第13話 既に手中に
翌朝、わたしは一睡もしなかったというのに、嫌に頭がスッキリしていた。
先日とは全然違う。
むしろ、あの腑抜けていた頃の自分に喝を入れたい気分だわ。
ガチャガチャ、とドアノブが回り切らない音が室内に響く。
この時間なら間違いなく専属侍女のセラでしょう。
わたしは静かに立ち上がり、公爵家にやってきた当初と同じように扉にぴったりくっついた。
「ウィリアンヌ様? セラでございます」
戸惑った声が扉の向こう側から聞こえる。間違いなくセラだ。
鍵をひねり、扉を少しだけ開けると心配そうなセラが顔を覗かせた。
「いかがなさいましたか。ここ最近は鍵をかけておられなかったのに」
「早くお入りなさい。話をしましょう」
小動物のような素早い動きで入室したセラは直立不動のままで、わたしの話を聞く体勢を取った。
「わたしは気を許し過ぎていたようね。セラから見てもそう思う?」
「は、はい。その、以前のようなウィリアンヌ様に戻られつつあり、セラは嬉しく思っていました」
つい先日まで、と悲しげな表情。
「そうね。だから、わたしは裏切られたのでしょうね」
「違います! ウィリアンヌ様は何も悪くありません。あの男に一方的に傷つけられただけでウィリアンヌ様に落ち度はありません!」
「ありがとう、セラ。それでもね、わたしはバツを付けられた傷物で、不用品なのですって」
「誰がそんなひどいことを!」
セラの瞳に疑念が色濃くなったことに気づき、急いで指摘する。
「無礼なことを考えるのはおよしなさい。ケネス様ではないわ」
「も、申し訳ありません」
「わたしはあの頃のわたしに戻ります。セラも気を引き締め直しなさい。ここは敵地よ」
「ウィリアンヌ様の御心のままに」
まるで騎士だわ。
武術の心得は小指の先ほどもないくせに返事だけは一人前なのだから。
思わず、笑みがこぼれた。
わたしがドレッサーの前に腰掛けるとセラはいつも通りの動きで服やメイク道具一式の準備を整えた。
テキパキと身支度が進み、最後に行うヘアセットをわたしは拒んだ。
「今日はこのままで結構よ」
「それでは長い髪が腰にかかってしまいます。痛めてしまうかもしれません。他の髪留めを――」
「一日くらい平気でしょう」
昨日、ケネス様とのお出かけの際に身につけていた髪留めに視線を落とすセラをたしなめ、立ち上がる。
「ありがとう。先に行くから追いかけてきて」
「そうはまいりません。ご一緒させていただきます」
セラは急いでメイク道具を片付けようとしてくれているが、わたしは彼女の手に自分の手を添えて首を横に振った。
「ゆっくり、ね」
セラは聞き分けが良く、察しの良い、聡い子だ。
だから、わたしたちの間に無駄な言葉は不要だと、少なくともわたしは思っている。
一人、バレッタで留めていない髪を揺らしながら廊下を行く。
目的地は裏庭のその先にある焼却炉。
屋敷から出たゴミや伐採した木々を燃やしている場所で、本来であればわたしが踏み入れることのない庭師の領域だ。
「ウ、ウィリアンヌ様⁉︎」
地面に平伏しようとする公爵家の庭師を手で制止ながら焼却炉の前に立つ。
「ウィリアンヌ様、危険です。既に中は高熱なのでお下がりください!」
庭師の言う通り、焼却炉は立っているだけでじんわりと汗をかくほどの熱を発している。その裏にわたしのバレッタが隠されているらしい。
はたしてバレッタは原型を留めているのかしら。
この裏に隠したということはセシリーは盗み出したバレッタを返すつもりも、探させるつもりもなかったということだ。
すなわち、わたしの宝物なら踏み
額ににじむ汗を拭いながら焼却炉の裏を覗いてみる。
しかし、そこには焦げた岩とレンガが積まれているだけでわたしの宝物はなかった。
「……溶けたのかしら」
そうであったとしても何か痕跡が残っているはずだと注意深く観察してみたけれど、熱くてたまらず後退りしてしまった。
「危険です! 綺麗なお顔に傷ができれば一大事です!」
初老の庭師は優しい言葉をかけてくれる。
公爵家に仕える使用人たちは皆が良い人だと信じていた。昨日までは――
「仕事の邪魔をしたわね」
わたしは嫌な女に戻ってしまった。
本当はもっと謝罪の言葉と一緒に労いの言葉をかけたいのに。
でも、今のわたしにそれは許されない。
わたしは再び、傷物令嬢の仮面を被ったのだ。
甘い考えも言葉も捨てなければならない。
落胆するわけもなく、何食わぬ顔でダイニングルームへと向かった。
既に着席しているケネス様に頭を下げて、自分の席に座って背筋を伸ばす。
あまりにも静か過ぎる部屋にはワゴンの車輪を転がす音だけが聞こえていた。
「ほ、本日のアペタイザーでございます」
わたしは無言で出された一口サイズの料理に手をつける。
今日はケネス様の手が遅い。
反対にわたしは運ばれてくる料理を無言で食べ続けた。
ガタンッ!
と、突然のテーブルを叩く音に顔を上げる。
おもむろに立ち上がったケネス様はわたしの元へやってきて、手の伸ばしていた。
朝から屋敷の雰囲気を悪くしているものね。
頬でも引っ叩かれるのかしら。
「あったぞ」
ぶっきらぼうに突き出された手が開かれる。
その中には、ずっと探していたバレッタが握られていた。
「どこに!? ……こほん。ありがとうございます」
窃盗犯の言う通り、焼却炉の後ろに髪留めが隠されているなんて誰も思わない。
それなのにケネス様の手にあるのは間違いなく母からプレゼントされた髪留めだった。
「部屋の扉を閉めろ」
怒気すら感じるケネスの命令に従う使用人によって扉が閉ざされた。
「ウィリアンヌの髪留めを盗み、隠した不届き者がこの中にいる。名乗り出さないのなら全員を解雇する」
「ケネス様!?」
確かに容疑者全員がこの場にはいるが、それはあまりにも横暴な振る舞いだった。
「勘違いするな。こんな雰囲気で朝食を食べるのは今日限りにしたいだけだ」
ケネス様の鋭い瞳が室内を見渡し、最後にわたしの目を捉えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます