、なんで?」


 なに言ってんだよ!? 悪いと思ってんなら手紙を返せ!!


 だからといって、涙目で、もじもじと内ももをこすりつけて居心地悪そうにしている土浦は、冗談を言っているようにも見えない。


 こいつ、も、もしかして――。




 ……痴女?


 この女、露出狂だったのか!?



 大きなショックを受けたおかげで頭は冷えた。


「クク……はははは」


 なるほど、ずいぶん甘く見られたものだ。


 残念だったな、土浦。


 僕はこういう日のために、多少の性欲はコントロールできるよう、小遣いのほとんどをインターネットに投資してきた。


 女子高生のパンツなんて、ワンクリックでいつでも見れる。珍しくもなんともない!


 それにおまえはもうひとつ、男心を勘違いをしている。


 確かに、知らない女子よりクラスメイト知り合いの下着というのは魅力的だ。


 しかし――。


 おまえのように、自発的に見せたがるパンツに価値はない!


 そう、パンツは秘境であるべきなんだ!


『なんでこの私が、こんなキモいオタクにパンツを見せてやらなきゃいけないのっ!? あれ……でも私、コイツに見せるの、そんな嫌じゃない……かも。やっ、やだ! 私ったら、なんてはしたないこと考えてるのよ!?』


 ↑

 はい、これ!!


 性への興味による葛藤と恥辱ちじょく含めてのパンツだ! わかったか!!


 さらば土浦ぼんのうよ。ここで抹消バニッシュ、だ。


「……オタクくんが好きなタイミングで、いいよ?」


 ぴらっ、と。スカートの裾が少し持ち上げられる。




 ……ちょっと待ってくれ。


 それは話が違ってくるぞ。



 インターネットでなんでも手に入るようになった電脳世代こと僕たちだが、さりとて所詮はディスプレイとの対峙、五感が満たされることは難しい。VRゴーグルが生まれたのも3Dメガネでは満たせなかった欲求を満たすために人類が血肉を捧げた結果だろう。ありがとう先人のエロい人!


 しかしVRという文明の利器が手に入った僕らだが、それでも渇望は癒やされない。


 なぜか?


 “体験”が足りないのだ。


 おい! どんな科学者でもまだ辿り着けていない境地だぞ! そ、それをおまえが“供給する”、とでも!? 


「ここ、持ってみて?」


 ないない! は? ないないないない! こんなのVRでも見たことないって〜〜〜〜っ!


 わざわざ目の前まで近づいてきた土浦に、無理やりスカートの端を握らされる。


 さっきまで太ももに触れていた布だ。なんとなく土浦の温もりが残っているような気がして、ごくりと喉が鳴る。


「……」


「ふふっ」


「? なに?」


「ううん、恥ずかしくて……。ごめん、顔見られたくない」


 土浦はそう言って、手で隠しながら顔をそむける。


 ふと彼女の向こう側に目をやる。窓の外に、学校に残っていた生徒が次々と校門を出て行くのが見えた。


「今日はねっ!?」


「うわっ!?」


 真下から土浦が覗き込んできて、注意が戻る。


「なんと白T、白のTバックなんだ♡」


「しろティっ!?」


 は? 白Tが、Tシャツ以外に存在するだと!?


 ショックすぎて、今すぐにでも立ち去りたいのに足が動かない。


 心臓が、道路工事くらいおかしな轟音ごうおんを立てている。


 まずい、な。


 目の中に流れ込んだ汗がちくりと刺激し、これが現実だと主張する。


 この状況、もう後には引けないのではないか。


 上目遣いで見つめる土浦の瞳がゆらゆらと揺れた。


 カーストトップの彼女の瞳の中を、カースト底辺の僕が侵略している。


 そのなんとも言えない支配感にぞわりと全身が粟立あわだつ。


 ……女子にそこまで言わせておいて、無下に断る気か? それでも男か、君嶋きみしまりょう


 布切れの向こう側を――真実を。ちょっと見たあとでもいいんじゃないか、告白くらい!


 僕の中の天使と悪魔は同意見だったようだ。


 目をつむってあごを上げる。覚悟を決めて、スカートを握って震える指先に力を入れた



 ――――刹那だった。



「もお、なによー。ウチのパンツじゃ不満? オタクのくせに生意気なんだけどー!」


 大きなため息が真下から聞こえて、僕は慌てて目を開く。


「でも見直したよ、オタクくん。一途じゃん?」


 ……へ? どういうこと??


「ウチの爆モテなお姉ちゃん・・・・・の靴箱にラブレター入れる身の程知らず、久しぶりに見たから試してみたけどさー。そっか、本気かぁ」


 僕は土浦の手を乱暴に跳ね除け、背中を向ける。


「…………当然だ。僕は、好きな人以外を不埒ふらちな目で見ることなど、誓って“ない”な」


 ……。


 あっぶねえええええ!? なんだそれ、たたた試した? もう少しでスカートをめくり上げるところだったわ!!


「あんた、お姉ちゃんが委員会終わるの待ってたんでしょ? もう帰っちゃったけどー、許してくれる?」


 言われて慌てて窓の外へ目をやるが、時すでに遅し。もう校門前に人気ひとけはない。


「そ、そうだ。僕は、なんてことを……」


 ガクリと膝をついた。良心を罪悪感が連続パンチでつぶしにくる。


 わかってた。陰キャの僕が告白して、叶う相手ではないことぐらい。


 だから十年に一度の良縁にかこつけて、勇気を出して告白して。いい思い出にするつもりだったんだ。


 まだ外に人が見えた最後のチャンスで、彼女を振り切って教室を出なかった自分が情けない。正直、白のTが頭にチラついた。


「まあまあ。これからいいことあるって、元気出そ?」


 イラッ。だから、この女はなにがしたかったんだ!?


 なんだよ。楽しみにしていた今日、唯一会話をした女子が、好きな人の妹だけなんて……!


「ぐぅ。やはり、占いをあてにしすぎては駄目か……」


「え、それマジだったの? 草〜!」



 これは、十年に一度の良縁の機会を無駄にしたと思い込んでいた、陰キャな僕の不器用なラブコメのプロローグの一幕である。




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ぜんぶパンツのせいだ。(短編) アサミカナエ @asamikanae

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