1話 全ての始まり

---ここはどこなんだ?


辺りを見渡しながら、少年は心の中で呟いた。

いつの頃からか彼は、毎晩同じ夢を見るようになっていた。

夢の中でいる場所は彼が暮らしている日本ではなく、西洋寄りな雰囲気のどこかの国のようだ。

周りを見渡している少年の前を、馬車が颯爽と通り過ぎて行った。

馬車が通った煉瓦で補強された道の向こうには石畳の広場があり、真ん中では大きな噴水が水柱を高く上げている。

商店街のような露店が並び、いくつもある煉瓦や石造りの住宅。

そして奥の丘の上には城のような建物が見えた。

さしずめ、どこかの城下街と言ったところか。


あまりにも自分の日常とは違いすぎる。

と、少年…上村恵斗うえむらけいとは思った。







この街並みもだが、道や広場を行き交う人々も恵斗とは全然違う。

まず、恵斗は日本で暮らしている中学生だ。

髪は黒、成長期なのもあり身長は伸び始めて現在は165cmくらいある。

言うほど高くもなく低くもない。

つまりは並・平均だ。

今着ているのは部屋着のジャージ。寝る時はいつもこれを着ている。


しかし辺りを見渡して見ると、恵斗と同じ風貌の人は誰一人としていない。

髪の色は赤、黄色、茶色、金髪……露店で果物を売っている若い男の人の髪は銀色だ。

服はどこかの民族衣装や踊り子みたいなものを着ている人ぶばかりだし、ついさっき恵斗の目の前を鎧姿の人物が通り過ぎて行った。

何なら肌の色まで違う人もいる。

この光景はどこか現実離れしていると言うか、これはあれだ。

昔どこかで見た西洋画に描かれていたような風景に似ている、ような気がすると恵斗は考えた。


そしてもう1つ。

ここの人達は、誰も恵斗に気がついていない。

至近距離ですれ違う人もいると言うのに、一切誰とも目が合わないのだ。

気がついていないと言うか、相手に恵斗が見えていないようにも思える。

あくまでも夢の中の世界だから、と言う事なのだろうか。

ならば。


「心ゆくまで過ごさせてもらうとするか。どうせ夢だし」


そんな事を考えていた恵斗の前を、キャスケット帽を被った同世代くらいの少年が駆け抜けて行った。

ななめ掛けの茶色いカバンには、丸まった新聞のようなものがたくさん入っている。


「みんなおはよう!新聞だよ!」


よく通る声で、その少年はカバンからその新聞のようなものを片手に広場の人々に呼びかけ始めた。


「おはようカトル!」


「カトルちゃん、1部ちょうだい」


カトルと呼ばれた少年のところに、人が少しずつ集まって来た。


「毎度あり!まだまだあるよ!刷りたての火曜日の新聞だよ!」


あっという間にカトルが新聞を売り捌いて行く様子をぼーっと眺めていた恵斗は、ある事に気がついた。


恵斗はこのカトルと言う少年に会った事がある。

なぜか彼と初めて会ったと言うか、彼を初めて見たように思えない。

しかし、いつ彼に会ったのだろうか。


『火曜日の新聞だよ!』


恵斗の頭の中に、先程のカトルの言葉が響いた。


「火曜日…?」


恵斗はみるみると彼の事を思い出していった。

何日か前、やはり夢の中でこの街の同じ場所に立っていたその時。

彼は今と同じように、この場所で新聞を売っていたのだ。


『アルセナール市の放火魔が捕まったよ!!土曜日の号外だから早いもの勝ちだよ!!』


彼は、その時も今みたいにどんどんと新聞を売り捌いていた。


そこまで思い出した恵斗は、ふと疑問に思った。


この間売っていた放火魔の号外の時は、土曜日。

今目の前にいる彼は、『火曜日の新聞』だと言って新聞を売っている。


「夢の中なのに、時間が過ぎてる…?」


夢の中でも、現実と同じように時間が過ぎていっていると言うのだろうか?

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