第24話 守り続けた先へ
隙を見て、ルカはフローリングに置かれたナイフを蹴った。
男はルカを睨んで掴みかかろうとするが、エドワードの持つ銃口が男を的に持ち上がる。
ルカはゆっくりと後退った。
「殺人容疑及び、住居不法侵入容疑で逮捕する」
エドワードが男に言い放つと、廊下から複数の足音がした。警察官たちだと判ると、男はうなだれ反抗的な態度が軟化していく。
ルカは壁に背をつけて、地べたにへたり込んだ。もしルカに何かあれば、エドワードは間違いなくトリガーを引いただろう。血生臭さが仕事であっても、できればそんな彼は見たくなかった。誰も傷つかず、犯人を逮捕できたならそれでいい。
「ルカ…………」
犯人が手錠をかけられて手を引かれていく中、マーサはロープを外され誰よりも先にルカの名を口にした。
「ありがと……」
「無事で良かった」
「君たち二人とも、一度病院へ行こう」
警察官はマーサの背中に手を置き、立たせた。
「僕は怪我をしていないです」
「念のためだ。パトカーで送ろう。その後、少し話をさせてくれ」
もうここにはいないエドワードも、きっと同じことを言うだろう。
ルカも疲れきっているマーサも特に反論せず、無言のまま頷いた。
空高く上がった月がロサンゼルスを照らし、時計を見ると短針が上を向きつつあった。
時刻は二十二時すぎ。警察署を出ると、よく知るワゴン車が目の前に停車している。
助手席に乗ると、エドワードに抱き寄せられるままキスをされた。断る理由もなく、むしろ彼の体温を求めて顔を傾けた。
口内にねじ込まれた舌が熱く、さらに熱を求めて蠢く。
車の外から笑い声と口笛が聞こえた。目を開けて外を見ようとしたが、エドワードに手で目元を覆われてしまった。
「集中して」
エドワードは普通に言ったつもりの言葉でも、ルカの心は激しく揺れた。
車の中で人に見られる場所であり、そんな趣味はないのに今すぐにでも押し倒してほしいくらいだった。
「エド…………」
「ホテルに行きたいんだけど、どう?」
なんの捻りもない、魅力的なお誘いだった。断る理由もなく、ルカは首を縦に振る。
「今日は近くのホテルで泊まりにしよう」
「僕も……それがいいです」
むせかえるような熱を帯びた身体は、柔らかな布団の前で屈伏した。逆らえなかったのだ。
途中までは記憶がある。エドワードに誘われるままに入ったホテルでシャワーを浴び、ベッドに押し倒されたところで記憶がないのだ。
隣で今も眠る彼は、つついたところで起きる気配もない。
下着も身につけているし、こっそり潜ってエドワードの身体を確認するが、脱いだ様子もなかった。
時刻は朝五時。お腹が空腹だと訴えている。テーブルにはサンドイッチが置かれていて、布団を抜け出すかどうか究極の選択を迫られた。しかもミルクティー缶まで置かれている。
天秤にかけた結果、ルカはベッドを這い出した。ぬくもりは空腹を満たしてくれない。
パンはパサついている。昨日のうちにエドワードが買ってきたようだ。ゴミ箱の中には同じサンドイッチの袋が入っている。
温くなったミルクティーで流し込んでもう一度ベッドに入ろうとしたら、横になるエドワードと目が合った。
「おはよう。リスみたいで可愛いよ」
「リス?」
「頬が膨れていた」
「昨日の記憶があやふやなんですが、もしかして何もしないまま寝ちゃいました?」
「ああ。でも俺も疲れて限界だったんだ。一緒にシャワーを浴びて、ベッドで君とくっついていたらそのまま、ね。その後お腹が空いて、コンビニへ行ってきた」
「昨日はすごい一日でしたよね」
「君はなぜマーサの家に?」
穏やかではあるが、咎めるような言い方だ。
ルカは内心苦笑いしつつ、爆弾事件からの流れを話した。
「図書館に置かれた爆弾だけど、偽物だったんだ。時計を改造して、見た目が爆弾かのように見せかけたものだった」
「そうだったんですか……本物じゃなくてよかったです」
「まったくだ。けど、何かあったら昨日みたくすぐに通報してくれ」
「そうですね。最近はロスで事件が立て続けに起こってますし、模倣犯も出てくる可能性だってありますから。マーサのストーカーはどうなりました?」
「ほぼ自供しているよ。爆弾を置いたことも、マーサ宛にプレゼントを送り続けていたことも。マーサからもらったプレゼントを預かっていたんだが、男の指紋が検出された」
「なら、事件は解決しそうですね。これからはあなたとゆっくり過ごせるでしょうか」
「そう願いたいね。たまには平和なアメリカを体験してみたいものだ」
「それと……昨日は助けてくれて、ありがとうございます。マーサの家の鍵が開いていて、大きな物音がしたので中へ入ったんです」
「それで鉢合わせのか。家の外で待機していたんだが、君の声が聞こえてきて気が気でなかったよ」
大げさに広げられた逞しい腕に包み込まれた。
男を感じさせる体臭とボディソープの香りが混じり、身体の芯が悦びに満たされる。恍惚とした気持ちをもっと味わいたくて、足も絡めた。隙間が憎くて仕方ないほどに、一ミリの間も空けたくない。
「平和だ……実に平和だ。銃声が聞こえずに君に抱きしめてもらえるなんて、幸せすぎる」
「時間が許す限りごろごろしましょ」
角張った手が背中に入ってきた。いつもならズボンの中に下りてくるが、子供をあやすような手つきで何度も動く。
朝から互いに盛ることもままあるが、今日は可愛がりたい気分らしい。
「ルカ…………」
代わりに彼の頭を撫でてみると、エドワードはうっとりと目を細めた。
「俺がくっつき虫になりそうだ」
「思う存分くっついて下さい。あなたは忙しいから、こうしている時間は贅沢です」
「確かにそうだな。俺が休みとなると、ルカはテスト期間に入ったりと忙しい。来週こそふたりで旅行……」
突然外で乾いた音が連続で鳴り、隠れるより先にエドワードに抱きしめられた。
外では叫び声が入り混じり、車の急ブレーキの音も聞こえる。
数十秒という短い時間ではあるが、何倍も長く感じられた。
「エド……」
「ルカ、すまないがここで待機してくれ」
「行くんですか?」
「通報する。だが立場上、ホテルを出ることになると思う。……そんな顔をしなくても大丈夫だ」
「気をつけて下さいね」
よほど悲惨な顔をしていたのか、エドワードは顔中にキスを降らせてくる。
五年後の世界、十年後の世界も、きっとロサンゼルスは変わらない。銃社会の末路は、誰でも簡単に引き金を引いてしまう。
「あなたが引き金に手をかけるときは、誰かを守るときだと思ってます」
銃は命を奪うものか守るものか、決着のつかない論争だ。
それでもルカは命を奪うためではないと、言葉を選んだ。
エドワードは驚いた顔になるが、すぐに穏やかな笑みを見せ、直視を避けた。
瞳は潤んでいるように見えた。
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