第9話 北欧の美女が着て似合うタイプの服

 条と楓が父の客人から頂いたという赤嶺をつまみながら決めたのは、お洋服を買いに行くことだった。例のゴシック・ロリータの他に着るものがなくては不便だ。今は三崎姉妹の服を貸しているが、それは一時的なものである。ぶどうをぷちぷちと転がして、酔いつぶれた姉の同行は諦めつつ、この狂い気味な美少女に合う服を見立てる。

「これとか着こなせそうだよね!」

 スマホの画面にはニットでシースルーな黒いドレスが映っている。

「まあ素敵ね! あんまり着たことないタイプのお洋服だけど、似合うかしら……」

 スマホの画面にはエストニアのデザイナー、ロベルタ・エイナーのドレスが映っている。

 冗談のつもりだった。

「え、いや、そのセクシー過ぎない?」

 他にもどう考えても普段使いは無理、だとか、高すぎるとか、ツッコミどころが多々ある。ちなみに北欧の美女が着て似合うタイプの服は、姉には似合わない。

「そうかしら。確かに少し変わったデザインのお洋服だけれど」

「あー。ごめんね。こんなに高級な服は買ってあげられないし、そもそも日本のお店で買えるかも怪しいから……」

 楓がしゅんとした顔を見せて、目を伏せる。

「ごめんなさい。我儘云うつもりはないのよ。条さん……と買い物に出かけるだけでわくわくするもの」

「ねえ条って呼んで?」

 はにかんで下の名前で呼び合うことが決まった。


 楓に対する嫌悪感は既になくなっていた。この少女は愛されていた。会話をする内、これは確信に変わった。条のよくSNSに上げるイラスト――つまるところ親の前で見られない類の――にセリフを入れるとき、「愛している」はありがちだ。それが愛だとか、我欲であるという二分的判断は意味を為さず、愛があるか、という一点においてテーマを決定づけるのが条であり、それが彼女の通常の倫理観だ。姉は、愛は状態ではなく存在だとして、愛が動詞になることはないと云った(曰く引用である)。条にその意味はわからないが

(彼女は被害者ではない気がする)

と思うのだ。如何なる倒錯的行為であろうと当事者に不利益がないのであれば、それは倫理的である。その行為がどれだけ「私」にとって不快だろうと、私は倫理と何ら関わりはない。例え楓が幼いころからどれだけ性的に乱れていたにしろ、彼女にとってそれは苦痛ではなかった。だとしたら、蔑ろにされたのは法律だけなのだ。明らかなことだが、法律が規定するのは善悪ではない。

「千葉駅にある普通のお洋服屋さんでいい?」

「もちろん、楽しみだわ!」


 二人が家を出発すると、蝉の背景の中からつと現れた向かいのおばあちゃんがしわがれ声をあれあれと云わせて呼び止めた。

「お条ちゃん、お嬢ちゃん、お出かけかい? あんたは条ちゃんのお友達?」

 かはは、と元気よく捲し立てるのを見るに、この人が熱中症で死ぬなんてことはなさそうだ。

「あの、こんにちは。ええ、その条とは――」

「高校の友達かいな! ちょっと条ちゃん、お姉ちゃんにも云ってやんなぁ。そうそう、こないだ別嬪さんがこの辺りで『ひらひらで派手な服を着た女の子を見かけませんでしたか』なんて云っていたんだよ。もうちょっとあの子もしっかりしてくれたら悪目立ちするなんてこともないだろうにねぇ……」

 おばあちゃんは満足したのかどこかに行ってしまった。

「もしかしたら楓の家族が迎えに来てくれるかもしれないね」

「そう……ね」

 その良し悪しは判らなかった。

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