第二十七話:サラサの街の真実に、なにがなんだか分からない

第二十七話:サラサの街の真実に、なにがなんだか分からない


「『フロスト・ステップ』」 


 僕は氷の魔法を使い、火口の内壁に冷たい階段を生成する。


 フロームとの戦い、それと自分の傷を塞いでみせた武富くんのアイデアに触発されたのだ。


「こんなに深い穴を、フロームは登ってきてたんだね」


「魔族の胆力が成せる業だな」


 僕たちは話しながら、氷の階段を踏みしめてサラサ火山の火口に下りていく。


 今は活発な火山活動をしていないからか、火口の中はそれほど暑くなかった。むしろ僕の魔法の甲斐あって、少し涼しいくらいだった。


 これなら、しばらく氷は溶けないとみていいね。


「フロームは、竜になったサラサ様を倒したってことでいいよな?だから火口から出てきたんだよな?」


「普通に考えると、そうだね」


 確認に近い渡会くんの問いかけに、僕は曖昧な言い方で応える。


「なんだその言い方。普通じゃない考え方があるっていうのか?」


「僕たちは火口から出てくるフロームしか見ていない。フロームがサラサ様を倒したかどうかは、まだ分からないんだ」


「でも、サラサ様が倒されたから温泉が湧かなくなったんだよな?それなら、フロームの野郎が倒したってわけじゃないのか?」


 あ。


 僕は彼に説明する中で、あることに気づいた。


 人に教えてるときに改めて実感することって、意外とあるよね。


「少なくとも、今日はお湯が枯れてから数日間経っている。もしサラサ様が命を落とした元凶がフロームなら、数日経ってから火口から出てくるのはおかしくない?」


「確かに、時系列を考えるとおかしいな」


 僕の一言に、武富くんが慎重に足を運びながら頷く。


「サラサ様との戦いで負傷して、癒えるまで休んでいたとか?けがが酷くて火口を上れなかったのかも」


「それはありえるかもしれないけど、けがが酷かった割には万全の状態だったような……」


「そっか。完治するまで危険な火口にいたっていうのも、考えづらいよね」


 そう、京月さんの説も信憑性に乏しい。最初に出会ったフロームは無傷だったから。


 休火山って単語も地球由来だろうし、いつ噴火するか分からない火山の至近距離で休息を取るのは、魔族でもしないだろう。


「『フロスト・ステップ』」


 僕は必死に思考を回しながら、氷の段を足していく。


「考えれば考えるほど、ひっかかる。サラサ様の言い伝えもそう。初日にセリュアさんから話を聞いた後、数日に渡って街の人に色々聞いてみたけど、ほとんどの人はサラサ様が苦心の末まちづくりを果たした、くらいしか皆知らなかった」


「竜化のことはまだしも、温泉を湧かせた、火山活動を鎮めたってことは誰も知らなかったよね」


「僕の勘違いじゃなければ、まるで情報統制されているみたいだった。火山とサラサ様について深く詮索されたら困るから、市井には最低限の情報しか流していないんじゃ」


「困るって、誰がだよ?」


「セリュア・ヤマグチ、だよ」


 渡会くんが核心を突くと、武富くんがさらに核心を突いた。


「え?」


「彼女はなにか隠している。サラサ様と温泉に関わるなにかを」


「なにかって?」


「それは、これから分かることだよ」


 ここらへんで、僕が説明をバトンタッチする。


 ようやっと火口の底が見えた。


「わあ……」


 残酷だが、美しい。口から声が漏れてしまう。


 そこには、赤黒い鱗を持つ竜の亡骸が閉じ込められた氷像が鎮座していた。


 竜の大きさは三メートルくらい。頭からしっぽの先までは五メートルくらいかな。寝息を立てているかのようにうつ伏せで丸くなったポーズをしている。


 そして氷が、竜の全身をガチガチに凍り固めていた。


「この氷は最近できたものだね」


 安全を確保しながら底に降り立ち、近くで像を見つめる。


 鼻から数十センチほど前にある氷からは、火山でありながら寒いほどの冷気を感じる。


 間違いない。


「フロームが、サラサ様を凍らせた」


 京月さんの呟き。


 それが答えだった。僕もそう思う。


 でも……。


「でも、殺したのは違う」


「どういうことだ?」


 僕は渡会くんのなぜを無視し、氷に右手のひらをつける。


「『編集・温度 + 10℃』」


 フロームの氷なら、これで溶けるはず。戦闘でも有用だったんだ。


 予想通り、しゅうしゅうと音を立てて氷が小さくなっていく。


「下、地面を見て。竜の体の一部が溶けている」


「溶けているって、凍ってるのを溶かしているんだから当たり前だろ?」


「溶けているっていうのはそういう意味の溶けているじゃなくて、要は腐っているんだ」


「は?腐ってる?」


 しばらくすると厚さ数十センチの氷が溶け、僕の手が竜の頭に触れる。


 指に接触した瞬間、逆巻くように生え揃っていた鱗の一部が欠けた。


「この通り、体の硬い成分も分解が進んでいる。腐っているんだ、この竜の遺体は」


「……なんてこった」


 僕が自分の仮説を裏付けると、渡会くんが頭を抱えて驚く。


 生きているかもしれない竜に会えると喜んでいたのに、とうの昔に死んでいたなんて知ったら呆然とするのは当たり前だ。


「じゃあ、竜が温泉をもたらしているっていうのは……」


「それは、私の口から話させてください」


 答え合わせをしている僕たちの後ろから、ふいに声。 


 振り向くと『竜の懐』の女将、セリュア・ヤマグチが立っていた。


「……」


 答えを知る人物の登場に、僕は思わず固唾を飲んだ。



 ※※※



「まずは、魔族退治お疲れ様でございました」


「見ていたんだね、遠くからずっと」


「はい。そして、機を伺っておりました」


「それは、僕たちを殺す機会だね?」


「……その通りでございます」


 ある程度を悟った僕とセリュアさんで、言葉の応酬を繰り広げる。


「ちょっと待ってくれ!殺すってどういうことだよ!?」


「今から説明いたします」


 セリュアはあくまで、冷静で丁寧な言葉遣いを崩さない。


「私がトーミ様とリュージ様にお伝えしたことは全て事実です。サラサ様は街を興すために竜化し、その魔力で温泉を作り上げた」


「うん、そこに嘘は感じられなかった」


「ですが、言っていないことがあったのです。それこそが、我が一族が死ぬよりも隠したいと願う秘密なのです」


 秘密。


 僕はセリュアさんに意識を残しつつも、竜の亡骸をちらと見た。


「一言で言うと、生贄です。サラサ様は自らを竜に、より高位の存在に自ら昇華させたのは、生贄としての価値をより増すためだったのです」


「儀式、だね?」


「ご存知でしたか」


 セリュアが鷹揚に頷き、竜から戻ってきた僕の目を見据える。


「高い効力、長い時間を作用する魔法を発動させたいとき、その代償として決められた魔方陣と生贄を要する。そうして発動させる魔法を、一般的に儀式と呼ぶ」


「そうです。サラサ様は三百数十年前、周囲の反対を押し切って儀式を執り行ったのです。自らを代償とし、この場で」


 なるほど、合点がいった。竜になったのは長寿を得るためではなく、生贄の付加価値を上げるため。


 なんて、なんて女性なんだ。サラサ様は。


「このことを知っているのは、今では私を含めた数人の人間です。今のゼアーストで儀式を行うことは国際的に禁じられていますから、過去の事例とはいえ勇者が、人道的に反する行為をしていたことを知られるのは恥ずべきなのです」


「それが、あなたの秘密……」


「はい」


 セリュアはもう一度、大きく首を縦に振った。


「そしてもう一つ、私は勇者様方に懺悔すべきことがあります」


「ガナ村のことだね」


「その通りでございます」


 フロームの最期の言葉、『ガナ村?サラサ……、しら……』というのは、ガナ村とサラサ様のことを知らないという意味じゃないだろうか。


 人間がガナ村と呼称する集落を襲っていないし、サラサと呼ばれる存在と相見えたこともない。そういうことを言いたかったのでは?


 そう思って、あてずっぽうで疑問をぶつけてみた。


「ガナ村は、過去にサラサ様の儀式に反対する者たちがサラサの街を出ていってから作った村です。なので、元々儀式のことを知っている者が何人かいました」


「それが、温泉が枯れたことと関係があるの?」


「いえ、そこまでは私も知りません。魔方陣が途切れたか、効力の期限を迎えたのか、それとも先ほどの魔族がなにかをしたのか。儀式の効果が切れた原因は分かりません。ただ数週間前、私の下に一人の男が尋ねてきたのです」


 一人の男か。


 急に話がスケールダウンする気配を感じる。


「その男は、ガナ村出身の年長者でした。代々受け継がれてきたというサラサ様の儀式のことを親から聞き、私を脅しにやってきたのです」


「脅しって、全部ばらすぞみたいなことか?」


「そうです。金をくれなきゃ、サラサの街はサラサ様の犠牲の上で成り立っているんだぞ、と洗いざらい吹聴して周る。そう言ってきました」


 街を人質に取った、立派な脅迫だ。


 秘密主義がなにかと多いゼアーストだと、そういうこともあるのか。


「私は無心に応じたふりをし、ひとまず男を帰らせました。そして、秘密のために村を滅ぼす決意をしました」


「村の氷属性の魔法は、セリュアさんのだったんだね」


「私たちの一族は、サラサ様の多彩な魔法への熟達の恩恵を受けた血を継いでいます。よって、豊富な魔力の柔軟な魔法で村人たちに太刀打ちできたのです……」


「理解はした」


 唐突に、武富くんの氷点下の声が響く。


 サラサ様を封じていた氷塊が、がらんと音を立てて崩れ落ちた。


「なぜ、過去の秘密を守るために人を殺せる?」


「私の一族の生きる意味だからです」


「ヤマグチが生きる意味は、サラサ様が犠牲になった意味は、誰もが笑顔で湯を楽しめるサラサの街をつくり、繁栄していくことじゃないのか?」


「それもあります。ですが、秘密を守ることも同じくらい重要なのです」


 彼は必死に言葉を投げかけるが、セリュアさんにはまるで響かない。


「もう起こってしまったことですし、これから起こそうとしていることでもあります」


「……」


「私は、反省していません」


「そうか」


「跡取りの息子はいます。ここでどうなっても構いません……」


 サラサ様の竜化と儀式の秘密。ガナ村を滅ぼしたのは目の前の女性。


 そして、これから起こそうとしていること、というワードが意味しているものは明らかだった。


 僕たちは戦闘の構えを取る。


「……あなた方の、息の根さえ止められれば」


 セリュアがそう言って、袖の中からナイフを取り出した。

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