三途の侍、蛇を撃つ

久芳 流

第1話

N:ナレーション、M:モノローグ


◯三途の川・ほとり

 三途の川がブクブクと気泡が破裂するような音を立てる。

 川には小舟が一艘。近代兵器を背負った鎧姿の侍(30)が小舟に立っていた。


N「三途の川はどこに通じるのだろう」


 河原で座ってその様子を眺める黒髪ポニーテールでそばかすの女の子・渚沙なぎさしおり(17)。


渚沙しおり(以下、しおり)「きた!」


 川から大蛇が現れる。

 侍に襲い掛かろうとして大蛇の顔が爆発。

 侍は刀を手にして大蛇に飛びかかる。


N「きっとどこにでも通じているし、どこにでもある」




◯三途の川・舟乗り場

しおり「あれ?」


 辺りを見渡すしおり。

 しおりは制服姿でスクール鞄を持っている。

 砂利だらけの河原。霧がかかった毒々しい川。

 舟乗り場には舟守の老人(70代)。

 近くには読みにくい字で『三途の川』という看板が立てられている。

 しおりは目を凝らして看板を読む。


しおり「ん〜? さんずのかわ?」


 そこでしおりはハッとする。


しおり「そうか。私、死んだのか」


 落ち込んだようにため息を吐くしおり。


◯(回想)ある川・土手(現代)

しおりM「まさか走って滑って川に投げ飛ばされて溺れて死ぬとは……」


 慌てたように土手を走るしおり。

 土手から滑り落ち、川に叩きつけられしおりは死ぬ。

(回想終わり)


◯三途の川・舟乗り場

しおりM「我ながら恥ずかしい死に方」


 小声で


しおり「みんなに笑われているだろうなぁ」


 そう呟き「とほほ」とため息を吐き落ち込む。


舟守「お前さんや」


 舟守が話しかけてきて、驚いたようにしおりは、


しおり「は、はい⁉︎」


 と姿勢を正す。

 舟守は優しそうな笑みを浮かべている。


舟守「舟に乗らんか?」


しおり「……舟?」


 しおりは舟守に近づき、川に浮かんでいる舟を見る。


舟守「そう舟。この舟に乗って川の向こう岸まで行くとあの世に行ける」


しおり「川ねぇ」


 川は毒々しく腐ってる。虫が浮いているのも見える。

 しおりは心底嫌そうな表情をする。


しおり「この川を渡るの?」


舟守「そうだ」


しおり「もし渡らなかったら?」


舟守「少し待て」


 舟守は近くの机から台帳を取ると、ペラペラと捲る。

 台帳には『死亡状態一覧』と書かれている。


舟守「お前さんの名前は?」


しおり「渚沙しおり」


舟守「なぎさ……なぎさ……あった。

 どうやらお前さんの身体はもう死んでいるようだ。

 川を渡らずこの世に戻っても生き返ることはない。

 霊となり彷徨い続けるだけだろう」


しおり「そっか……」


舟守「ここに残り続ける手もあるが、少々危険だ」


しおり「危険? 何が危険なの?」


舟守「ここには追い剥ぎがいる」


しおり「追い剥ぎ? ってあの服を取ったりする?」


舟守「(頷きながら)そうだ。500年前に突如として現れた。


 奴はこの川に来た者の身につけているものを全て取り素っ裸にする」


しおり「ふーん」


しおりM「それだけだったらそんな危険じゃないかも?

 取られたところでもうどうせ死んでるから恥ずかしくないし」


舟守「そして脱がせた後に目をくり抜く」


しおり「……え?」


 しおりの顔は青ざめる。


舟守「もう死んでいるから死ぬこともできず、ただただ目をくり抜かれる痛みが襲う。

 時折、断末魔が聞こえるわ」


 舟守は愉快そうにカカッと笑う。


舟守「奴は神出鬼没。

 運が良ければ会っても何も取らないが、悪ければ女子供でも容赦しない」


 その話を聞いて目を抑えてガタガタ震えるしおり。


舟守「この河原を彷徨い続けて狙いを定めて、あっちへこっちへ。くり抜いた目を食べながらお前さんを見ているかもしれん」


 舟守はしおりの後ろをゆっくりと指差す。


舟守「そして今も後ろに……」


しおり「の、乗ります! 乗らせてください」


舟守「ほい。では6文」


 舟守が手をパーにして掌を上にする。

 その手をじっと見て固まるしおり。


しおり「え? お金? お金払うんだっけ?」


舟守「当然だぁ。三途の川だぞ?」


 しおりは「六文っていくらだっけ?」と呟きながら鞄の中をゴソゴソとする。


しおり「これでいい?」


 舟守に差し出したのは500円玉。

 500円玉をじっと見る舟守。


舟守「まぁいいだろう。舟に乗りな」


 言われた通りに舟に乗るしおり。


舟守「じゃあ出すぞ」


 舟守はしおりが乗った舟を押し出す。

 しばらく舟が進むと


舟守「あぁ。言い忘れていたが」


 と声をかける舟守。

 しおりは振り返った。


しおり「え?」


舟守「実はこの川の中には化け物もいる!」


しおり「‼︎」


 その言葉にしおりは目を丸くする。


舟守「人を丸呑みするほどの大きな蛇だ」


しおり「へ、蛇⁉︎」


舟守「向こう岸まで行けず蛇に呑まれた者が何百人もいる」


 蛇の影に食われる人たちの姿。


舟守「呑まれなくても、大蛇に舟から落とされ川を漂い続ける者もいた」


 蛇の影に舟を壊され、川を漂う人たちの姿。

 しおりの顔はだんだんと青ざめる。


舟守「だから渡る時は気をつけるんだぞ〜」


 笑みを浮かべて手を振る舟守。

 しおりは涙を浮かべて


しおり「は、早く言ってよぉ〜!」


 と叫んだ。


◯三途の川・舟の中

 半泣きになって体育座りするしおり。

 時折、川から魚の跳ねる音を聞いて、ビクッとする。


しおりM「私、蛇苦手なのに……」


 しおりは「しかも」と先ほどの舟守を思い起こす。


 ※※※

舟守「人を丸呑みするほどの大きな蛇だ」

 ※※※


 しおりは身体をふるふると振るわせる。


しおり「怖っ」


 両手をパチンと合わせて、目をギュッと瞑った。


しおりM「来ませんように!」


 しばらく静寂に包まれる。

 やがてコンっという舟に何かが当たる音が鳴る。


しおり「ヒッ」


 しおりは青ざめて悲鳴を上げた。

 音が鳴った方を見ると、川の影響か動けなくなった魚が浮いていた。

 舟に当たったのがその魚だとわかり、しおりは安堵する。


しおり「なんだぁ、魚かぁ」


 束の間、川からブクッと空気が出るような音を立てる。


しおり「も、もう騙されないんだから」


 冷や汗かきながらそう言うしおり。

 次第にボコボコと激しくなり、ザバァと大きな水飛沫を上げて舟がひっくり返った。

 そのせいでしおりは舟から投げ飛ばされ、川に落ちる。


しおり「ガハッ」


 川から顔を出して息を吸うが、すぐに川へ沈む。


しおりM「‼︎ 流れが早い!」


 川の中で流されるしおり。


しおりM「このままじゃ溺れる!」


 しおりは水面に浮上しようと手で水をかこうとするが、


しおりM「なんで⁉︎ 動かない‼︎」


 目を見開き驚く。その驚きも相まってゴボッと息が口から漏れる。


しおりM「ダメだ! 死んじゃう!

 違う! もう死んでる!

 え? じゃあどうなるの? このまま溺れ続ける?

 三途の川って海とか出るの? 出たら綺麗な水になる?

 出てもこんな感じで動けなかったら?

 ずっと川のまま出れなかったら?

 もしかしてこんな苦しいのが永遠に?

 そんなの……い、いやだ!」


 思いとは裏腹にしおりの口からゴボッと空気が漏れる。

 目が虚になり意識が失いそうな表情になる。


しおりM「もう……意識が……」


 何者かに襟を掴まれる。

 ザバァと音を立てて、しおりの身体が川から出て、小舟に乗せられる。

 朦朧とする意識の中でしおりは侍姿の男を見る。


侍「無事か?」


しおり「ケホッ……」


 川の水を出すように咳き込むが、川の毒によって身体が思うように動かないため、弱々しい。


侍「まだ少しは動けるようだな」


大蛇「シャァァァア!」


 川の中から飛び出す大蛇。

 大きな口を開けて、侍やしおりを喰おうと威嚇する。


侍「少し待ってろ」


 侍はそう言うと、背中にあるバズーカを構えた。


侍「すぐに追い払う」


 しおりの意識はここで途切れた。


◯(夢)学校の教室・しおりの机

 何かの書類を見て笑う同級生の女1と女2。


女1「え〜? なにこれ〜? しおり、マジぃ?」


女2「受かるわけないじゃん! 遊びでしょ?」


 笑う同級生の前でしおりは手を頭の後ろに回し苦笑いする。


しおり「あはは〜……だよね〜」

(夢終わり)


◯ 三途の川・ほとり・夜

 しおり、飛び起きる。

 辺りの様子をキョロキョロと確認する。

 さっきの夢を忘れたように


しおり「あ、私もう死んでた」


 とぽつりと呟く。


侍「起きたか」


 隣でそういう男の声を聞き、しおりはばっと振り向く。

 すぐ目の前には焚き火が燃えていて、その奥には布で簡単に作ったテントがある。

 テントの横には槍や斧などの古典的な武器から近代兵器までが立て掛けられている。

 そして焚き火で灯されたのは不気味な落武者に見える侍。

 兜は外しているが、鎧を着込み、側には刀が置いてある。


しおり「キ……」


 しおりはその姿に青ざめて悲鳴をあげようとした。

 だが、しおりの目前にすぐに刀の先が現れる。

 しおりを脅すように刀を構えて睨む侍。


侍「騒ぐな。川へ突き落とすぞ」


 しおりは口を真一文字にしてコクコクと頷く。

 しおりがこれ以上、悲鳴を上げないことがわかると侍は刀を納めて側に置く。

 そこから侍は焚き火を見つつ、黙ってしまう。

 侍としおりの間に起こる沈黙。

 しおりは気まずくなり、


しおり「あの」


 と侍に小さく声をかける。

 侍はジロっとしおりを見た。


しおり「あなたは?」


 侍はジッとしおりを見つめるがやがて答える。


侍「……ただの名もなき侍だ」


しおり「お侍さん?」


侍「あぁ」


しおり「……」


侍「……」


しおり「あの!」


 侍はジッとしおりを見る。


しおり「お侍さんが助けてくれたの?」


侍「そうだ」


しおり「そうですか……」


侍「あぁ」


 また沈黙が起こる。会話が続かないことに気まずそうにするしおり。

 その様子を気遣ったのかどうか、侍が口を開く。


侍「身体はもう動くか?」


しおり「え? あ、うん! あ、その……ありがとうございました」


侍「礼などいらん。運が良かったな」


しおり「え?」


侍「あいつはこの川を渡る者を落とし喰う魔物だ」


しおり「あいつって……」


 しおりは川で落ちた時に出てきた大蛇を思い出して青ざめる。


侍「喰われた者はもう二度と現世に戻ってこれない」


しおり「そ、そんな魔物が三途の川にいるなんて」


侍「昔はいなかったらしい。突如として現れた。

 もっともこんな川なんてどこにでもあると聞く。おそらくどこかの川から迷い込んだのだろう」


しおり「あぁ。確かに川ってこの世とあの世の境目。世界中の神話や伝承でよく出てくる死の象徴みたいなもんだしねぇ……」


侍「詳しいな」


しおり「まぁ……ちょっとそういうのに憧れる時期がありまして……」


 恥ずかしそうにそう言うしおり。


 ※※※

 中二の時、黒魔術を使う魔女の格好をしていたのを思い出す。

 背景には神話だったり魔物図鑑だったりの本が積まれている。

 ※※※


侍「それでどうする?」


しおり「?」


侍「お前の小舟はあの蛇に壊されただろう?」


しおり「あ……ってことは私、あの世に行けないってこと⁉︎」


侍「……わからん。だが舟はまたできるだろう。

 それまでここで待つこともできるし、戻ることもできる」


しおり「戻る……?」


侍「霊となり現世で漂い続けるということだな」


しおり「ん~じゃあ待つわ」


侍「ならしばらくここにいるといい」


しおり「いいの?」


侍「あぁ」


しおり「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。ありがとう、お侍さん」


侍「あぁ」


しおり「それにしてもお侍さんって言いにくいね」


侍「ふん、名前などなんでもいい」


しおり「んーじゃあムラさんで!」


侍「ム……⁉︎」


 戸惑って目を丸くし眉間に皺が寄る侍を見て、しおりは笑う。


しおりN「こうして私とムラさんの生活が始まった」

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