美少年と日本刀。
泡森なつ
第一刀 咲いて乱れよ美少年
【美少年】 びしょうねん Beautiful Boy
:顔かたちの美しい、あるいは可愛らしい少年・男児を指す。
――また青年期の間のみ超人的な身体能力、異能力を持ち、古来より神の代弁者として崇められてきた存在。
鉄を溶かす灼熱、空気を凍らす氷冷。瞬間移動、重力操作、時間操作……などなど。これらを操る超自然の申し子たち。
それこそが『美少年』である。
「ビブリアント学園校歌、斉唱!」
萌える山の豊かさに やまとおのこの太ももよ
あれが真の雄々しさと 引き締まった尻を見て
ああ ビブリアン 男の花園
ビブリアント学園
ピアノの弾むような音色に、生徒たちは各々でリズムを取りながら、小さな喉を震わせて歌う。
20XX年――春、日本某所。都会の真ん中で豪華絢爛な校舎を構える美少年だけが在学する学校『ビブリアント学園』は今日、入学式を迎えていた。
麗しき美少年たちを祝う春風は暖かで、舞う桜は彼らに負けず劣らず美しい。しかし、そんな平和なビブリアント学園に一人の美少年が現れた。
「はぁ~、俺も美少年が歌うところ見たかったぜ」
万が一にも遅刻する者、不法に侵入する者が居ないかを見張る為だけに、新人指導教員の男は校門前に立っていた。
「門締めて見に行こうかなぁ。そしたら不審者も遅刻する奴も来ないだろ……」
ブゥゥゥン……
「な、なんの音だ?」
サボりを画策し実行に移そうとスライド式の大きな門に手をかけたその直後、どこからかエンジン音が鳴り響く。
ブゥゥンッ、ブルン、ブルンッ
「ま、前から原付がっ!?」
正面に現れたのは、原付バイクを乗りこなす、ヘルメットとサングラスをつけた少年だった。指導教員の男はその不審者にとっさに身構えて、すぐさま門を締ようとする。キュルキュルキュルと鉄の鳴く音がした。正面から突撃するバイクもそれに気付いているはずだが、一向にスピードを落とす気配がない。
「待て、待て待て待て! 止まれ、止まらないと死ぬぞーッ!」
男は敷地内から、外の少年に向かって警告した。目測でも時速50キロはゆうに超えているだろう。
『マズイ、このままだと……!』
ブルゥン!
「うおわあ!」
ハンドルが捻られ、バイクが加速する。男によって締めかかっていた校門の隙間を、原付バイクが見事走り抜けたのだ。
ズアアァッ
校門を超えた先で派手なドリフトを行い、見事停車。男はようやくバイク少年の姿を見た。
「き、君……その学ランはうちの制服じゃないか!」
少年はビブリアント学園指定の制服を身に纏い、腰には日本刀を携えていた。男の言葉のあと、少年はすぐに言葉を発さずに、まずは礼儀正しくヘルメットとサングラスを外す。
「先生、申し訳ありません。遅刻しました」
「お、おお……! ゴクリ」
男は思わず言葉を飲んだ。まず驚くべきはその美貌。大きな瞳にチャーミングな泣き黒子。そして端正ながら凛々しさと同時に可愛げのある鼻と口元。綺麗に整えられたボブカットヘアーは、顎まである長い黒髪のツヤを最大限に際立たせている。黒ぶちの眼鏡は学ランと相まって、あどけなさが表現されていた。
言わずもがな、それは美少年であった。美少年
「にゅ、入学式でいきなり遅刻とは良い度胸じゃないか。君、名前はなんだ!」
すぅ、と小さな口が息を吸って、堂々と名を名乗る。
「
「な、なぜ遅刻した。言い訳してみろ!」
美少年、犬上マグロは自身のポケットをまさぐって、男に差し出した。
男が渡されたのは――
「タンポポ……?」
「ええ」
「なぜこれを――」
「道中見つけてしまったものですから、つい……」
小さな唇を尖らせて、男が手に持つタンポポの綿に向かって「フッ」と息を吹いた。その息は微かに男の指に当たる。
「ふふっ、綺麗でしょう?」
儚げに開いた瞼が、風に乗った綿毛の行く末を見届ける。そして満足したのか、綿毛が見えなくなってからもう一度「うふふ」と男に微笑みかけた。
「びっ……」
「うん?」
「び、びび、美少年だあーーッ!!」
バタンッ
もはや男の視神経は、美しさのあまりに『春を楽しみ植物と戯れる無邪気な美少年』を正しく認識できなくなってしまったようだ。「美少年だ」――最後の力を振り絞りその言葉を叫んだ後、男は泡を吹いて倒れてしまった。
「……ビブリアント学園は義務教育の最終戦線でありながら、君達優秀な『美少年』が最も美しい花を咲かせる少年の花園だ。心躍るような楽しいこともあれば、辛酸を
金色の髪に鮮やかな赤眼を煌めかせて、体育館の壇上で全校生徒の視線を一身に受ける一人の美少年がいた。
「それでは改めて。入学おめでとう、美少年たちよ」
「以上。二年生徒会会長、
パチパチパチパチ……
パチパチパチパチ……
――バァンッ!
「……何?」
獅子王スバルを称える万雷の拍手を切り裂いたのは、体育館の重たい引き戸を勢いよく開けた音だ。
「……獅子王スバル」
「誰かな、君は」
カチャッ
その者は腰に携えていた刀に手をかけ、身構えた。それは居合の構えである。
「犬上マグロ。今年から入学する一年だ。校則に従い、生徒会長の座を賭けて『グロッサム』を申し込む!」
「へぇ、入学早々この僕に……面白いじゃないか。君は何を賭けるのかな?」
バシュンッ
「――命だ」
マグロは地面を蹴り、一瞬にして生徒会長獅子王スバルの目の前まで間合いを詰める。しかし、それでもまだスバルは微笑むのを止めなかった。
「いいね。でもまだ入学式終わってないからさぁ――」
「関係ない……!」
「『
マグロが上半身を捻って、スバルを横に両断しようと切りかかる。しかしそこには既にスバルの姿はなく、空振りに終わってしまった。
「なんだと……!?」
「カイト! 相手しといて」
「……あい」
「んなっ――」
ズゥンッ……
「ぐあああッ!」
空ぶりによる意識の乱れが隙を生んだ。スバルの呼び掛けに応じた白髪の少年カイトが突如目の前に現れて、マグロがその姿を認識したのも束の間のことだ。カイトの正面には半透明の巨大な盾が出現し、それによってマグロは体育館の床に叩きつけられてしまう。
ミシミシミシミシ……
「ぐおおおお……ッ!」
「代理決闘でいいかな? 僕も忙しいんだ」
「舐めるなよ……俺と戦えッ!」
「はぁ。死なない程度に潰していいよ、カイト」
スバルの指示の後、カイトは面倒そうにため息を付く。そしてハイライトの消えた虚ろな瞳をマグロに向けてから、ググッと力を込めた。負けじと力で押し返すも、後ろでバキバキバキ、と床の破ける音が聞こえた。マグロの脳裡に過った言葉は――「圧殺される」。
「クソオオオオッ!」
ブチッ
必死の抵抗も空しく、美少年犬上マグロの意識はそこで途絶えてしまった。
◇
「……んん」
「お、起きたかい」
「ここは……いっ、イデッ!」
目が覚めると、まず見えたのは真っ白な天上。ぼやけた
「おいおいおい、君の傷はまだ完全に癒えていないよ。自分が何をしたか覚えているかい? ヤンキー君」
辛うじて動かせる首を捻って、ようやく声の主を目で捉えた。それは白衣の下に黒いシャツ――どこかで見たことのあるロックバンドのロゴがプリントされている物――を着ている、茶髪セミロングの中性的な保険の教師だった。発する声も、男性か女性か迷わせる中性的な声色だ。
「私のことはサキちゃんって呼んでね」
「サキちゃん先生……俺、どうなったんですか」
「むっ」
維持でも先生を付けられたことに頬を膨らませながら、サキちゃんは仕方なく説明をする。
「君は学園最強の美少年、獅子王スバルにグロッサムを挑んだものの、全く相手にされずすぐさま側近の井ノ宮カイトにボコボコにされて粉々になっちゃったのでした。ま~美少年だから身体は再生してるけど、いやホントそこまで形を治すのに苦労したよ」
「貴方が直してくれたんですか、ありがとうございます……」
「ちなみに刀までは治せなかったよ。ごめんね」
「あぁ、これは自分で作った奴なので——」
キィンッ
光と共に刀が生成され、マグロの手に収まる。それはしっかりとした質量と硬度を持った、本物の刀だった。
「わお、流石は美少年。カッコイイ異能力だね」
「ふふ、ありがとうございま……いででっ!」
またもや背中に走る激痛。立つことすらままならない痛みに、マグロの目からは涙が落ちる。
「ごめんよう、まだ完治出来てないんだ。もうすぐ生徒会の人が来ると思うからさ」
「なっ、もしかして追い打ち――」
コンコン。何者かによる、保健室への入室許可を待つ丁寧なノック。ご存知の通り、美少年だけが在学するビブリアント学園では誰もが美しい所作を心がけるのだ。
「入って良いよ」
「失礼します。――犬上マグロくんに用があって参りました。書記係の
「なっ……!」
「うん? どうかしましたか」
マグロは思わず絶句したのだ。美少年は、鏡を見れば嫌という程拝むことが出来るこの人生。しかし自身の姿は分析するなら「クールビューティ」。そして眼の前にいる美少年はフワフワとした天然パーマのような緑髪に、弾力を感じさせる頬と瑞々しい下瞼。もう一つの学園指定制服である薄灰のブレザーがその幼さを強調していた。所謂「カワイイ・小動物系」だ。全く別種の、そして高レベルの美少年が眼前に現れたことで、マグロは滾る気持ちを隠せない。
「き、ききっ、君も生徒会の人間か……?」
「なんでそんなに目をギンギンにさせてるんですか……って、うわあっ!」
入室早々、オトギはサキちゃんに腕を引っ張られてマグロの寝るベッドに連れていかれる。
「あの~……これ、どういうことですか」
「どうもなにも、美少年の傷は美少年にしか癒せない。常識だろう?」
「そうですけど! いきなり初対面の人に膝枕は恥ずかしいですよ……」
オトギは強制的にベッドに脚を伸ばされ、その上にマグロが頭を乗せていた。そしてそれをニヤニヤと眺めるサキちゃん。
「まぁまぁ、これでマグロくんの傷もようやく癒えるからさ」
「はい、大分楽になってきました。ありがとう、オトギ」
「な、なんですかもうっ……とにかく!」
コホン。調子を整えてオトギはブレザーのポケットから紙を取り出した。マグロはそれを下から眺める。
「えぇと、それでは一年犬上マグロくんに今回の問題行動の処分を言い渡します!」
「も、問題行動……? 何か問題だったのか?」
「当たり前でしょう! 入学式に遅刻した上に、式の途中で生徒会長を相手にグロッサムを始めるなんて今まで聞いたことがありません!」
「そ、そうなのか……」
「とりあえず、マグロくんは校則通りに決闘を行ったとはいえ、TPOを鑑みない暴挙だったと生徒会は非難します。入学式を邪魔した罰として反省文を書くこと。そしてもう一つ……」
オトギはパサリ、と紙を閉じて、膝上に頭を置くマグロに直接言い放った。
「鞭打ちの刑です!」
「むっ……ムチ!?」
「アッハッハ! 入学初日で鞭打ちだなんて一体いつぶりだ!」
桜が舞い、春風が吹く。暖かな陽射しが心地よい四月の某日。美少年たちは自分達がこれから三年間を過ごす校舎を見て回り、ビブリアント学園での青春に思いを馳せる。
「フンッ!」
スパァンッ
「うっ……く、んっ……!」
長い廊下を早足で巡る小さな靴音は、それだけで心の
「フッ! ハァッ!」
スパァンッ! スパァンッ!
「はぁ、んうぅっ……」
「なんで、喘いで、るんです、かっ!」
パアァンッ
「ああぁっ!」
オトギから滴る清らかな汗。赤く腫れあがったマグロの尻。それをマグカップ片手に笑顔で眺める養護教諭のサキ。
ここは超人的な身体能力と異能力を持つ特異体質者『美少年』達が集まる中学校。その名も『私立ビブリアント学園』。
子ども達の青い春をよそに、肌と鞭のぶつかる音が鳴り響いた。
「いやぁ、春だねぇ」
「おりゃあ!」
パァンッ
「アァンッ!」
つづく。
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