8話 来訪者

夜の公園のベンチに座った羽白と安曇は、夜が深くなって行く中で茅…羽白の姉の話を続けていた。


「俺は…今だったら言える。例え相手が敵でも構わない。茅が幸せならそれで良かった…だけど、あの頃の俺は…それを言えなかった」



 

当時まだ16歳だった羽白は、かなり多感な時期であった。

颯が止めるのも聞かずにズカズカと自宅方向に向かっていた羽白は、途中でどこからか帰って来たらしい茅と鉢合わせた。

茅の顔を見た途端、ろくに挨拶もせずに開口一番に「こんな夜分にどこに行っていたんだ」と詰め寄った。

茅は少し驚いた様子で羽白を見た。


「羽白…まさか、聞いたのね?」


羽白は舌打ちをした後、茅の両肩を掴んだ。


「相手は星の村の誰だ?」


「!…それは…、」


茅は気まずそうに羽白から目を逸らす。


「庇おうだなんて思うなよ…言え。誰に誑かされた?」


「羽白!そんな言い方しないで…誑かされてなんかいないわ。私も彼もお互いを想い合っているの」


「……っ、茅!!」


羽白は未だに茅が星の村の男と密会をしていると言う事を信じられないでいた。

茅はもしかしたら、その男に騙されているのかも知れない。

だとしたら尚更、その相手を亡き者にしなければならないと物騒な事まで考えていたのだ。


「父上が帰って来たら何をするか…、今ならまだ間に合う。そいつとはもう会うな」


村の長である父は、時に冷酷な行動をする。

以前、星の村の村人が相手ではないがやはり村の外の人間と恋に落ちた若者がいた。

まだ小さかった羽白でさえ覚えているくらい、掟を破ったその若者は酷い折檻を受けた。

結果傷の治りが悪く、確かその若者はしばらくして息を引き取った記憶があった。


村の外の人間が相手でそれである。

星の村の男が相手である茅が何をされるか、容易に想像が出来た。


「茅に何かあったら俺は、…兄上だって…、」


肩を掴んだ羽白の手が震えている事に茅は気がついた。

茅は羽白の手に手を添える。


「…それでも…私の気持ちは変わらない。羽白もいつか愛する人が出来たら分かるわ」


茅の決意は堅かった。

カッとなった羽白は、掴んでいた手を離し喚く。


「………っ、もういい!勝手にしろ!!」


「あっ、羽白!!」


茅が呼ぶ声を無視し、羽白はその場を走り去った。







「…茅さんは、その後、」


「……、その後すぐに父に軟禁された」


羽白は俯きながら呟いた。


「!……そんな、」


安曇はそれ以上は何も言えなかった。





「茅…、」


今頃軟禁されているであろう姉を想い、羽白は頭上の三日月を見上げた。


『お前に頼みたい事が…』


颯と話した時、確か颯がそう言いかけていた。

一体颯は自分に何を頼もうとしていたのか。

最後まで聞いていたとしたら、もしかしたら何かが変わっていたのかも知れない。


父は茅を軟禁した後、再び所用で村人を数人連れて出かけていた。

帰って来たらきっと茅は…。


「……っ、くそ…っ、」


羽白はやり場のない想いを抱えながら、村の広場の大木の下でうずくまっていた。


「いた!羽白!」


名前を呼ばれた羽白は顔を上げる。

村の入り口の方から颯の恋人のなぎが走って来るのが見えた。凪の後ろから颯もゆっくりと歩いて来る。


「凪姉様…、兄上」


羽白は小さい頃から知っている凪の事を、もう1人の姉のように慕っていた。


「…、羽白、これで目を冷やして」


凪は羽白に濡らした手拭いを差し出した。

自分はそんなに酷い顔をしているのか…と自嘲気味に笑った後、羽白は手拭いを受け取る。


「…、ありがとうございます、姉様」


羽白は目を瞑り、手拭いを当てた。

ひんやりとした水の冷たさが心地よく感じた。


「羽白、お前に話さないといけない事がある。茅の事で」


「……、何ですか?」


颯は一体何を話そうとしているのだろうか。

この間の話の続きなのか…?

手拭いを当てたまま、羽白は次の言葉を待った。


「考えたんだが…、」


颯が話し始めた時、村中に警鐘がカンカンと鳴り響いた。


「敵襲!敵襲ーーー!!」


村の入り口にいた見張りの声が広場まで聞こえて来る。


「敵襲…!?」


羽白は手拭いを取って立ち上がる。

耳を澄ますと、村の入り口辺りから喧騒が聞こえて来た。

3人はすぐに腰元の剣を構えて騒ぎの元の場所へ向かった。



村の入り口に集まる碧髪の集団の中に1人。

燃えるように赤い短髪の青年が立っていた。

彼の腰元には、星の村の長の一族の紋章が入った短剣があった。

村人たちの喧騒の中、全くたじろぐ様子のない彼の気迫に羽白は息を飲む。


「…颯、あれは…」


凪は颯の後ろに隠れて様子を伺っている。


「………、1人で乗り込んで来たか」


颯はあれが誰なのか何となく察したらしい。

羽白も同じくであった。





夜の公園は静まり返っている。

変わらず羽白と安曇は話を続けていた。


「…それって、まさか」


安曇は静かに聞いた。


「……兄上と俺の予想通り…茅の恋人だった」


「………!」


茅のように村で軟禁されていた恋人はひっそりと抜け出し、風の村に乗り込んで来た。

しかもただの星の村の村人ではない。

相手も茅と同じように、星の村の長の一族の人間であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る