13.嫌なことほど学習能力が働く

 この世に神はいなかった――呻いた私に、叱責が飛ぶ。


「動かないでください、お嬢様。化粧がしづらいです」


 昨夜の結婚宣言から僅か半日、なぜか着飾らされている。どう見ても婚礼衣装じゃん? って感じの、純白のドレスだった。結構絞り上げるコルセットと、水色のガーターベルト。異世界なのに、ゲーム絡みの影響らしい網タイツ。髪を結われて、化粧の真っ最中だ。


 暗器はすべて取り上げられたまま、無防備すぎて人前に出るのが怖い。裸で知らない人に対面するくらいの恐怖よ。小さなナイフでもいいから返してくれないかしら。


「綺麗だよ、レティ」


「花婿がなぜ花嫁の控室にいるのよ」


 まだ着替えてる最中で、おかしいわよ。それ以前に、翌日結婚式が本当に叶えられるとか、どれだけ金と権力に物を言わせたのやら。神父様も拉致られてないといいけど。


「レティと常に一緒にいたいんだよ」


 鎖で繋がってるじゃない。それで満足しなさいよ。溜め息が漏れる。手首と足首の拘束具が外れたと思ったら、首輪がついた。しかも長く細い金鎖の先は、ヤンデレ男が握っている。


「私は離れて欲しいわ」


 簡単に手が届かない距離で、出来たら逃げるために必要な程遠くまで離れて欲しいの。大事なことなので二度呟くわね。そんな私の冷たい態度に、彼は興奮した様子で青い瞳を輝かせる。


「素晴らしい、俺はレティの虜だ」


「迷惑よ」


 ぴしゃんと言い返したら、なぜか鞭を差し出された。ゲームの異世界で、結婚式に花嫁が鞭を持つ習慣は……なさそうね。無表情ながら、目で「ないわ」と呆れる侍女マノンと、シモン侯爵家から移動になった侍女ロザリーが否定する。


「お似合いですね」


「そうだろう?」


 ロザリーの社交辞令に、嬉しそうに答えるシル。黒髪美形騎士なのは同じなのに、会うたびに崩れていくのは何故? どんどん残念な男になっていく。属性が迷子になってるじゃない。SかMか、ヤンデレか。混在していた。


「鞭はガーターベルトに装着しますね」


 ロザリーは淡々と仕事をこなす。ひょいっとスカートを捲り上げ、平然と革鞭の装着を始めた。


「ちょ! シルがいるのよ」


 侍女だけなら問題ないが、この部屋に異性がいるの! そう嗜めてスカートを下ろそうとするが、ロザリーの上に掛かった。彼女はばさりと捲り、邪魔と呟く。


「お嬢様、今さらです」


「そうだけど! そうじゃなくて、えっと……シモン侯爵家の名に傷がつくじゃない」


「すでに傷だらけです」


 あ、うん。やっぱり侍女から見てもそうよね。知ってた。


 するりと足を撫でる感触に、頭のティアラやヴェールが落ちないよう俯けば……シルが太腿に頬擦りしていた。


「ひっ!」


「レティの足は本当に魅力的だ」


「比べるほど、誰の足を見てきたの、この変態!」


「嫉妬? 嬉しいな、レティ以外の誰も見ないから安心して。心配なら目を抉ろうか」


「要らない」


 逃げるには有利? そんなわけないわ。逃げられないように足首を切り落とすくらいしてから、目を抉るはずだもの。嫌なことに、短期間で私はシルヴァンの本質を理解し始めていた。

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