11.この男、物語のバグじゃない?
公爵家の跡取りって、忙しいんじゃないの? 私と部屋に篭ってる余裕があるなんて、想定外だった。
「仕事? この部屋に運ばせるよ。安心して、レティの姿を見せる気はないから」
レオンティーヌ、縮めてレティらしい。愛称だと、お父様の呼ぶレオンが一般的だ。そう伝えたら思わぬ答えが返ってきた。他の人と同じ呼び方は特別感がなくて、嫌なんですって。
「レティ、まだ怒ってるのか?」
ぷいっとそっぽを向く。勝手に乙女のファーストキスを奪ったくせに、下着を返した程度で許されると思わないで! 暗器もないし、手足は拘束されたまま。どこに機嫌よく振る舞うご令嬢がいるのよ。まあ一般的なご令嬢は、暗器なんて持たないでしょうけど。
「レティが俺を見ないなら、その目をくり抜……」
ぐるんと首を回して、彼と目を合わせた。危ない、目をくり抜くって言いかけていたわ。病んでる系でも、一番やばい種類かも。大切にするけど閉じ込めるタイプと、傷つけてでも自分に縛り付けるタイプがいる。
間違いなく、シルは後者ね。だってバッドエンドだと殺されちゃうのよ、私。それも惨殺と表現されるほど、グロい方法だった。さすがに乙女ゲームなので、遠回しに表現されてたけど……バッドエンドの最後のスチルは、ヒロインに首輪を装着するシルだった。
赤く染まった床と私の指先や髪がちらり……背景の一部になってたっけ。失礼にも程があるわ。いっそエンドロール風に「悪役令嬢レオンティーヌは、その悪行から命を失った」程度の表現でいいじゃない。背景で死んでるって何よ。しかもボカシ入ってた。
絶対にバッドエンドは避けないとダメね。ヒロインがちゃんと動ける転生者なら大歓迎よ。王子ルートを選んでくれるのが最高だった。私はその間に、シルから逃げる。
「ねえ、レティ。悪いことを考えない方がいい。俺もいつまで紳士的でいられるか、自信がないんだ」
「そ、そうね」
紳士的? か弱い乙女を拘束して監禁、キスを奪う男のどこが……ごめんなさい。表現に事実誤認があったわ。か弱い乙女の部分を訂正してお詫びしたい。可愛い婚約者ならギリセーフよね。
「やっと口を利いた。あのまま黙っていたら、嬌声を上げさせこじ開けようと思ったけど」
「ちゃんと話すわ」
目を逸らしたら抉られ、無言だと襲われる。大丈夫、理解した。きちんと応対しながら、隙を見て逃げる算段を……無理ゲー。何これ、悪役令嬢の手に余る攻略対象じゃない。
絶対に物語のバグだと思う。早くヒロインを出して、強制力で修正してよ!
「聞きたいことがあるの」
「答えられることなら」
「どうして私と婚約したのかしら。それもダイアモンド鉱山を差し出してまで。おかしいじゃない」
持参金を払うのは嫁ぐ側、その額によって受け入れる婚家の対応が変わるのが一般的だった。貴族同士の結婚は、政略の意味しかない。恋愛結婚なんて、伝説になる程少なかった。うちの両親とか、ね。
「ああ、ごめん。ダイアモンド鉱山では足りなかったな。それで気を悪くしたのか。レティには、もっと価値がある」
どうしよう、この人。言葉が通じるのに、話がまったく通じない。こういう人種と会話を成立させる方法、どこかで学ぶべきだったわ。
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