16.すごく情熱的な初夜だったわ

 初夜を迎える花嫁は、侍女やメイドに体をピッカピカに磨かれると思う。ふやかして洗って、擦って磨いて、香りのいい油を塗りたくって仕上げられる。すべてすっ飛ばし、薔薇の花びらが美しいベッドに放り出された。


 熱い夜を過ごしたい方専用の透けた下着も着けず、ドレスのままで。首輪の鎖から手が離れた瞬間、私は身を起こした。ベッドのスプリングを利用して、くるりと一回転し、距離を取る。絡め取った鎖と首輪は、後で外すとしよう。


「俺の妻……ようやく手に入れた」


 ようやく? 初対面から3日目なので、表現がおかしい。何年もかかったみたいに聞こえる。ずるずると後ろに下がりながら、壁際まで逃げた。


 笑顔で距離を詰める夫シルが「さあ」と促す。何を求めてるの? よく分からないけど、私に武器を渡したのは失敗だったわね。


 するりと手が滑り、ドレスをばさっと捲り上げる。ガーターベルトで固定した革鞭を握った。あ、これ私の愛用品だわ。


 拘束された時に奪われた鞭は、しっとりと手に馴染んだ。振り上げて叩き付ける。絨毯の上にも関わらず、ぱしっと乾いた音がした。勝利と自由を確信してにやりと笑った私は、目の前でうっとりするシルにびくりと肩を震わせる。


 気持ち悪いくらい機嫌がいいんだけど。それに気付ける自分が嫌だわ。


「近づかないで、痛い目みるわよ」


「さあ、遠慮なく打ってくれ」


「……そう言われると断りたくなるの」


 鞭打てと命じる夫、断る妻。これが新婚夫婦の初夜なの、おかしいわよね。たぶん……うちの両親がおかしいのは知ってるけど、輪をかけて変だ。


「ならば、大人しく組み敷かれるか」


「絶対にごめんよ!」


 叫んで鞭を振り下ろす。唸る革鞭、当たって嬉しそうな夫……怖い。でも近づかれるのはもっと嫌! 私は覚悟を決めた。





 翌朝、寝室の扉をそっと叩く執事の控えめなノック。様子を見るために細く開けられた扉の隙間は、すぐに閉ざされた。


「若様も若奥様もまだお休みです」


 この一言で、朝の支度のために訪れた侍女達は一礼して下がった。執事は赤くなった頬を戒めるように唇を噛む。こんな室内、公爵夫妻を含め誰にも見せられなかった。懸命な判断だわ。


 一晩中夫の相手をして鞭を振るった私は、ベッドの端でぐったりシーツに懐く。平伏してその爪先にキスをする夫……これでも公爵家嫡男なのよね。とても人様に説明できない、違う意味で情熱的な夜を過ごした私達は、使用人達に若夫婦として認められた。


 白い新品シーツに赤い血のシミ、きっと純潔の証として保管される。跡取りの血筋の正当性を示すために高位貴族では、初子が生まれても大切に執事が管理するのが恒例だった。まさか妻の血ではなく、鞭打たれた夫の血とは思わないだろう。


 手に入れたとか、組み敷かれろと物騒な発言をした割に、疲れた私がベッドに座っても手を出さなかったシルヴァン。私はこう結論づけた。


 可哀想に――まだ若いけど一部が機能不全なのね。大丈夫、内緒にしてあげるわ。監禁ヤンデレ属性だからって、絶倫とは限らないのよ。安心したら眠くなってきたわ。足の爪先がふやけるほど舐める夫を放置し、私は昼までぐっすり眠った。

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