第2話

◯ 三途の川・ほとり

しおりN「ムラさんの1日は常に同じだ。

 朝起きるとすぐに三途の川に行って」


 バズーカや銃を背負い、腰に刀を携えて川に向かう侍。

 眠気眼で川を出る侍を見送るしおり。

 近くには石が積まれている(暇つぶしにしおりが積んだ)。


しおりN「昨日の大蛇と戦って」


 川の遠い方で煙幕と爆発音が聞こえてしおりは「うおっ」と驚く。

 近くの積まれた石が崩れる。


しおりN「昼には帰ってくる」


 川で釣った魚を携えながら帰ってくる侍を「魚だぁ」と出迎えるしおり。

 近くの石は積み直される。


しおりN「お昼ご飯を食べるとまた出掛けて」


 侍は川を出るのを魚を食べながら見送るしおり。

 近くの積まれた石はより高くなる。


しおりN「蛇と戦って」


 川の遠い方で煙幕と爆発音が聞こえてしおりは「うおっ」と驚く。

 近くの積まれた石が崩れる。


しおりN「また夜には戻ってくる」


 ボロボロの格好で川から帰ってくる侍をしおりは出迎える。

 近くの石は積み直される。


しおりN「常にそんな感じ。

 不思議とここでもお腹は空くし眠くもなる。ただ死なないだけ。

 だから私もムラさんと同じ生活リズムになった」


 しおりは座り鼻歌をしながら手鏡で前髪を整える。

 近くの積まれた石は膝くらいまで高くなる。


しおりN「もちろん蛇がいるような川なんて行かないけれど」


◯三途の川・ほとり・昼

侍「鏡か」


 川から侍が戻ってくる。

 しおりは振り返る。


しおり「え? もしかしてダメだった?」


侍「いや……むしろ逆だ。

 鏡は魔除けになる、と妻が言っていた。

 持っていると良い」


しおり「あ。そうなんだ」


 侍は兵器と捕ってきた魚を側に置く。

 その兵器を見てしおりは聞く。


しおり「そういえばどうしてムラさんはあの蛇と戦ってるの?

 こんなに強いんなら向こう岸まで行けるのに」


侍「…………」


 しおりを見て考えこむように黙る侍。


しおり「あ、言いたくなかったら言わなくて良いから――」


侍「妻が喰われた」


しおり「え?」


侍「某がここに来たのは乱世の時代。住んでた村が急に戦場になった。

 妻と一緒に安全な場所に逃げようとしたが、あっけなく死んだ。

 死んだ後、妻と共に輪廻を巡るため舟を漕いだ。

 その時だった。あの蛇が現れた」


 ※※※

 小舟に乗って大蛇に驚く侍とその妻。

 妻は手鏡を握っていた。

 ※※※


侍「蛇は真っ先に妻を襲い腕を喰った」


 ※※※

 怒りの表情で妻の身体を抱え泣き叫ぶ侍。

 ※※※


侍「妻から遠ざけようとしたが歯が立たず。持ってた刀は錆びついた。あの蛇は某を無視して妻の腕を味わっていた。

 そして……」


 悔しそうな表情をする侍。


 ※※※

 妻を護ろうと蛇と妻の間に立つ侍。

 しかし妻が侍の身体を押して舟から突き落とした。

 信じられないという顔をする侍。妻は泣きながら笑っていた。

 ※※※


侍「つまり敵討ちだ」


しおりN「そのためにムラさんは色んな武器を集めたらしい。

 三途の川には戦国時代から令和まで色んな人が来た。

 その中には武器を持った人もいたから譲り受けたり奪ったりして、あの大蛇を殺すための武器をかき集めたのだ」


 ※※※

 戦国時代の火縄銃を貰う侍。

 明治初期の銃を襲い奪う侍。

 大戦時のバズーカの使い方を教わる侍。

 現世の手榴弾や機関銃を譲られる侍。

 ※※※


しおりN「追い剥ぎはムラさんだったか……」


 しおりは体育座りで頬杖をついてそう考える。


しおり「ん? ちょ……ちょっと待って!」


 冷や汗をかき慌てたように目を丸くするしおり。


しおり「も、もしかして私の服とか目とかも……!」


 しおりはザザザッと座りながら目を隠し服を抑えつつ後ろにバッグする。


侍「そんなことしない」


しおり「え? でも舟守のおじいちゃんは……」


 ※※※

舟守「脱がせた後に目をくり抜く」

 ※※※


しおり「って!」


侍「某ではない」


 侍は呆れたようにため息を吐く。


侍「確かに出会った奴らには渡る時は目を瞑れと言った。あの蛇は目が合った奴を標的にする傾向があるからな」


 侍は大きく目を見開く。

 侍の目には鏡のようにしおりが写る。


侍「だが目をくり抜くことはしていない。くり抜いたのは自分自身だ。それもごく一部の大馬鹿者共」


 ※※※

 侍が止めようとしているところで、目にナイフを突き刺す軍人。

 ※※※


侍「某ではない」


 しおりを一瞥すると、焚き火の近くにある石の椅子に座り、魚を焼こうとする。


侍「……信じないなら信じないでいい」


しおり「んーそっか。じゃあ信じる!」


 しおりは石の椅子に座り直す。


侍「…………」


 目を丸くしてしおりを見る侍。

 魚を串で刺そうとした手が止まる。


侍「…………」


しおり「ん? どったの?」


侍「信じるのか?」


しおり「うん。まぁここ数日ムラさんと過ごして悪い人じゃないって知ってるし。

 もう死んじゃってるしねぇ〜」


侍「はぁ」


 侍はため息を吐く。


侍「わからんおなごだな。

 肝が据わっているというか、切り替えが早いというか……今の時代の女は皆そうなのか?」


しおり「あはは〜! ムラさん、それ今のおじさんっぽいよ!」


侍「まだ30だ」


しおり「でも500年くらい経ってるでしょ! むしろおじいちゃんだよ」


侍「……おじい……ッ!」


 ショックを受けたように固まる侍に気にせずしおりは聞く。


しおり「ねえねえ! ムラさんはあの蛇殺したらどうするの?」


侍「知らん」


しおり「えぇー」


侍「……ただこのまま留まり続けるのも気持ちが悪い。

この川を渡り、虫でも猫でも仏の言う通り転生するつもりだ」


しおり「そっか。そしたらもう会えなくなっちゃうね……」


 少しつまらなさそうにするしおり。

 侍はそんなしおりを見る。


侍「……しおりはどうなんだ?」


しおり「私?」


侍「川を渡ったらどうするつもりなんだ?」


しおり「あぁ〜……どうしようね?

 何に転生したいかってことだよね?」


 しおりは考えるように腕を組む。


しおり「ってか自分で決められるの?」


 小声でそう呟く。

 考えた結果しおりはへらへらと笑いながら、


しおり「私も神様の言う通りにしようかなぁ?」


侍「……未練はないのか?」


しおり「未練?」


 しおりは笑いながらブンブン手を振る。


しおり「ないない! そんなのあるわけないじゃん!」


侍「そうか? 珍しいな」


しおり「そう?」


侍「しおりくらいの若さなら一つや二つあると思うのだが。

 夢や目標と言い直しても良いが……」


しおり「んーでも私、諦めちゃったし」


 困ったように苦笑いするしおり。

 侍は頭に「?」を浮かべる。

 しおりは足を伸ばして空を見上げる。


しおり「私、アイドルになりたかったんだよね」


侍「………………あいどるとは?」


しおり「んーと、こんな感じの」


 しおりはアイドルがライブするのを思い浮かべて空を指差す。


侍「かぶき踊りのようなものか?」


しおり「? 歌舞伎? ちょっと違うけどそんな感じ」


侍「そのかぶき踊り――」


しおり「アイドルね」


侍「……あいどるをなぜ?」


しおり「才能ないからね〜」


侍「…………」


しおり「アイドルって全部出来なきゃなんだ。

 歌も踊りも演技も。

 練習もいっぱいしなきゃだし、競争も激しいのにいつも笑顔でいなきゃだし。

 パフォーマンスは揃えなきゃなのに、個性は出さないといけないし。

 もう大変。超ブラック。忙しくて死んじゃいそうなんだって。

 だから応募する前に諦めちゃった」


侍「応募? ……志願するということか?」


しおり「そうそう」


侍「本気ではなかったのか?」


しおり「仕方ないじゃん。アイドルって競争率すごいんだよ。

 クラスの子にも私には向いてないって」


侍「……本当に諦めたのか?」


しおり「うん。生まれ変わっても目指さないかなぁ。

 だから何でもいいや。それこそ猫なんて良いよね。自由気ままだし」


侍「そうか……」


 少し目を閉じ考える侍。

 やがて目を開けるとしおりを真っ直ぐ見る。


侍「しおりには悪いが、某には未練があるように見えるのだが」


しおり「…………」


 しおりは図星を突かれたような顔をしてドキリとする。

 言い返そうとして、川がブクブクと泡を立て始める。


大蛇「シャアァァァア‼︎‼︎」


 大蛇が川から頭を出し、しおり達を睨んだ。

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