34.手懐けて飼ってあげる
同じ日本からの転生者、シルが教えてくれたのはここまで。それ以上は知らない方がいいと濁された。つまり前世の私を知っているのね。
悲惨な死に方をすれば前世を覚えていないと聞いたから、シルは穏やかに死を迎えたのだろうか。ぼんやりと場違いなことを考え、現実逃避を切り上げた。意味がないわ。
「俺はずっと君を探していた。だから見つけてすぐに囲い込んだんだ」
抱き締めたままのシルヴァンは、幸せそうに微笑む。その整い過ぎた顔に絆された、それでいいじゃない。彼は私を見つけて幸せで、私はそれなりに現状に納得している。女侯爵になり損なったけど、未来の公爵夫人も悪くないわ。浮気はしなそうだし。
「愛してるよ、レティ。俺の大切な人」
耳元で囁かれる甘い言葉にも慣れてきた。抵抗したって、もうシモン侯爵家に居場所はないし、シルが私を逃すわけない。あのヤンデレ属性は獲物を追い詰めるタイプよね。なら、逆に手懐けて飼ってあげる。
「苦しいから、少し緩めて。シル」
「ああ、ごめんね」
逃がさないよう細心の注意を払って、僅かに緩んだ腕の中で身じろぎし、彼の頬や唇の端に口付けた。驚いた顔で目を見開くシルへ、微笑みを向ける。
「逃げる心配をするくらいなら、逃げ出したい気持ちが消えるくらい……私を愛してごらんなさい」
物語の悪役令嬢らしく、傲慢な口調でシルヴァンに囁く。私を逃がさないよう縛るなら、その存在全てを差し出せ。絶対に離れたくないと思うくらい、私を虜にしなさい。甘く命じて答えを待った。
ゆっくりと近づくシルの顔がぼやけて、唇が重なる。紅の引かれた唇を堪能して離れたシルは、嬉しそうに笑った。黒い印象がない、無邪気な子どものように。
彼の唇に移った紅を、指先で拭った。その指をぱくりと咥えるシルは、ちらりと私の反応を窺う。これはお仕置きして欲しいのかしら? 咥えられた人差し指をくいっと曲げて、口内で舌を押さえた。
「シル、『黒薔薇をあなたに捧ぐ』を読んだ?」
答えられないとジェスチャーされ、掴んだ舌を離した。濡れた指先を、シルが丁寧に舐めてからハンカチで拭く。順番とかいろいろおかしいけど、指摘したら負けだった。
「前世の君が読んだから」
ふーん、前世の私と同じ本を読む仲だったの? 同性……は可能性が低いわね。恋人か家族、そういえば兄がいたような記憶がぼんやりと残っている。両親と祖母、兄……それなら小説の貸し借りもあり得る。
「もしかして前世で兄だった?」
「どうだったかな」
違うと否定せず、でも肯定もしない。正解をはぐらかすシルの態度に、不思議と腹は立たなかった。聞いたからって何も変わらない。前世の関係は一度リセットされたんだもの。私は小説派生のゲーム世界で、悪役令嬢に振り分けられた。彼は攻略対象に転生した。それだけのこと。
「もしかして、シナリオが破綻したのって、シルのせい?」
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