第3話 魔人ヴァルディス

 観光国家ラングリード。


 温泉の素晴らしさを世に広めたという功績と希少性、重要性から、資金面、軍事面において、他国は喜んで支援してくれる。中立的な立場でもあるので、サミットなどもこの地で行われることが多い。


 問題があるとすれば、重要であるがゆえに、魔王軍の脅威にさらされやすいことだろうか。


 勇者ベイルが滞在しているということも理由に挙げられるだろう。魔王軍は、ラングリードを陥落することで、人間の戦力を大幅に低下させることができると考えている。


 そんなラングリード地方の森の中。イサルディア砦に、魔王軍の幹部――ヴァルディスがいた。


 玉座にて、彼は厳しく奥歯を噛む。


「まさか、あのダークドラゴンですら、勇者ベイルに敵わぬとはな……」


 魔人ヴァルディス。身の丈2メートル。肉体は褐色の筋肉の要塞。『五大魔将』と呼ばれる魔王軍の幹部のひとりだ。


 この度、魔王からラングリード地方の制圧を命じられていた。


 先兵として、ダークドラゴンを向かわせたのだが、あっけなく敗退。ベイルの能力を知ることはできたものの、貴重な戦力を失ってしまい、歯がゆい思いをしていた。


「ははぁ! ベイルの力は凄まじく、まるで相手になりませんでした。奴がいる限り、ラングリードを落とすことは難しいかと……」


 配下のゴブリンが、見てきたことを報告する。


 ダークドラゴンは相当強い。ヴァルディス自身が戦っても一筋縄ではいかない。だが、ベイルは無傷で勝利してしまった。


「奴を投入したにも関わらず、戦果はナシ……か」


「い、いやその……勇者ベイルが現れるまでに、町に被害を与えることができました。少しは騎士団の戦力も削ぐことができたかと……」


「どういうことだ?」


「よくわかりませんが、勇者が到着するまで1時間ほど要したのです」


 ――1時間のタイムラグ。


 奴は、それまでなにをしていたのだ? 騎士団の連中が蹂躙されていくのを、指を咥えて眺めていたというのか?


 ――まさか、あの噂は本当なのか?


 遠い昔、魔王を封印した勇者ヘルキスは『サウナ』の勇者だと言われている。それがなにかはヴァルディスは知らないが、おそらく儀式のようなものだろう。


 サウナを行うことで、勇者ヘルキスは真の力を発揮したらしい。ならば、その血を受け継ぐベイルも、似たような能力を兼ね備えている可能性がある。


 ――ならば、その儀式が終わる前に決着を付ければ……。


 情報を集めた方がいいだろう。

 サウナ勇者には、おそらく弱点がある。


「ゴブリン。すぐに魔王城へ使いを出せ。勇者に関する書物をすべて持ってくるように言え」


「ははッ!」


     ☆

 

 翌日、俺は騎士団長たちの集まる会議へと出席。円卓を囲んで、メリアを含めた偉い人たちが列席している。


「それでは、先日の魔龍についての対応に関しての会議を始めたいと思います」


 会議を仕切るのはフランシェ・ラングリード。


 氷のように透き通った銀髪。紅の瞳。物静かで華奢だが、漂うオーラは高貴ながらも勇ましい。というのも、彼女は我が国の第二王女。


 本来であれば、王に相応しい特別な教育を受けるところ、それを拒否して民間の学校へと入った。その後は、士官学校の道へと進み17歳の若さで、第一騎士団のを務めている。


 同時に、すべての騎士団を総括する立場でもある。つまり事実上、軍事においての最高司令官だ。この場の支配者とも言えるだろう。


「まず、メリア第二騎士団長。昨日の報告をお願いします」


 防衛に携わっていたメリアが、資料を眺めながら述べる。


「はい! ――魔龍との一戦、我らが第二騎士団の主導にてベイルくんの警護と、町の防衛に当たらせていただきましたが、不甲斐ないことに町に被害をもたらしてしまいました。まことにもうしわけございません」


「相手が魔龍だったということを考えれば、仕方がないことかと思います」


 うん。フランシェの言うとおりだ。誰が指揮を執っても、少なからず被害は出ていただろう。


「その際、大臣が勇者ベイルくんのサウナを邪魔をするという事件が発生。現在、裁判の手続き中であります。死罪か無期刑かのいずれかになるかと思います」


「おそらく死罪となるでしょう」


 フランシェが深く頷きながらそう言った。


 ……うん。やり過ぎだと思う。大臣も、国のことを思ってのことなので、さすがに死罪にするのはかわいそうだ。


「いいよ。無罪放免にしてやってよ」


 と、俺がフォローする。たしかに、奴が邪魔したら、町は壊滅していたかもしれないけど、とりあえずなんとかなったわけだし。


「いえ、あれは国家転覆に類するので、不問というわけにはいきません」


 真面目な顔してフランシェが告げる。


「じゃあ、勇者特権で」


「勇者特権……?」


 フランシェの眉がピクリと動いた。


 勇者特権とは、国を救うレベルの貢献をした時にいただける恩賞である。自由に願いを叶えてもらえる権利のことである。


 これまで何度も国を救ってきたので、ストックがあるはず。昨日の一件で、さらに増えたんじゃないかな。少なくても4、5回は残っているのではなかろうか。


 叶えてもらえる願いは、法律をも凌駕する。出世もお金も思いのまま。政策に対しても口を出すことができる。


 さすがに王になりたいとか、そういうのは無理だろうけど。これまで一回しか使ったことはない。その時は兵舎にサウナをつくってもらった。


 で、なぜフランシェが難しい表情をしているかというと、勇者特権などという凄まじい権力を、大臣などという軽薄な反逆者に使われるのを良く思っていないからだ。


 勇者特権は、国の方針さえも変えることがある。実を言えば、俺とフランシェは仲が良いので、なんか国で困ったことが起こった時に、勇者特権を使ってもらおうとか、そんな風に考えているのだ。たぶん。


「……わかりました。この程度のことで勇者特権を使う必要はありません。大臣の件に関しては、私の方から口添えをしておきます」


 ほらね。

 そんなわけで、大臣の命は救われる。

 メリアが次の議題へと進める。


「では、次にですが、この国の防衛に関して、改善を求めたいと思います」


 メリアが提言すると、フランシェが問う。


「具体的にどのような改善を?」


「まず、ベイルくんが、より快適にサウナをご満喫できるよう『鋼鉄のサウナ』の建築を進言いたします」


「鋼鉄のサウナ……? ……ですか?」 


 ……うん? メリアは何を言っているのだろう。


 フランシェのみならず、他の騎士団長の面々も訝しげに彼女を見る。


「我らがラングリード騎士団の役目は、ベイルくんがととのうまでの時間を稼ぐことであります。例え、私たちが全滅しようとも、ベイルくんさえ生き残れば、逆転は可能。ならば、サウナの外壁に鋼鉄を使い、少しでも時間を稼ぐことが定石と言えます」


 大真面目に語るメリア。

 空気が張り詰めた。


 俺は、恐る恐る言葉を滑らせる。


「あの……そこまでしなくてもいいんじゃないかな?」


 サウナが戦局を左右しているのは事実だけど、だからといって、そこまで過保護にしなくてもいいと思うの。


 ざわつく騎士団長たち。


 フランシェがゴゴゴゴと気迫いっぱいに、メリアを睨みつける。しかし、メリアも負けてはいなかった。あたかも自分は間違った提案をしていないと、まっすぐにフランシェを直視している。


 ――バンッ!


 フランシェが掌で机を激しく叩いた。


 そして、こう言ったのだ。


「鋼鉄のサウナなど、まったくもって軟弱! そこは、オリハルコンでしょうが!」


「は?」と、俺は間の抜けた一文字を落とした。


「鋼鉄では危ういと?」と、メリア。


「当然でしょう。ダークドラゴンの実力を見れば、鋼鉄など紙くずも同然! もっと強力な金属を使うのは当然の理屈でしょう!」


 うん、フランシェもアホだった。いや、真面目を貫きすぎて極論を語っている。たしかに、戦争の要は俺だけど、やり過ぎだ。


「しかし、そうなるとオリハルコンは高価すぎて予算がおりないのでは? いかにフランシェ様とはいえ、そこまでの予算を引っ張ってくるのは……」


「む……たしかに。ならば、こんな時こそ勇者特権を使っていただくしか……」


「待て待て待て、俺は大丈夫だから、もっと騎士団が楽に防衛できるようなシステムに力を入れようぜ。怪我人がひとりでも減らせるようにさ」


「ベイルには、なにか案があるのですか?」


 フランシェが問うた。


「奇抜なアイデアも大事だが、それよりもきちんとした戦力配置が大事だ。そうだな――こういうのはどうだ――?」

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