招集

 賢二は『とびとり』のスタジオにいた。椅子に座り、アコースティックギターを構える。

 ジャララ。

 初めてだった。ここに来て、初めて、自分は必要とされた。

 ジャララ。

 誰かの代わりじゃない。与えられた仕事をこなすだけのロボットでもない。

 自分であることを求められた。

 ジャララ。

 自分の演奏が誰かの心へ伝わる。弾くことの意味を見い出せた。

 みんなが、支えてくれたから。

 期待してくれるから。

 あの人が、笑顔で応えてくれるから。

 ジャララ。

 いつしか自分は方向を間違えていた。

 彼女の笑顔のために弾きたいと思うようになっていた。

 自分の欲望のために。

 それは裏切りだった。

 何よりも、彼女に対しての。

 ジャララ。

 嫌気が差した。

 浅ましい自分の行いに。

 暗い暗い穴の中へ落ちていった。

 もう抜け出せないと思った。

 そこから救い出してくれたのは、やはり彼女だった。

 ジャララ。

 こんな自分を。

 汚らわしい存在を。

 気にかけて。

 労わって。

 言葉をくれた。

 心を与えてくれた。

 ジャララ。

 いいのだろうか。

 こんな自分が。

 もう一度、そこにいて。

 居たい。

 その場所に、居たい。

 それは許されることなのか。

 ジャララ。

 ジャララ、ララ、ララ。

 強く、強く。

 願った。

 全てを曝け出してもいい。

 投げ出してもいい。

 その場所に、居られるのなら。

 温かな。

 何にも代えがたい。

 自分の居場所。

 ジャラ、ジャラララ。

 もう一度、そこへ。

 ジャララ。


 パチパチパチ。

 スタジオの中に拍手の音が響いた。

 入口近くに咲来が立っていた。いつの間に入ってきたのだろう? 思考に集中して気づかなかった。

「こんにちは」

 咲来がそう言ってきたので、賢二も「こんにちは」と返した。

 咲来は賢二のほうを見ながら何かを考えているような表情をしていた。賢二は居心地が悪くなる。人に会うとは思っていなかった。

「気持ちが入っていましたね」

 咲来が言った。

「何を考えて弾いていたんですか?」

 賢二はすぐに答えられない。どう話せばいいのか難しかった。

「私は、『とびとり』が恋しくなって、ついここに足を運びました」

 咲来が自発的に自分のことを話すのは珍しい。普段は尋ねてもそうそう答えないぐらいだから。

「賢二さんも、私と同じ気持ちですか?」

 賢二は少し時間をかけて考えてから、答える。

「たぶん」

 賢二を見つめている咲来が、小さく頷いた。

「賢二さんに訊きたいことがあります」

「なんですか?」

「誰かを好きになるのは、悪いことでしょうか?」

 賢二は虚を衝かれ目を見開いた。

 咲来は賢二の反応を確認した後、次を話す。

「私は、そうは思いません。誰かに気に入られたい、好かれたい、そういう気持ちは誰もが持っていると思います。私は、それは、とても素敵な感情だと思います」

 咲来が賢二のことを考えて話してくれているのがわかった。

「私がこんなことを言うのもあれですけど」

 次に出てくる言葉が賢二にはわかっていた。

「賢二さんは、もっと自分の気持ちに素直になってもいいのではないでしょうか」

 咲来の言葉がスーッと胸の内に入ってきた。今なら、その言葉を受け入れられる気がする。

 この気持ちを伝えたい。

「咲来さん、お願いがあります」

 賢二の言葉に、咲来が小さく微笑んだ。



 紅音を除いた『とびとり』のグループチャット。

『「とびとり」メンバー集合。明日十七時にスタジオで打ち合わせ』

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