9話 「は、はみ出し者かあ……!」


「ま、ま、待って―――! に、逃げないで! だいじょうぶだよ! だいじょうぶだから!」

「踏まないように気をつけろよ」

「う、うわああああああああああああああ!!!」

「ピーキュイイッ」

 ドシーンと。

 ズシン、ズザザと。

 直後、小さな地響きがして、その後転げ落ちるような音がして、二者の追うもの追われるものの追跡劇はようやくをもって終わりを告げる。

 決着――俺は斜面の上からヤユを見つけ出して、やれやれと言った調子で声をかけてやる。

「……おい、大丈夫か? ヤユ」

「え、えへへ……余裕一杯の、ノーダメージなのでした……」

 息を荒げながら、でんぐり返しのような状態でほほ笑む少女。額……というか顔全体にはじっとりと玉のような汗がにじんでいる。

 そして彼女の手の中には、大切に守られるようにして鳥の雛が抱え込まれているのだった。

「ピーピーキュウウウウ……」



 ある少し曇った日の真昼間。

 俺たちは威勢よく山菜取りに出かけていたものの、すぐにヤユが茂みの陰からこの鳥の雛を発見、はるばる一キロくらいはこいつを追いかけまわして、ようやく捕まえたところだった。

 かなり体力を消耗したが、ヤユ本人が楽しそうだから俺も良しとしよう、といったところだ。

「お兄さん、お兄さん……よかった、この鳥ごたいまんぞくっていうか、すごく元気そうだよ。それにけっこう大きいよね、ちょっとびっくりするくらい重いし」

「これは……」

 俺はヤユの両手に抱えられた雛をじっと観察するように目をやる。

 睨み返された気がするがもとより鳥の目なんてのは鋭くてなんぼだ。恐らく気のせいだろう。

 この鳥の雛には割と見覚えがあった。ここらではあまり見かけない、珍しい個体だ。

「おそらく、あれだ。地駆け空歩き海渡る鳥(フーナ・リフトレント)っていう鳥だなこれは……」

「……? ふ、ふーな……? 初めて聞くよそれ。というかわたし、こんな鳥さんもこの森で初めて見たんだけど……」

「地駆け空歩き海渡る鳥(フーナ・リフトレント)……は基本はもっと北の方の大陸にいるはずの鳥なんだがな。だけど性質的に人間と少し似通っているところがあるらしく、稀に思いもよらない進路をとって、ありえないようなところで卵を産む鳥が出てくるんだ。こいつも多分、そういうたぐいのヤツだろう」

「そう、そうなんだ……! 根性あるんだね……この鳥さん!」

「まあな。幼いころは地面で育ち、成体になると空へ旅立ち、そして最後は大海原へと旅に出る……確かに、あらゆる鳥の中でもトップクラスに移動距離が長いとは言われているな」

「……っていうかっ!」

 ヤユがこちらを見つめて目をシイタケにする。

「お兄さんってほんとーに物知りだよね!! もしかして仕事は先生とか博士とかしてたりした人なの!? 呪言遣いって言っても色んな仕事の人がいるんだよね!?」

「いや、俺も人から聞いただけだよ。ある町で知り合った商人で、そいつは鳥を使った料理が大好きなヤツだったんだが――」

「だ、ダダダダメだよお兄さん!! この鳥は、た、食べちゃだめー!!」

 俺がそういうと露骨に青い顔をして距離を取ってくるヤユ。

「――フーナは食用には適さない、あんまり美味しくないし肉も固いんだ」

「ふ、ふう……!」

 そういうと、冷や汗を拭かないままに、ほっとした表情で胸をなでおろした。

「……でまあ、話を戻すとだな。この鳥は普通ここらへんにはいない個体だから、いわゆるはみ出し者ってやつだろう」

「は、はみ出し者かあ……!」

「だけど、そういうはみ出し者のフーナはいずれ群れの長になるくらい力強くたくましく成長する……傾向がある、とも、言われているらしい」

「や……やるねえ!」

 なぜかヤユは嬉しそうに両手に抱えられた地駆け空歩き海渡る鳥(フーナ・リフトレント)の頭をゴシゴシと顎でこする。

 怪訝そうな顔つきでフーナは身じろぎを1つした。

「……だが、このフーナはまだ赤ん坊……本来は地面を独り立ちして走り始める年齢でもなさそうだな。恐らく巣からはぐれてしまったんだろう。雛でもかなり活発らしいし……」

「あ、そうなんだ……」

 今度は少し寂し気な表情をするヤユ。俺が何か言おうとする前に彼女は顔を上げて、

「じゃあ、早く見つけてあげなきゃね、この子のお家を……! えへへ……!」

 と、勇ましい事を言った。



 結論から言って、雛の巣は、このあたりで最も高い木のその頂点付近にあった。高さは俺の身長30人分……と言ったところだろうか。

 巨木と言うほどではないがそう簡単に折れたりはしないだろう、しなやかで貫禄のある大木である。

「お、お兄さんは来なくていいよ……! ほら、二人だと危ないし……!」

「いざとなったら俺がお前を抱えて地面に落ちる直前で斥力を思いっきり働かせてやる。だから安心して登れ」

「あ、安心とかじゃなくて……わ、わたし、ほら、落ちて死んじゃっても復活できるから……」

「気にするな」

「も、もう…………心配性だなあ! わたしのお母さんと同じくらいっ!」

 ヤユが自分で登って雛を巣に届けると言って聞かないので、俺はしんがりとして彼女の身の安全を確保してやることにする。

 ヤユは自分の身体にロープを巻いて、そこにガッチリとフーナの体を固定し、そろそろと木の枝に手をかけ足をかけ登っていき始める。

「ピーキュイイイ」

「よ、喜んでるのかな……?」

「多分な」

 そう言う俺の顔をちらっと見て、はにかみとも半泣きともどちらとも取れない何とも言えない顔を見せるヤユ。

 ……これはあれだろうか。

 別れる時に泣いちゃうのが恥ずかしいから下にいて、みたいな思いだったのだろうかヤユは。

 ……とはいえそんなことを気にする俺ではない。

 あくまで安全第一だ。

「つ、ついた……って、きゃ…………」

 叫び声を上げそうになるのを慌てて我慢するヤユ。巣の上には親鳥……地駆け空歩き海渡る鳥(フーナ・リフトレント)の成長個体が眠りこけていた。

「こ、こんなに大きいんだ……び、びっくりしたー……」

「すまん言い忘れてた」

 ――フーナの最大個体は全長小さな家1つほどにもなる場合もある。

 とはいえ気性は穏やか極まりないものなので、何の心配もいらないと思い俺も言っておくのを忘れていた次第だ。

「じゃ、じゃあね……」

 ヤユが名残惜し気に雛フーナを解放する。雛フーナはぴょんと巣の中に舞い降りて、ヤユの顔を一瞥すると、「ピーキュイ」と一声だけ鳴いて、そのまま倒れ込むように親鳥の腹毛の中へとダイブする。

 まだ赤ん坊だから大いに疲れていたのだろう。

「…………」

 木から降りてる間、ヤユは一言も言葉を発しなかったが、一粒だけ水滴なようなものが落ちてきた――ということに、気づいたそぶりを見せたり何か言うのは野暮だろう。

 とにかくこれで全部解決だ。


 後日。

 家のドアの前には大きな羽根と小さな羽根が1つずつ、まるで何かの意思表示かのように丁寧にそろえられて置かれていた。

 それがどの鳥のものかは勿論、俺が言うまでもないことだと思う。

 その日から、その2つの美しい羽根は、ヤユの部屋の机の上に飾られている。










**


・老雷のフォーゼン

前時代最高峰と評される呪言遣いの一人だ。

「雷鳴より疾く動くことが出来た」「〝しにいかずち〟のフォーゼン」「逆さま天国の一件」……寡黙で人前に立つことを嫌う人物だったそうだが、その割には彼の異名や残した逸話は数知れない。

戦果としては大戦期における流暗の魔女討伐戦への参加(戦術指揮)、そして盲魔討伐が最も有名。

第一巡、第二巡を経た最後の戦いにおける負傷が原因で落命。

彼の亡骸は大戦期の死者を祀る『セオンガナ英雄墓地』の、もっとも目立たない一角に、国葬どころか通常の葬儀さえなく静かに埋葬されたらしい。

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