第24話 お説教
昨夜も静かな部屋で長い長い夜を過ごした。
気持ちの晴れないままダイニングルームへ向かい、一歩踏み入れたところで気づいた。
ケネス様はどこ?
いつもなら、わたしよりも先に着席して手を組んで待っておられるのに。
そんな疑問を抱きつつも執事に椅子を引かれてしまっては座るほかない。
定位置に着席してソワソワしながらケネス様を待つ。
しかし、どれだけ待ってもケネス様は現れず、ついにルティ様がやって来られた。
ルティ様はいつも不規則な時間にダイニングルームへ入室される。最近では彼女が着席することが朝食開始の合図となっていた。
「おはようございます、アンねぇ様」
「おはようございます」
前菜から順番に料理が運ばれてくる。
わたしは我慢できず、ルティ様を含めたこの場にいる全員に問いかけた。
「ケネス様はどこでしょう? 何かご存知ですか?」
誰も答えてくれない。
質問への返答を持ち合わせていないのか。それとも、わたしが嫌われているのか。
ここまで露骨だとへこむわ。
「野暮用だそうですわ」
ルティ様!
気を遣わせて申し訳ありません。
わたしにお声がけしてくださるのはあなた様だけです。
「……野暮用」
つぶやいてから気づく。
ルティ様はケネス様から「野暮用があって明日の朝食には同席できない」と事前に教えてもらっていたということよね。
わたし、聞いていないけど。
ルティ様は妹君だから。
わたしはまだ婚約者なので。
妻でもないただの同居人に明日の予定を伝える必要はないものね。
でも、ケネス様は「教育の予定を教えて欲しかった」なんてことを以前、おっしゃっておられましたけどね。
自尊心を守るために必死になっているわたしと違って、ルティ様は雑にフォークを持って食事を始められた。
「……愛される価値はあるのかしら」
誰にも聞こえないほどの小声でつぶやいてしまった泣き言。
ルティ様が持っていたフォークがテーブルに置かれ、小さな音が鳴る。
その瞬間、まるでダイニングルームだけが現実世界から離別してしまったかのような、言いようのない圧迫感と重圧感に包まれた。
「弱音を吐きますの?」
まるでナイフのように鋭い瞳がわたしを突き刺していた。
普段はふわふわしていて掴みどころのないルティ様。しかし、今の雰囲気とあの目は兄であるケネス様とそっくりだった。
「お兄様は我慢しているのに? それはルール違反ではなくて?」
わたしの胸を突き刺して、抉る。
あまりにも暴力的で、殺気を隠そうともしないルティ様を目前にして冷や汗が流れた。
「お兄様はかつて一人の少女によって、人前では弱音も本音を吐けない人格破綻者にされました。その呪いは今でも続き、やっとまともな人間に戻れそうだったのに」
ゴクリと喉が鳴る。
「あなたから約束を
ケネス様と違って、微動だにしない瞳が恐ろしい。
普段は虫も殺さないようなルティ様だからこそ余計にそう感じた。
「わたくしが勝手なことを言うときっとお兄様は怒るでしょうが、この際どうでもいいですわ。ウィリアンヌ伯爵令嬢、あなた以外にお兄様の婚約者は務まりません」
ご存知ですか? とルティ様。
「お兄様は数々の縁談を断っているのです。あんなでもユミゴール公爵家の嫡男ですから、両親としてもいつまでも独り身にさせておくのは忍びないのです。お兄様はお優しいので一度はどこぞの着飾った貴族令嬢とお会いされますが、結局は断ってしまわれます。
ケネス様はわたし以外の人とは比較的、普段通りにお話しされる。
それはセラのような侍女であっても執事や店員さんでも対応は変わらない。
わたしにだけ心の内を見せてくれない。
「ウィリアンヌ伯爵令嬢は特別なのです。お兄様がいかにあなたを好いておられるか、お気づきですか?」
知っているわ。
わたしは毎晩のように愛の言葉を盗み聞いているもの。
それでも、信じようとしないだけ。
「他の令嬢が俺の気を引こうと空回りする中、ウィリアンヌだけは俺の心を掌握している、と。欲しい時に欲しい言葉を投げかけ、それでいて近付こうとすれば離れてしまう。俺を翻弄し続ける蝶のようだ、と」
ルティ様は呆れた表情でジェスチャーを交え始める。
「そんな砂糖を撒き散らしたような文章を羊皮紙20枚に渡って細かい文字で、びっしりと埋められているのですよ。毎回、こんなにも分厚い封筒が届くのです。何度、開封せずに燃やしてしまおうかと思ったか」
それは気の毒だわ。
わたしはケネス様の愛の言葉も、一人反省会もベッドの上で背景音楽として聞いているから良いものの、あれを文章で読まされるのは……ちょっと……遠慮したいかな。
「とにかく、あなたはもっと自分に素直になって、物事をあえて曲解する癖を直した方が良いと思います」
すごく刺さるわ。
歯を食いしばっていなければ、涙があふれそうだった。
バンッ! と扉が乱暴に開け放たれる。
これまでダイニングルームの中に充満していた黒く、辛気臭い空気を一掃するように風が吹き抜け、わたしの髪を揺らした。
「愛される価値がない? 笑わせないでくださいませ。愛していなければ、夜中に侯爵邸に乗り込むわけがないでしょう。ね、お兄様」
わたしの視線の先には肩で息をするケネス様。
その手には
「これがウィリアンヌの大切な物で間違いないか?」
伸び切った糸が切れるように。
わたしの涙をせき止めていた感情のダムが決壊した。
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