第27話 向けられる視線は誰のもの
好きなものは、誕生日、仕事について、いろいろなことを根ほり葉ほり聞かれた。あまり個人的な情報は流したくなかったが、エドワードが目を輝かせながら聞いてくるので、答えないわけにはいかなかった。
「へえ、弁護士なのか」
「またなりたてで、いっぱいいっぱいなんですけど」
「夢を叶えたんだね。とても素晴らしいことだよ。私は生まれたときから人生が決められているようなものだから」
ルカははっとし、先ほどの会話を思い浮かべた。
ロバートはお金を求める女性を否定し、ルカ自身はそんな彼を否定した。気持ちが判らないのはお互い様だ。
「さっきは失礼なことを言ってすみません。あなたはあなたの悩みがあるのに、身勝手な発言でした」
「君が正しいよ。彼女たちはお金持ちの家に入りたいと思うのは当然のことだ。だが私はお金より愛だと言ってくれる人と出会いたいと思う」
「きっと……いると思います」
彼の前では言えないが、もし恋人のエドワードにもルカ自身にもお金がなくなっても、ずっと添い遂げるだろう。これは愛に重みを置いているからだ。彼が求めているのは、そういう人だ。素性を知らずに出会えば、もしかしたら彼が求める愛を手に入れられるかもしれない。
「ねえ、ルカ。今日は泊まっていってほしいな。もっと一緒にいたい」
「エディ……」
「ね? お願い」
「ルカ、私からも頼むよ。エディは君のことが大好きみたいなんだ。君と会いたくて仕方がなかったみたいで、昨日はずっとルカの話ばかりだった」
「……家族に連絡してもいいですか?」
「ああ、もちろんさ。すまないね、無理を言って」
こうも腕を放してもらえないと、頷くしかなかった。
一度パーティー会場を出て恋人のエドワードに電話をかけた。
『もしもし?』
「エド、すみません。今日なんですが、こちらで泊まることになりました」
エドワードは少し言葉を詰まらせている。
『大丈夫?』
「大丈夫って?」
『……いや、こっちの話だ。夜はしっかりと戸締まりをして眠ってくれ』
「はい。エドもちゃんと鍵をかけて下さいね」
『ああ。また明日。愛してるよ』
「っ……僕も、愛しています」
電話で愛を囁き合うのは滅多にしない。電話が切れる直前にリップ音が聞こえ、ここがベッドなら悶えていただろう。今も壁に頭を打ちつけたくなった。
「僕の彼氏……かっこよすぎる……」
スキップしたいところだが、廊下にいる警備員に凝視されてしまったため、なんでもないと装いつつ平然とパーティー会場へ戻る。
「お待たせしました。家族に電話しましたので、お泊まりしても大丈夫です」
「君の部屋は着替えたあの部屋を使ってくれ」
「僕もルカの部屋で寝てもいい?」
これにはルカも戸惑うしかない。エドワードは小さな子供といえど、男だ。ましてやルカの恋愛対象は男性である。
「それはルカを困らせるだけだろう」
「でも……ずっと兄さまがルカとしゃべってるじゃないですか。僕は全然話してません」
エドワードの目は次第に濡れていく。
子供に懐かれて気分は悪くないし、同情心も芽生えてしまった。
「大きなベッドですし、僕は構いません。一緒に寝ようか?」
「やった! ルカ大好き! ねえ、いいでしょう兄さま」
「迷惑をかけないようにね。ルカ、弟を頼んでもいいかな?」
「お任せ下さい」
エドワードは子供であるが、まとわりつくような視線を向けてくる。大人びた彼の目は、無邪気の中に欲を含んでいる気がして、どうしても目を合わせられない。
「……私も一緒に寝ようかな」
ロバートが歌うように呟いた。
「え?」
ルカの声に恐怖が滲む。ロバートはまっすぐにルカを見つめるが、瞳は弟そっくりだった。
「なんてね。冗談だ」
「そ、そうですよね……びっくりしました」
「じゃあ、私はもう少し彼女たちのご機嫌をとるとしよう」
ロバートは一礼し、女性たちの元へ行ってしまった。
「そろそろ部屋に戻ろうか」
「はい。ルカ、一緒にボードゲームでもしませんか?」
「いいね。一緒に遊ぼう」
部屋でボードゲームの準備をしていると、ボーイが食事を持ってきてくれた。飲み物しか口にしていなかったルカは、空腹を虫が知らせてくる。
「ねえ、ルカ。兄さまはね、もうすぐ結婚しなくちゃいけないんです」
「エディは嬉しくないの?」
「優しい人だったら嬉しいです。でも、兄さまは学生時代に好きだった人がいるんです。その人のことが今でも忘れられないみたいで……。クラスの人と撮った写真を今でも机の引き出しに入れてますし」
「そうなんだ……」
「本当はいつもかざっているんです。僕が呼ばれて部屋に行くといつもかざってないのに、こっそり部屋に行ったときは、ベッドにかざってありました」
「ロバートさんが好きな人は、今なにをしてるの?」
「音信不通でわからないんだ。今、むりやり他の人と結婚しようとしてて、兄さまが苦しんでいるのが嫌で……」
「そっか。その人以上に、好きになれる人が見つかるといいね」
「うん……ルカ、兄さまの好きな人になって。そしたら、僕の兄さまにもなれるし」
「僕は男の人だから、ちょっと難しいかな」
「どうして? 今は男の人同士でも結婚できます」
「それはそうだけど……」
嫡男でないとはいえ、ロバートと付き合うのは無理がある。立場や覚悟は当然のこととして、なにより愛する人がいる。
「離れても、エディは僕の弟だよ」
「本当に? うれしいっ!」
今ならエドワードの寂しさも理解できる。兄と遊んでほしい年頃でも、ロバートは忙しい日々を送っているだろう。
「さあ、そろそろ寝ようか」
「はい。おやすみなさい」
眠そうに目を擦るエドワードを布団に入れると、数分で寝息を立てた。
車を走らせながら、ルカが受け取った招待状のことをぼんやりと思い浮かべていた。
文章はコピーされたものであっても、サインは見覚えがある。──ロバート・フランプトン。ハイスクール時代のクラスメイトで、良くも悪くも目立っていた。
親への反発からか、自由になりたい精神からか、彼は悪さばかりする生徒だった。
女子生徒をはべらせ、王のように気取り、放課後はパーティーばかり開いていた。
あまり良い印象がない中、時折こちらに向ける視線の意味を悟りたくなくて、気づかないふりもしていた。
結局、彼とは卒業までほとんど話をせず、別々の道へ歩んだ。
近くの駐車場で車を駐め、エドワードは彼の屋敷の前まで行く。警備員に制止される寸前で止まり、愛しい恋人に電話をかけた。
『ハロー、エド?』
勢い余って電話に出たせいか、ハローがよく聞こえなかった。おかしくて笑ってしまう。
「ああ、迎えにきたよ。ちょっと早かったかな? 今、家の前にいるんだけど」
『僕も準備ができて、ずっと待っていました』
十五分も早いが、彼も待ちわびていたかと思うと、この上なく幸せを感じる。
本当は、送迎はフランプトン家の者にしてもらう手はずだったが、帰りは自分がするといって、譲らなかった。ドライブデートの時間を奪われてはたまらない。
「子供の声が聞こえるね。一緒にいるのかい?」
『はい。昨日の続きで、エディとボートゲームを遊んでいました』
「楽しそうでなによりだ。素敵な時間を過ごせたみたいだね」
『それで、ちょっと話したいことがあるんです』
ついにきた、と身構えるが、
「どうしたんだ?」
エドワードは知らぬ顔で、電話越しに首を傾げた。
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