ネオ・ショートストーリー集

鏑木レイジ

第1話春風を斬る白馬

 とある国に白い馬に乗った王子がいた。彼は旅の途中で、休憩をしていた。森の奥にある岩陰にいた。馬を樹につなぎ、革袋から水を飲み、干し肉をかじっていた。

 すると物陰から、一人の男が現れた。

 その男は、黒いフードを被り、チェインメイルに身を包んで、腰に帯びた剣を引く抜いた。

 と、雷鳴が不意になる。

 王子は、はっとして、背後をうかがった。

 フードの男は、剣を引き抜いたまま、固まった。

 瞬間、空に目をやり、鼻をすっと触り、王子は素早い身のこなしで、腰を上げると同時に、背に負った剣を引き抜く。

 瞬く間に空は暗くなる。

 王子とフードの男は、睨み合う。

 熾烈な視線の決闘。

 王子は、背中に、いやな汗をかく。革袋の重い油のようなにおいが鼻の奥に残っている。

 と、雷鳴が大きな音を響かせた。まるで神の怒りのごとく。

 桜の樹が揺れる。

 ふるふると、はらり、舞い散る桜の花びら。

 風が吹き始める。

 朗々と大風が、まるでオペラ座のテナー歌手のように歌い出す。

 風がさらに強くなり、くるりくるりと、さらさらと、王子とフードの男の周囲を取り囲み、踊るように舞い始め、ピンクの嵐のごとく、視線さえ届かないような、煙のように、桜が乱れる。

 ざあっと雨が降り出す。

 桜の花びらは、押さえつけられ、虐げられるかのように、地に落ち、雨だけが、歌う。

 ざんざざん、歩を詰める、ぬかるみからの、地をける一撃。

 斜めに一閃。

 フードの男は、身をひるがえし、素早く、背後に飛び移る。

 フードが取れて、岩陰に乗り、見下すように、暗い視線をぶつけてくる。

 視線の交錯。

 眉をひそめる王子は、身構えた。

 岩の上から、とびかかり、フードの男が、一閃。とその瞬間、雷に打たれる。

 王子は戦慄に身を焦がせる。そのまま絶命した。

 フードの男は、逃げ去った。

 王子は、永遠の眠りについた。美しいプリンセスの夢を見ていたのかもしれない。

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