19.うっかり仮病を使った代償
実家のシモン侯爵家は、下に分家がたくさんある。伯爵家がひとつ、残りは子爵と男爵だが両手の指で足りないほど、数の多い一大派閥だった。跡取り教育のお陰で、家名や家紋は全部覚えている。
「ねえ、ロザリー。お小遣い欲しくない?」
「欲しいです」
ロザリーはお金大好きな侍女よ。シルと初めて会った夜、情報をお父様に回して利益を得たはず。今回は私が買収するわ。取り出したのは、宝石だった。残念ながら足の付きづらい金貨や銀貨の手持ちがない。
お客様に会うつもりで降りた客間へ金貨は持ち込まないわ。それに貴族はお金を自分で支払う習慣がなかった。あれよ、「請求書は家に回して頂戴」で通るの。だから逃げる準備をした時も、換金予定の宝石しか詰め込まなかった。
「ルブラン子爵に連絡して欲しいの。手紙を渡すだけでいいわ」
頷くロザリーの目が、期待に輝く。どれだけくれるんだろう。そんな感情が声になって聞こえてくるようだった。
「これが対価よ」
美しいルビーの指輪、地金はゴールドで換金すれば金貨5枚は固かった。しかし指輪を見るなり、ロザリーの表情が暗くなる。迷う様子を見せた理由は、換金で足が付くから。そこを何とか拝み倒し、送り出した。
「これで手が打てるわ」
子飼いのルブラン子爵なら、報酬次第で私につく。まだ跡取り変更の話を聞いてなければ、なおいいわね。薔薇に突き立てた剣をシンボルにする情報屋に、ヒロインの情報を調べさせたかった。その繋ぎ役にしたい。
昼になったから迎えに来た夫シルの隣に座り、ゆったりと食事をした。考え事をしていると、肉を細切れにしてしまうのよ。千切るように切った肉を咀嚼しながら、次の手を練る。
「レティ、具合が悪いのか?」
「いいえ。あ、いえ……少し」
思わず正直に答えてしまい、慌てて訂正した。具合が悪いことにすれば、ぼうっとしていても構われないで済む。そう考えたけれど、逆効果だった。
「医者を呼べ、何をしている! 早くしろ」
「え?」
ベッドへ運ばれ、あっという間に侍女マノンに着替えさせられる。その間に書類を部屋に運ばせたシルは、私より青ざめていた。
「レティのそばに居させてくれ」
「眠りたいのよ」
遠回しに「邪魔」と告げるが、彼がその程度の攻撃で引き下がるわけはなく。整った顔を儚い印象の笑みで飾り、器用に眉尻を下げた。気遣い上手な夫に見えるわ。横たわる私の手を握り、頬に押し当てた。
「レティの辛さを俺が引き受けたいくらいだ」
失敗した。面倒臭いタイプのヤンデレに、口実を与えてしまったわ。部屋に執務机を運ばせ、シルは書類の処理を始めた。医師の診察が入り、風邪でしょうと適当な薬を渡される。拒んだものの、口移しで無理やり飲まされた。
「休んで元気になっておくれ、俺のレティ」
本気で心配してるの? ぼんやりした頭で首を傾げ、そのまま寝落ちた。風邪薬って、眠くなる成分が入ってるのよね。異世界でも同じだったみたい。
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