異世界で俺はスライム、嫁はネコ ~転生しても妊活します~
明桜ちけ
第一話 結婚記念日
「楽しかったー! 料理、美味しかったね〜」
「あぁ。もう腹パンパンだよ」
煌めく摩天楼の下を歩く、帰り道。ビル風に煽られながら、俺たちこと河津夫婦はしっかり手を握りあって歩いていた。
今日は十回目の結婚記念日。お祝いは、ホテルでのディナーだ。初めての記念日に妻の寿々音に連れて行かれてこら、毎年の恒例行事になっている。
「ビュッフェのデザート、全種類制覇してたもんね。宏彰ったら、パスタも全種類オーダーしてたし」
「余裕だと思ってたんだ……」
「もうアラフォーなんだから、若いときと同じと思っちゃダメですぅー!」
「なんてこった」
夫婦はお互いの満腹の腹をつつきながら、他愛のない会話で笑っていた。実は十年の節目だし、クルージングやコース料理でもと考えたが……結局いつも通り、ビュッフェが良いということに。
いつもこんな感じで十年間、二人で暮らしてきた。たぶん、これからもずっとそうしていくんだろう。
「そういえば、ここの駅ビルのデパート閉店したんだよね」
「そうなの?」
「うん。ちょっと見ていこうよ」
「いいよ」
俺たちは帰りの駅の改札を素通りし、来た道と反対側にあるデパートを目指した。帰宅する人たちの流れに逆らいながら、進んでいく。
「うわーっ!! 本当に閉まってる!」
「閉まってるね」
「えーっ、ここどうなるんだろう?何か新しいお店が出来るのかな?……あっ!建物を新しくして、またこのデパートが入るみたいだよ」
寿々音はいつの間にかスマホを取り出し、デパートのことを調べていた。大きなお店だから、ニュースにもなってるんだな。
建物は現在、解体中なのだろう。強風に吹かれて、ガタガタ・ガチンガチンと固いものがぶつかるような音がしている。
「新しいデパート、いつできるんだろう? ……えぇっ!? 十年後!? まだまだずっと先じゃーん!!」
がっくしと肩を落としたと思うと、寿々音は俺の腕にガッチリしがみついてきた。そして期待を込めた瞳で、俺を見上げる。
「ねぇねぇ。十年後、私たちってどうなってるのかな?」
「今と変わらないよ」
「ええぇぇぇ……」
「なんでそんなガッカリするの!?」
大袈裟な動きで、不貞腐れる寿々音。俺はそんな彼女の手を取って、握り直す。
「ずっと二人で、なんてことない事で笑いあって暮らしてるでしょ。十年後だって、きっとそうだよ」
「うん……」
嬉しそうに、でも少し不安そうに寿々音は手を握り返してきた。
「十年後……子供は、いるかな……?」
ずっとおどけていた彼女が、真剣な顔でこちらを見つめる。これは、俺たち夫婦にとって最大の問題だ。
結婚当初……結婚前からずっと子供が欲しいと言っていたのに、十年経った今も授かることが出来ないでいる。
「いるよ、きっと」
何の根拠もないけれど、俺にはそう答えるしかなかった。
どんなに妊活や不妊治療など手を尽くしても、確実に子供を産めるわけではない。当たり前だと思っていたことが奇跡であると、この十年に突きつけられたのだ。
今はただ彼女の気持ちに寄り添い、後悔しない努力をするしか出来ない……。
「……そっか。じゃあ、あと一年……頑張ってみるか!」
俺のやるせない気持ちを理解してか、彼女はおどけた笑顔で返す。
年齢的にも経済的にも、あと一年くらいが限界だった。俺たちはただ、子供が欲しい。それだけなのに――
「キャッ!!」
「あぶなっ――」
デパートを見上げていると、一際強い風が吹き付けてきた。吹き飛ばされそうになる寿々音を、慌てて抱き寄せる。
次の瞬間、ガタガタという大きな音が空から落ちてきた。解体工事の足場が、崩れて降ってきたのだ。
それはほんの一瞬の出来事で、俺たち夫婦は崩れた足場の下敷きになってしまった――。
■■■■■■
ひんやりとした地面の感覚。微かなさざ波の音。
気がつくと、俺はどこかの洞窟の中にいた。岩や壁には、小さな貝みたいなのがたくさん張り付いている。海が近いのだろうか?
立ち上がろうとするも、うまく手足に力が入らない。なんとか動こうともがくと、ピチャっと音がした。水たまりに、体が突っ込んでしまったみたいだ。
力なく水面を覗き込むと、そこには水色の水まんじゅうの姿が。
これは……スライム?
……俺、スライムになってる!?
そっか……俺、あの後死んじゃったんだな。次の人生は、どこかの異世界でスライムか。
結婚記念日が命日になっちゃうなんて、酷い話だ。そういえば、寿々音はどうなったんだろう……。
「ミュア?」
がっくし項垂れていると、猫のような鳴き声が聞こえた。振り向くと、岩陰から白い影がこちらを眺めている。
あれは……やっぱり猫ちゃんなのか?
「ミュア!!」
猫ちゃんはこちらに興味を持ったのか、ヨチヨチと駆け寄ってきた。
「ミュゥ……ミュゥ……」
興味津々の猫ちゃんは、俺の周りをクルクルと何回も回っている。白くてフワフワの、なかなかの美猫さんだ。
でも耳の形がちょっと変わってるし、しっぽも二本あって……この子も魔物なのかな?
「ミュフッ」
ヒャン!!
いきなり耳の辺り――スライムなので、実際にはかつて耳があった辺り――を甘噛みされて、体が震える。この猫ちゃん、いきなり俺の弱いところをピンポイントで攻めてきて……。
「ミュアン! ミュアン!!」
テンションが上がったのか、猫ちゃんは嬉しそうに体を擦り付けてくる。こんなに懐かれると、嬉しくなっちゃうな。
でも、このままここに留まるわけにもいかないか。見たところ、食料も無さそうだし。
そう思って動き出すと、猫ちゃんも俺についてくる。……もしかして、一緒に行くつもりなのか?
「ミュッ!」
猫ちゃんの顔を見ると、まるでそうだと返事をしているようだ。なかなかに可愛い反応である。
一緒に行くなら、名前つけといた方がいいかな?
………………スズネ、とか。
「ミュッ! ミュ――――――ッ!!」
もう、そんなに引っ付くなって。
スズネ(猫ちゃん)は、テンション爆上がりでじゃれてくる。何この子、カワイイ。
俺スライムだから、口もなくて直接言ったわけじゃないのに何か伝わってるっぽい。
そんな子猫のスズネを連れて、俺は洞窟を出るために進み始めた。
●●●あとがき●●●
準備が出来次第、次のお話も公開します。
■■■■
ヒロアキ
(そういえばスズネって名付けちゃったけど……この子、オスとメスどっちだろう?)
スズネ
「ミュッミュア〜」
ヒロアキ
(魔物でも、たまたま付いてるのかな?)
スズネ
「!?ミュアッ!!」
ヒロアキ
(うわっ!……お、怒られちゃった)
スズネ
「ミュッ!」
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