第6話 全裸で強襲する者、される者

 魔王軍の襲撃から一週間。その後、ラングリードは平和そのものだった。


 マジックサウナストーンシステムは、目を見張るような効果が得られたがゆえ、城壁のほとんどをサウナストーンに変えた。兵たちには、対空能力を向上させるために弓の扱いを鍛錬させた。騎士団のみんなも、有事に備えて活動している。


 そして、俺はというと――。


「ここの水風呂の温度は?」


「18度でございます」


 俺は、地図を片手にサウナ施設を回っていた。


 これは、趣味のためではない。サウナ施設の調査は必要なのである。魔王軍の襲撃があった場合、俺は最寄りのサウナを使うことになる。なるべく自分に合ったサウナを使いたいゆえ、こうして実際に足を運んで、チェックしているのだ。


「温度が高すぎますか? ご命令とあらば、ベイル様の好みの温度に調整いたしますが?」


「いや、問題ない。引き続き、この店のやり方で運営してくれると助かる」


 水風呂の温度は14度以下が理想――これは、俺の好みの問題だ。人によっては、18度ぐらいが気持ちよいと感じる場合もある。


 その温度を狙って、数ある施設の中から、この店を選んでいる客もいるのだ。俺だって、身体の調子や気温によって、好みが変わるかもしれない。その店その店の独自性を見せてくれたらいい。


 まあ、俺ぐらいのサウナーなら、どんな環境でもととのおうと思えばととのうことぐらいできる。


 地図帳に温度や設備などの有無を記していく俺。ふと、見上げると、空が赤らんでいた。


「……ん、そろそろ今日は、終わりにするか」


 仕事は終わり。最後に、どこか適当なサウナでととのえていこうかな?


 施設を転々としていたので、サウナ欲も高まっていた。


「この辺りだと……ラングリオンかな」


 スーパー銭湯。ラングリオン。スーパー銭湯とは、通常の銭湯よりも広めで、施設も充実している。家族連れなどのアットホームな空気の中、お風呂を楽しむことができる。こういった大型店は、サウナも広めなのでゆったりと入ることができる。


 しかも、通常は880ゴールドのところを、騎士団割りで780ゴールドで入ることができる。しかも浴衣やタオル、アメニティも込みでこの値段という高コスパ。施設の充実感を鑑みれば、神価格と言える。


 というわけで、広々としたのれんを潜って館内へ。


「いらっしゃいませー!」


 はっぴを纏った明るい笑顔の受付の女性に支払いを済ませて、脱衣所へ。服を脱いで、タオルを持って、いざ出陣。


 まず、身体を清めることから始める。頭と全身を丹念に洗い、しっかりと歯も磨く。要するに、可能な限り外部から洗うのである。


 それらが終わると、次は『下ゆで』だ。サウナ前に軽くお湯へと浸かり、身体を温度に慣らす。これは別に自由だ。


 それが終わると、全身の水滴をタオルで拭い、いざサウナ。


 木造の扉を開いて、足を踏み入れる。乾いた熱が俺を包み込んだ。まるで、結界の中へと足を踏み入れる感覚だった。


 マットの敷かれた段差へと腰掛ける。タオルを両太股へとかけるようにして陰部を隠し、身体をリラックスさせる。人はまばらで、空いていた。


 姿勢は若干うつむき加減。これでも一応勇者なので、こういった場所で見つかってしまうと声をかけられてしまうこともある。もっとも、サウナでは大きな声での会話は禁止なので、その辺りのことは常連ならわきまえているし、俺を見つけても、そんなに珍しい存在でもないので、スルーしてくれる。


 ――しかし、ほどなくして入ってきた客は、そうではなかったようだ。


 そいつは入室後、ソーシャルスペースをわきまえずに、俺の隣へと腰掛ける。しかも、あまつさえ、こいつは俺に声をかけてきた。


「……勇者ベイルだな」


 チラと横目で見やる。随分と体格の良い男だった。身長は2メートルはあるだろう。獅子のようにボサボサのロン毛に、ゴリラのような筋肉。


 騎士団でも、これほど仕上がったボディは見たことがない。脂肪も少なく、見事に洗練されている。サウナ映えする肉体とはこのことだろう。


 もしかしたら、筋肉を見せつけるためにサウナへと通うタイプなのかもしれない。だが、全身の禍々しいタトゥーはよろしくない。せっかくの美しい筋肉が隠れてしまっている。


「だとしたら……なんだ?」


 問いかけると、そいつは視線を正面に向けたまま、つぶやくようにこう言った。


「俺は魔王軍、五大魔将のひとり……魔人ヴァルディスだ――」


「ヴァルディス……?」


 ――ヴァルディスゥッ!?


 数多の人間を恐怖に陥れてきた猛者中の猛者。人類の脅威。それがまさかラングリオンに? もしかして偽者か? 冗談か?


 ――いや、こいつは本物だ。


 規格外の筋肉は人間のものではない。肉体を彩る紋様は、魔人である証拠だろう。なによりもオーラが違う。


 ――まずい、しくじった!


 魔人が堂々とサウナに入ってくるとは思わなかった。魔王軍の中には、人の姿をした奴も多く存在する。


 ――観光都市の盲点。


 旅人が多いせいか、チェックが甘い。

 門を素通りしてきたのだろう。


 武器はロッカーの中。しかも、こっちは全裸。タオルしか武器がない。歴史上、もっとも装備のない状況で、魔王軍と対峙ことになる。


「魔王軍の幹部が、直々に会いにきた……か。――目的は、俺の命か?」


「フッ……余裕だな、勇者ベイルよ」


「俺からしたら、五大魔将だろうがなんだろうが、慌てる相手じゃねえよ」


 嘘だよ! 慌てる相手だよ! いや、俺だって勇者なのだから、ととのう前でもそれなりに戦うことはできる。だが、幹部クラスの魔物となると、さすがに勘弁して欲しい。タオル一枚でなんとかなる相手じゃない。


 ただ、ここで慌てふためいたら、周りに迷惑をかける。サウナルームでの喧嘩は御法度だ。出禁だってありえる。ここは話術で時間を稼ぐ。


「ほう? ととのう前でも、魔人であるこの俺を倒せると?」


 ……ヤバい。俺の能力のことまで理解してやがる。


 まだ、入って一分も経過していない。ここからととのいまで、どう早く見積もっても40分はかかる。こいつがそれを許してくれるとは思えない。


 ――終わった。


 終わったが、俺は最後までサウナーであることを貫き通す。サウナらしく、身体をジリジリ熱しながら、小声で言葉を交錯させる。


「やるってんなら、相手になるぜ? だが、ここはサウナだ。他の客に迷惑をかけるわけにはいかない。……表へ出ろ、ヴァルディス」


 だが、ヴァルディスは、ククッと笑いをこぼして首を小さく左右に振った。


「出るのはまだ早い。あと五分は、入っていた方がいいのだろう?」


「……どういうことだ?」


「俺は、貴様を倒すため、サウナ勇者のことを調べあげた。その結果、サウナというものに興味が出てきた」


「なん……だと?」


 魔人がサウナに興味を持った?

 何を言っているんだ?


「この世界のすべての生物は、ととのうことで魔力を増幅させるそうだな?」


 その通りだ。魔力を持つものなら、全身の血流と同時に魔力の流脈も拡張し、普段以上の力を発揮することができる。勇者である俺は、その上昇幅が凄まじいに過ぎない。


「ならば、俺もととのわせてもらうぞ――」


「魔神様がサウナを楽しむっていうのか?」


「そういうことだ。そして、ととのった状態で貴様を倒す」


 なんというありがたい――いや、おめでたい展開。だが、機嫌を損ねてはならない。慌てる姿を見せてはならない。俺は余裕の笑みを浮かべながら言った。


「へっ……。俺を殺す絶好のチャンスを逃すことになるぜ?」


「構わん。お互いがととのった後、正々堂々と殺りあおうではないか」


 ――なるほど、魔王軍にも、かような武人がいたか。


 サウナのルールを守り、強者としての誇りを失わず、真正面から戦う。こいつは侮れないと思った。マナーを護りしモノが、サウナを制する。こういうタイプこそ、ととのいやすい。最高の瞬間を手に入れやすい。


「いいぜ。だが、おまえは後悔することになる。勇者のサウナ力を見くびるんじゃねえぞ――」


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