第二刀 相部屋だぞ! オトギ!
「マグロ君。もうズボン履いて良いですよ」
「いや、駄目だ、俺にはもっと罰が必要なんだ!」
そう訴える犬上マグロの尻は目も当てられないほど赤く腫れていた。揺れる真っ赤な桃を見て、三宝界オトギは心の底からの言葉が漏れ出た。
「キ、キモすぎる……」
――こうして、美少年たちの春が始まったのだ!
☆
保健室での過激なプレイを経てから、すでに時刻は夕方に差し掛かっていた。
その暗い部屋で、ジジー……という駆動音と共にモニターのスピーカーから音声が流れる。
『――最後に、犬上家に代々伝わる武器のレシピをお前に教えよう。俺が美少年だった時によく生成していた日本刀──
「……」
薄いピンクの唇を結び、マグロは再生を止めた。
――パチン
「マグロ君、もう部屋にいたんだ」
部屋に電気が灯る。と同時に、いつの間にか開かれた部屋の扉から顔を出したのは、今朝方マグロの尻を鞭で打ちまくったあの三宝界オトギであった。
「オトギ……? もしかして君が相部屋なのか!?」
「ひっ、目が怖いよ……寮暮らしの生徒はちゃんと説明受けてたでしょ、入学説明資料ちゃんと読んでる?」
「うっ、そ、そんなことはどうでも良いじゃないか。こうしてまた巡り会えたんだ。君とはあれからずっと話してみたいと思っていた」
「えぇ、あんな最悪なエンカウントで? マグロ君ってもしかして結構頭おかしい……?」
キンッ!
「ひっ、なんでいきなり刀を? 一体何処から……」
「これが俺の異能力『
「なんか手間のかかるスキルだね……でもなんで今それを」
「相部屋なら能力を見せ合っておくべきだろ? さあ、オトギ。見せ合いっこしようじゃないか――」
「ち、近づくな!」
「うごぉっ!?」
マグロが両の手を広げて近づいた時、すかさず彼の右胸に向かってオトギの蹴りが炸裂した。
「は、肺はよくないよぉ……オトギ君……ッ!」
「はぁ、はぁ……異能をお互いに晒すなんて、そんなことできる訳ないじゃないですか」
「あ、ああ。いきなり見せ合いっこは恥ずかしいよな。なら俺のをじっくり見てからでいいから――」
「ぎゃああーー! 気持ち悪いーーっ!」
「俺の刀があああ!!」
宵闇に深みが増し、健全な美少年たちはとうに床について然るべきその頃。マグロとオトギの部屋では金属が子気味よく割れる音が響いた。
☆
「おはようございます、マグロ君」
「むにゃむにゃ……そりゃ悪手だ、オトギよ……むにゃむにゃ」
「うわ……会って一日で僕を夢に出してる……気持ち悪い」
小鳥がさえずり、新たな一日を知らせる涼し気な朝。
ビブリアント学園での始業開始日は明日のことだったが、寮暮らしの生徒であればその前にいち早く施設を堪能することができる。
オトギ少年は胸を弾ませ、今日は学園内を見て回り、堪能し、友達を作ろうと心躍らせていた。そのはずだった。
「はぁ、この男のせいで、僕は……」
頭を抱える少年は、朝日に照らされてもなおその物憂げな表情が誤魔化されることは無い。朝いちばんについたため息はからっぽな味がした。何か飲み物でも喉に通そう、と室内の冷蔵庫をあけようとした時、ふと視界に映った共有モニターに気が付く。
「そういえば昨日マグロ君が何か見ていたような」
好奇心のままにモニターに近づき、再生履歴を遡ってその履歴を探した。
「あれ、どこにもないな……履歴が全部消えてる」
オトギはそれならば、と眼を光らせてモニターを凝視した。すると、彼の視界ではみるみるうちに見るべきファイルが選定され、覗くべき箇所が『理解』できてゆく。
「ああ、こんな所に隠していたなんて。なんでただの動画ファイルなのに何層もフォルダを介して置いてるんだろう……も、もしかしてエッチな……!?」
オトギは一度躊躇したが、背後を振り向いてマグロがまだ夢の中にいるのを確認すると、イヤホンを使用してその映像を確認した。
「べ、別にそういうのを期待している訳じゃないけど、一応同居人としてね……」
はやる気持ちを抑えながら、震えた手で再生のボタンを押した。そして間もなく映像は流れ始めたのだが、それはオトギの想像していた内容とは全く違うものだった。
『入学おめでとう。お前が無事にブリリアント学園に合格できたこと、お父さんは一生誇りに思うよ。菊ノ門小でも成績優秀だったし、お前はきっと立派な、世のため人のための美少年になれると信じているぞ。寮暮らしで寂しいかもしれないが、たまにこうしてボイスメッセージを送るから。――最後に、犬上家に代々伝わる……』
画面に映るその成人の男は、犬上マグロと雰囲気の似通った人物だった。しばらくして口惜しそうに男がカメラを止めたかと思うと、映像もそこで終了する。
オトギは、これはきっと彼の父親からのメッセージなのだと推察した。であればこれを覗いたこと自体がとても野暮なことであり、すぐさま彼がしたように、履歴を消して誰からも秘匿にすべき事案である。
「か、隠さなきゃ。こんなプライバシー侵害みたいなこと――」
「ふああ、おはようオトギ。そこで何してるんだ……?」
「ぎくぅ! な、なんでもないですよ!」
間一髪、オトギがイヤホンを外して映像を隠し終えたと同時に、マグロの起き抜けの挨拶が聞こえてきた。彼の焦り様をみたマグロは、すぐさまお得意の邪推を始める。
「はは~ん、さてはエッチな動画を見ていたね?」
「は、はあ!? そんなの見てないですけど!」
「目が泳いでいるよ、オトギ。君は嘘を吐くのが下手なようだ。怒らないから教えてくれないか? 朝いちばんで君を興奮させたのは一体どんなジャンルのどんな映像なんだい。ビブリアント学園のフィルタリングを潜り抜けて、いったいどんなエロサイトを覗いていたんだい。いや、もしくは直接エロビデオを持ち込んだのか!? DVDでもビデオテープでも構わないぞ。デッキなら俺が持参してきているから、とにかく、是非一緒に見ようじゃないかオトギく――」
「ぎゃああ! キモすぎるぅーー!」
「グベハッ!」
オトギによる強烈なボディブローは、鈍い音でマグロの腹に沈み込んだ。その日は騒々しさに小鳥が逃げ出す、うららかな春の朝だった。
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