17.ルーベル公爵家が寛大な理由

 義理の両親との顔合わせは、結婚式当日の朝に行った。ほんの一瞬、本当に挨拶だけで終わったわ。父親である公爵が近づこうとするだけで威嚇し、母の公爵夫人が微笑むだけで唸った。これが自分達の息子だなんて、と幻滅するかと思ったら予想外の反応で。


「あらあら、惚れた女性を前にすると、こんなに変わるのねぇ」


「私など敵認定されているぞ、ある意味光栄なことだ。はっはっは」


 そんな反応の理由は、後日、侍女マノンが明かしてくれた。シルヴァンは何でもそつなくこなす天才タイプで、物や者に執着しないらしい。そんな彼が、ある夜帰宅するなり紋章を調べて「ここのご令嬢と結婚する」と言い放った。


 そう、情報屋の前で会ったあの夜ね。紋章って馬車の端に小さく記されてたけど、よく読み取ったわね。貴族の紋章は、まったく同じ形をしたものは存在しない。そのため、買い物の時に紋章が入ったカードを見せれば、購入品を屋敷まで届けて請求書まで出してくれるシステムがあった。いわゆるクレジットカードね。


 当然紋章は複雑で、簡単に複製は出来ない。その紋章の細部まで記憶して、名指しで婚約を申し入れたというから……まあ、天才なのは嘘じゃないと思うわ。シモン侯爵家は下に男爵や子爵を抱えているから、彼らの紋章って本家に寄せてるのよ。似た模様が並ぶ名鑑から、指名したなら記憶力は確かだった。


 調べたらシモン侯爵家で、しかもご令嬢は一人。というか、跡取り娘だったのよ、私。ダメ元でご両親が婚約を打診したところ、あのお父様が「嫁がせましょう」と快諾してしまった。数日前に、お母様の妊娠が判明していたから、余計に決断が早かったみたい。


 ルーブル公爵家にしたら、結婚や恋愛に一生興味のなさそうな息子が初めて惚れた相手を、逃がしたくなかった。だから急な婚約や、突如言い出した結婚式も強硬したってわけ。当然、息子が両親に対し「レティに近づくな」と威嚇したところで、微笑ましい反応になる。


 大事な嫡男が、ようやく嫁を貰った。それも天才量産のシモン侯爵家……多少頭のおかしい親類が増えるけれど、利益は計り知れない。何より、未来の孫は天才×天才で倍率ドンよ! 私にしたら降って湧いた天災だけどね。


 整った顔ながら無表情だった息子を、人間らしくしてくれた。感謝の意を向けられ、シルの望むまま離れの屋敷の建築まで始める夫妻は、私に嫁としての役割を求める気はない。息子のために一緒に暮らし、彼を導いてやってくれと頼まれた。


 錠付き首輪は外れないし、金の鎖付きの嫁よ。社交を求められても無理ね。他家の奥様の前で、首輪付きお茶会とか……罰ゲームにもほどがあるわ。


「愛されてますね、お嬢様……じゃなくて、若奥様」


 ロザリーは笑顔でそう言うけど、じゃあ代わってあげるわよと口にしたら、笑顔のまま拒否された。美しい庭が広がるお屋敷の窓に、不釣り合いな鉄格子……蔦のお洒落な模様にしたら許されるわけもなく。豪華な部屋風の檻に監禁されてしまった。


 こうなったら、願いはひとつ。早くヒロインに惚れて私を捨てて頂戴。でもバッドエンドで惨殺しないで欲しいから、願いは二つかしら?

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